第4話 サードが勇者になった日

女の子二人と出て行ったサードが戻って来ないので、つい私はサードが勇者となったあの日の事を思い出していた。


あれはエリーが魔導士の資格を取って、馴れない旅に苦戦しながらたどり着いたある山合でのこと。


そこは山合とはいっても人が多く集まる場所。何故ならそこは子供ですら絵本で見て知ってるほどの伝説が残る地だった。


はるか昔、勇者が魔王を倒した。


その勇者は魔王を倒した後にも数々の武功をたて歴代最高の勇者の称号を得るほど強い人だった。でもある時ドラゴンとの対戦で毒に当てられ、体はどんどんと衰弱していった。


そして自分の相棒である聖剣を最後の力を振り絞って岩に深々と突き刺し、言ったという。


「この剣を手に入れた者が、私のあとを継ぐだろう」


それ以来、様々な剣士がこの山合に訪れては歴代最高の勇者が残した聖剣を引き抜こうとした。それでも聖剣は誰も引き抜けず、そのまま刻々と年月が経っていく。


でもどんなに年月が経とうと雨風に晒されようと雪に埋もれようと聖剣は錆(さ)びず曇らずいつでもキラキラと輝き、風で飛んできた葉っぱが刀身に当たるだけで二つに裂ける程の切れ味を未だに誇っている。


そしてその聖剣を手に入れた者こそが歴代最高の勇者のあとを継げるというので様々な冒険者や一般人も訪れては引き抜こうとこの山間にやって来る。

…いや、今くらいになると抜けないと分かりながら観光気分で来て、記念にトライするという言い方が正しいかもしれない。


昔は勇者の果てた聖地という扱いだったけど、今ではもう年月が経ちすぎてほとんど観光スポット扱いだ。


「うわぁ、めっちゃ触りてぇー!」


当時まだ子供だったアレンは駆けだして、私とサードもアレンに続く。

そんな私たちに冒険者が笑いながら話しかけてきて、


「いや、良かったな。明後日あたりに山に雪が降るって予報だったから人が少ないんだってよ。俺たちは下山するけど、ゆっくりやりな」


と言われた。


季節は秋も過ぎて山には霜が毎朝降りるような季節だったので、登る際には道具屋の主人に、


「そろそろ雪が降るから行かない方がいいぜ」


と止められていた。それでもサードがどこまでも行くと言ってきかないので仕方なしに来る羽目になった。


それでも、と私は渋々とついて来る羽目になったことももう忘れてアレンに話かける。


「来てよかったわね。こんなにゆっくりと伝説の剣に触れるんだもの」


「なー。こんな雪が降りそうな山にサードが行くとか言った時にはどうしようって思ったけど、嬉しい誤算だったなー」


アレンも私も当時はまだまだ好奇心いっぱいの年齢で、はしゃぎながら聖剣を引っぱったり引き抜くふりをしたり遊んでいたけど、どこまでもここに行く言い張っていたサードといえば剣の刺さっている岩や周りの地面を丹念に見て回るばかり。


「サードはやらないの?」


私が声をかけるとサードもようやく近くに寄ってきて、聖剣の柄(つか)を握る。そのまま前後左右に動かそうとしているけど聖剣はちっとも動かない。


「ふん、固いな」


声変りは終えてもまだ線の細い若さのサードは、剣の刀身もまじまじと見る。


その後もサードは延々と剣ではなく周り岩や地面などをくまなくチェックしていて、こんな伝説の剣が目の前にあるのになんでそんな地面ばっかりみているんだろう、変なの、と思いながらもサードの考えることの大半は自分に理解できないからと放っておいた。


すると大きなリュックをおぶった男の人たちが通りがかり、子供の私たちを気にかけたのか声をかけてきた。


「雪が降ったらそんな装備ぐらいじゃ一晩も過ごせないし、俺たちも雪が降る前に下界に降りるから山小屋にも泊まれんぞ。なんなら今から一緒に降りるか?」


…下界?じゃあここは天界?え?このヒゲのすごい男の人達は天使?でもここ地上じゃないと混乱していると、隣からこそっとアレンが、


「山で生活する人にとって下界は山から下りた場所だよ。あの人たち山小屋の人だよ」


と説明してくれた。


そんな山小屋の人たちの言葉にサードは表向きの顔でニコッと微笑んで答える。


「ご親切にありがとうございます。しかしながら伝説の聖剣をもう少しゆっくりと見ていたいのです。大丈夫です、雪が降る前には下りますから。…ちなみにこの周りに人は居ないのですか?」


