第5話 スライムの塔、攻略

次の日の朝、食堂で私たち三人は朝食をとっている。


どうやら他の宿泊している全員が冒険者で、チラチラとこちらを伺っている気配がする。


「勇者様たちのお口に合うかどうか…」


宿屋のおかみさんがハラハラとした顔でパンや目玉焼き、そしてスープとハム、牛乳などを持ってきてくれた。


「何を申されますか。昨夜の食事も美味しくいただきましたよ」


サードはパンを手に取ってちぎりながら食べすすめる。背筋を伸ばし、優雅な手つきで食べるその様は悔しいが確かに勇者としての品格は十分だ。


「…で、五階からどうするの」


私はサードを睨み加減に呟く。


あの後結局サードが戻ってこなかったからアレンも部屋に戻ると去って行って私もそのまま寝た。

まあ私は夜中に部屋に侵入して来たサードに一度起こされたんだけど。それもドアに机と椅子でバリケードを作っていたら窓の鍵をこじ開けて侵入してきた。


「また勝手に人の部屋に入ってきて!」


と寝ぼけ眼で怒ると、


「寝る前に髪の毛とかさねえと抜けた髪がお前の頭ですり潰されて金(きん)が枕にすり込まれるだろうが!」


と妙なキレ方をされ、それが人の部屋に侵入する奴の態度かと私もキレたけど…。


五階からどうする、の質問にサードは軽く首を動かし、


「やはり色々な方に聞いてみても五階以上の情報はあまりにも少なくてここでの判断は難しいですね」


「色々な方って、どうせあの女の子たちの情報でしょ?」


こっちの話し合いより女を選んで…という気持ちを込めて不満気につぶやくと、サードがスッと顔を寄せた。


「おや嫉妬ですか?」


カッと怒りが湧いて手を高く上げて引っぱたこうとすると、サードは素早く私の手を上からそっとテーブルに押さえ込んだ。


「いけませんよ、食事中に暴れるなんて」

「誰が…!」


と言いかけて、周りの目がこちらに集中しているのを感じ、私は怒りを抱えたまま黙り込んだ。


ムカつく!


私はパンを怒り任せにちぎってはがつがつと食べる。


「よく噛まないと太りますよ、エリー」


キッとサードを睨むが、サードは素知らぬ顔でパンを優雅に食べ続けていた。


* * *


雑誌に載っただけあって、塔の周りには様々な格好をした冒険者の姿があった。

見るからに装備の整っていない駆け出しっぽい人たちから、結構強そうと思える鎧の冒険者に、人ではない種族で構成されている軽装のパーティまで…。


それでもどのパーティの冒険者たちの視線はこちらに向けられていて、


「勇者…?」

「勇者御一行だ…」


どよめきが広がり、サードが先陣を切って歩くと自然と皆が道を開ける。


「…やっぱり魔族の塔にしてはシンプルだな。魔族いないんじゃね?」


アレンが塔を見上げながら言った。


今まで何度か攻略した魔族のいる塔やダンジョンはもっとおどろおどろしい雰囲気が広がっていて、そして魔界らしい恐ろしくも豪華な飾りつけで入る者を拒むような雰囲気があった。


なのにこの塔は森の奥にぽっかりと空いた原っぱの中、赤茶色の石材でできた円形状の塔がポツンと建っているだけ。

魔族の塔というより、灯台という方がしっくりくる。


「入りましょう」


サードは声をかけて歩き出すと、目の前に誰かが立ちはだかった。

それは冒険者の男で、鎧に剣を差しているので剣士だとわかる。それでもその顔は行く手を阻んでやったという意地悪な感じじゃなくて、どうしても話したくて前に来たとばかりのキラキラした目だ。


「あんた、勇者のサードだろ?俺は冒険者のマーク。よろしく」


マークという男は人懐っこそうな顔で手を差し出す。


サードはそれを軽く握り返し、


「サードです、後ろの二人は…」


「格闘家のアレンと魔導士のエリーだろ?まさか勇者と呼ばれる一行がこんな所にくるなんてな。ほら、勇者ってもっときらびやかな所に行くと思って。どっかの国があんたたちを近衛にしたいってラブコール送ってたみたいじゃないか?」


それは橋を封鎖されて国に閉じ込められた時の話かしら。


「一つの国だけと関わると色々と問題が起こりますので。あくまでも私たちは中立ですから」


マークはキラキラした目をサードに向ける。「カッコイイ」という心の声が全て顔に出ているかのようだ。


それを皮切りに、周りの冒険者たちもいつの間にか距離を詰めてきていて私たちを取り囲んでいた。


冒険者たちにはよくこうやって囲まれる。

サードは軽く人をいなしているが、アレンも私もこの有名人扱いの状況に未だに慣れない。


「アレンさん!深淵の森でアレンさんの一蹴りで木のモンスターごと万年巨木が割れたって本当っすか!?」


アレンは自身より体格のいい格闘家の人たちに囲まれて、


「ええー、ないない、ないって…はは…俺戦うの嫌いだし弱いし…」


と、しどろもどろで返すと、


「なんて謙虚な…!最高っす!」


とむしろ好感度が上がっている。


そして私は私で女性の冒険者に囲まれ、キラキラした目で、


「エリーさんの髪の毛ってどうやってケアしてるんですか?冒険してるのにいつも綺麗だって皆の噂になってるんですよ!」


と質問され、


「それは…ええと…栄養と睡眠が大事…かな…」


としどろもどろに答える。


でもふと思った。

そのケアをせこせことしているのはサードだと言ったら?そうすれば自ら仲間の女の髪をせっせとケアしている男ということで皆の勇者サードに対する目が、


「ええー、思ってた勇者像じゃなーい、カッコ悪ーい」


と見下げた目に変わるのでは…。


言ってみようかなと思ったけど、サードが髪のケアをしていると告げた次に、


「エリーが綺麗でいられるのなら安い行為ですよ」


とサードが微笑んで言葉を続け、サードへの好感度がグーンと上がっているシーンが脳内をよぎった。


…やめとこう、悔しいけどサード相手に言葉では勝てないし、無駄に好感度を上げさせたくない。


「ああーっと!早く攻略しないと予定が狂っちゃうな!サード、エリー、行こうぜ!」


アレンはこの状況に耐えられなくなったのか、二人の服を引っ張って人をかき分け塔の扉を開けて中へと入った。


塔の入口は単なる大きい木の板でできた扉で、簡単に開けて中に入れた。


「ああいう扱い慣れないわ…」

「俺、何で強いって思われてんだろ…本当に弱いのに…」


エリーは疲れた、と首を動かしてコキコキと鳴らし、アレンは情けない声をだしている。


「いい加減慣れろよ。勇者御一行なんて冒険者の憧れの中の憧れの存在なんだぜ?ただニッコリ笑ってりゃそれでいいんだよ」


サードはそう言いながら先を見るから私も同じように前を見た。

扉に入ってすぐ目の前にらせん階段がある。幅は二人で並んで歩くくらいがちょうどいいくらいで、結構広い。


五階まではトラップも特に何もないと聞いてるから、特に警戒することなく登っていくと、上からバタバタと足早に降りてくる音が聞こえてきた。


「うわっ!ああ、人か…」


見ると身軽な服装をした男が剣士らしい男を支えながら降りてきた。その後ろにも剣士らしい女の人や、エルフらしい女の子もついて来ている。


「もしかして五階から上に行ったの?」


声をかけると、人を負ぶっている男は「ああ」と素早く答えて目の前を通り過ぎる。


と、エルフの女の子とバチッと目が合う。エルフの女の子は口を手で押さえ、


「あ!え!?もしかしてエリーさん!?」


と言い、


「初めまして、私エルフで魔導士です。実は六階に行ったんですけど、罠に引っかかってうちのリーダーがケガしちゃって…いったん戻るところなんですぅ」


と言いながら手を差し出し握手を求めてきた。


「おい!置いてくぞ!」


女剣士がイラついたように声をかける。


「あーん、だって勇者御一行がいるのにぃ…。いいですか?六階に行ったら宝箱があるんですけど、絶対に開けちゃだめですよ!」


エルフはそう言い残すと「待ってぇ」と仲間を追いかけて行った。


「…宝箱が罠なのかしら」

「宝箱型のモンスターなのかも」

「いいよなあ。ああいう従順そうなエルフ女…」


こちらの会話はそっちのけでサードは去っていくエルフを目で追いかけ、表向きの表情で小さく呟いている。


この男…。


それでもサードはらせん階段を再び上がっていくので私もアレンもその後ろをついていく。階段にはスライムがプルプルして居座っているけど、サードは足蹴(あしげ)にしてさっさと進む。


「本当にスライムばっかりなのね」


たまにプルプルしながら天井から頭にボヨンと落ちてくるスライムもいるけど相手にするほどでもない。引っぺがしてそのまま進む。


「最初のフロアだな」


らせん階段を上がると踊り場があり、木の扉があった。そっと扉を開けて中に入ると、スライムが大量にプルプルしながらこちらに寄って来る。


普通だったらこのスライムたちを倒して先に進むべきなのだろうけど、特に相手にもならないので歩きながら弾き飛ばして進んでいく。


フロアの反対側の扉を開けるとまたらせん階段が。そして階段にいるスライムをスルーして二つ目のフロアに入り、スライムをスルーしながら反対側の扉を開けてまたらせん階段を上り…。


「こんなに楽でいいのかしら」


サクサクと攻略できるに越したことはないけど、ここまで苦労せずに登るのは妙な気分だ。

普通だったらこうやって油断したところでトラップの一つでもあるけれど、それでもそんなものもない。


「うーん、まあ、初心者はここまで来るのでも結構苦労するかもなぁ。数も多いし」


そう、スライムの数は階層を重ねるごとにどんどんと増えている。たまに数段ほどスライムで埋まっている段差が続いており、アレンは足でチョイチョイと避けさせてから通る。


「蹴とばせよ、まどろっこしい」


サードがイライラとした声をかけるが、


「俺このプルプルしてるの気持ち悪くてだめなんだよなぁー。触りたくないんだよ」


と武道家らしくない事を言う。


そうやって雑談しながら進み、ついに五階層の部屋までたどり着いた。そこには冒険者と思われる人が何組か固まっていて、新しく入ってきた人を確認するように振り向く。


「あれ…もしかして勇者御一行…?」


「進まないのですか?」


勇者御一行が来たという場のざわめきを無視しながらサードは表向きの顔になって歩み寄る。


「いや、ここから先に行くために話し合いをしてて…」


「さっき強そうなパーティがケガして慌てて戻って行ったし…」


緊張した顔持ちの冒険者が報告すると、一人の冒険者が意を決したような顔でサードに近寄った。


「あの勇者様、よかったら一緒に行きませんか?うちら初心者でここから先に行くのが怖くて…」


「あ!ずるいぞ!それならうちらのパーティだってなぁ!」

「それならうちも!」


冒険者同士で争いが起きそうだったけど、サードがスッと手を上げると冒険者たちは静かになる。


「申し訳ありませんが、そのような誘いは断っているんです。確かに私たちが同行すれば先に進めるかもしれません。しかしながら私たちの方が世間的に認知度は高く、それだけで全てが私たちの手柄のように思われます。

そしてあなたたちがどんなに活躍をしたとしても私たちに同行したというだけで皆さんの手柄が私たちのものになりかねない。そのようなこと、私は許せないのです」


あちこちから「おお…」「勇者様が言う言葉って違う…」という囁きが聞こえてくる。


でも私は知っている。

この男は単に初回限定の宝箱の分け前を大人数で割りたくないだけだ。


「では先に私たちは進みますが、よろしいですか?」


周りの者たちは異存なさそうにウンウンと頷く。


「では、失礼」


サードが軽く会釈をすると、女の子たちの間からキャー!と黄色い声が響き渡る。

そして六階へと続く扉を開けて、閉めた。


「さーて、本腰入れるぞ」


サードは裏の顔になって首をコキッと鳴らす。


「ほんっと、役者になれるわ、あなた」


嫌味を込めて言ってもこのような言葉なんてサードには届きやしない。

サードは私の嫌味なんて無視して六階へ続くらせん階段を登るが、それでも今までと同じくスライムがたむろしているだけですんなりと六階の部屋へとたどり着いた。


「ここが…六階」


見渡すと、宝箱が部屋の隅の目立たない所にひっそりと置かれているので思わず指さす。


「あそこに宝箱」

「ああー、ありゃ開けたくなるなぁ」


確かに。あんな目立たない隅っこにある宝箱を見つけたら「いいものみつけた!」と大喜びで近寄ってすぐ開けてしまいそうになる。


アレンが近寄って来るスライムを足先で遠ざけながら、


「…ちなみに、あれどういう罠だと思う?」


と呟くと、


「開けたら中から矢が飛んでくる仕組みだろ」


サードが即座に言う。


「どうして分かるの」

「後ろ」


サードの指さす方向の壁に、何かの引っかき傷のようなものが少し残っている。


「何かがそこまで飛んでった。他の壁に似たような傷は無いから戦闘による傷でもない。奇跡的に避けた奴もいるんだろ。入口で通りすぎた剣士の鎧にも一か所だけ穴が開いて血が出ていた。ってことは矢だろ」


部屋に入った一瞬、目の前を通り過ぎた一瞬でそこまで分かるのか。人間的には尊敬できないけど、この一瞬一瞬での観察眼には舌を巻く。


「じゃあ横から開けたら当たらないんだな?おりゃ」

「ちょっ…」


止めようとする前にアレンは宝箱の真横に立って思いっきり宝箱を開ける。すると、矢がヒュッと通り過ぎて真向かいの石の壁まで飛んで行き、カーンと当たって床にカラカラと金属音を出しながら落下して、そのまま消えた。


「おお~」

「あのねぇ…」


アレンはたまに後先考えず行動する時がある。


「何か入ってたか?」


サードが近寄って行くので、私たちも近寄って宝箱の中身を覗き込む。中には銀貨が五枚に銅貨三枚が入っていた。

箱の大きさの割にちんまりとあるので少々物足りないけどたまにモンスターが入っている時もあるから物が入っているだけマシだ。


「よっし!」


サードは素早く硬貨を掴みあげ、重さを確認してから自分の財布に入れる。

ちゃっかりと自分のものにしているけど、まあ結局誰の財布に入っても自分たちのお金ということになるから誰も何も言わない。


ただアレンは「銀貨五枚、銅貨三枚…サード…」と呟きながら帳簿に書き記している。


「なんだ、六階はこれだけか?」


「五階から先に進めねぇって話だったんだけど、六階も何もないな」


「五階は一回誰かが攻略したらあとは楽に進める仕様なんじゃねえの」


「そうなの?」


「知るか」


サードとアレンが会話しながら進み、サードは部屋の反対側の扉を開けて進む。

と、サードが空中で止まった。


「ん?」


目がおかしくなったかしらと目を擦(こす)ってみる。でもやぱりサードは空中に浮いている。


「あれ、俺の目おかしくなったかな」


アレンも同じように目を擦る。


するとサードが聖剣を抜いてゆっくりと上に振り上げ、振り下ろした。すると、サードは急に動き出して地面に着地し、踵(きびす)を返して戻って来る。


「スライムが居やがった」


ポカンとした顔でサードを見る。


「どこに?」

「扉の!向こう側!それだ!」


サードが聖剣で扉の向こうをさす。見ると、サードが空中で止まり聖剣を振り回した空間がモニョモニョと動いて再び元の静けさに戻る。


「うわー!マジだ!天井から床まで透明なスライムが壁作ってる!うへー、気持ちわるー」


アレンがプルンプルンと扉のすぐ向こうで揺れるスライムを指でつついてから服で手をこする。

アレンの言葉に指で扉の向こうを突ついてみると、確かにプルプルとした感触が伝わってくる。


「…私こんなに透明なスライム初めてみた…」


じゃあさっきサードは普通に突き進んでスライムの中に入ってしまったのか。


「しかも剣先が出ねえぐらい向こうまで続いてやがんだ。エリー、やれ」


「分かった」


サードに命令されるのは癪(しゃく)だけど、確かにこれは私の魔法を使うしかない。

スライムに対しては炎が効果的だけど、こんな狭くて窓のない所で炎を使うと空気が足りなくなって自分たちが呼吸困難になって倒れてしまう(一度やったことがある。全滅の危機だった)


だとしたら空気を風に変えて切り裂くしかない。


魔法を発動すると周りに風がたなびき、空気が風になって透明なスライムをズバズバと切り裂いていく。

それでも私の魔法は強力で、細かい調整が出来ない。スライムどころか階段や壁の一面もガツガツと切り取って側面には大きな穴が見る限りに開いてしまった。


「それ今だ!」


アレンはそう言うと一気に階段を駆け上がっていくけど、私の風の魔法が届かない曲がり切った向こうにもスライムが居たみたいで、モニュンッとスライムの中に入って動きが止まる。


サードはスタスタとエリーの魔法で壊れかけた階段を上がりながらマッチを一本すって私の前に差し出してきた。


「アレン、そこに居ると燃えるぞ」


なるほど、壁に穴が開いて空気が足りなくなる心配はなくなったから炎で燃やせってわけね。


アレンはあわあわと動きながらスライムの中から抜け出し、


「ちょ、待って!」


と慌ててこちらに戻って来た。


「上には誰もいないのよね?」


一応確認のために聞いてみたけどここまで来ているのは自分たちだけかと思い返す。


それならマッチの炎を増幅させ、階段の天井から床まで…しかも上にあがる階段いっぱいに広がっているだろうスライムを全て焼き尽くそう。


と、急激にアレンが力任せに杖をつかみ、降ろさせる。


アレンがこんな時に邪魔をしてくるなんて無い事だ。驚いてアレンを見ると、アレンは階段の上を指さして言った。


「ダメだエリー!人がいる!」

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