「ん、ああそうだな。勇者に毒をあてたドラゴンの居た洞窟を見に行ってる冒険者も居るみたいだが…」


山小屋の人はそう説明しながらドラゴンの洞窟の方角を見て指さしながら言い、


「確かここから三キロほど向こうでしたね」


とサードが続けると、そうそうと山小屋の人たちも頷く。


「分かりました。もし危険と判断したらその冒険者の方々に頼んで共に降りることにします。お気遣いいただいてありがとうございます」


その利発そうな顔としっかりとした受け答えを見た山小屋の人たちも、この子なら間違った判断はするまいと思ったのか「早く降りて来いよ」「気をつけてな」と言いながら去って行った。


それでも私とアレンは少し不安そうな顔をして小さくなっていく山小屋の人々を見送り、アレンがサードに詰め寄る。


「なぁ、今の人たちと一緒に降りた方がいいんじゃないか?登るのも時間かかったし、昼も過ぎたからそろそろ山を下りないと…泊まるところも山小屋の人が居なくなったから山小屋にも泊まれないないぜ?」


「ガタガタぬかすな!」


自分に言われたわけでもないけど、サードの一喝で私は肩をすくめた。


サードは自身の荷物入れからゴソゴソと何かを取り出した。

その手には円形筒(えんけいづつ)と分厚い紙袋が握られていて、分厚い紙に包まれていた何かしらの黒い粉をサラサラと円形筒に注ぎ込み、棒でグッグッと押し込んでいる。


「…ねぇサード、何をしてるの?」


急に始まった妙な行動に私は話しかけるが、サードは何も言わずに作業を続ける。


「…サード?それ何?それ何?」


アレンも私と同じくその奇妙な作業が分からないらしい。それでもサードの手の動きは止まらくて、あっという間に黒い粉入りの円形筒が大量に出来上がった。


「…ねえこれ何?何なの?」


筒を指さし問いかけてもサードは何も答えない。

私はアレンと目を合わせると、段々とアレンは嫌な予感がするという顔で私を見返していた。


そうしているうちにサードは荷物入れから細い縄を取り出し、その円形筒に縄を差し込み、更に黒い粉を入れて圧縮させ蓋をした。


そして周りに誰もいないなと確認するように辺りを見渡してから、地面に棒で丸を何個か書き、アレンに目を向ける。


「アレン。ここに穴を掘れ」


「…何のために?つーか本当に何やろうとしてんの?」


「いいから、さっさとしろ」


アレンは何か言いたげな顔をしながらも持っているナイフで地面に穴を掘っていく。


「それくらいでいい」


サードはアレンが掘った穴に円形筒を突き刺して土でしっかり固定して、岩の隙間にも筒を差し込む。

筒はまるで聖剣を取り囲むかのように設置された。


「ねえサード…何これ、何かの儀式?何を始めるつもり?」


ここまでくると私だって嫌な予感が膨らんでくる。サードは何も答えず、マッチを一本取り出し火をつけてから私に顔を向けた。


「火、もうちょっと強くできるか」

「え、う、うん…できるけど」


私の魔法は自然の力を増幅できる。それくらい簡単な事だ。


そうして力を発動する間際にアレンが、


「エリー駄目だ!なんか駄目な気がする!」


と止めたが、増幅された炎はボッと縄を素早く燃やし、それはすべての円形筒まで行き渡り、次の瞬間、聖剣を巻き込んで岩や地面が、ッドオンッと大きく爆発した。


「キャアア!」


私は自然のものは大体動かせる。だから迫る熱風や飛んできた大きい岩石や土を魔法で全て弾きとばした。

そうして恐る恐る目を開けると、ほんのり残る火の熱と妙な臭いのする中、崩れた岩石をどかしているサードの後ろ姿が見えた。


「な…な…」


言いたい事がありすぎて言葉が出ない。アレンをみると飛んできた岩石に当たったのかすぐ隣で地面に横になり伸びている。


何で爆発したのかなんて一切分からない、でもサードが周りに設置した円形のものでこうなったのは理解できる。


「サード!あなた…!」


何てことをしてしまったのと非難交じりの声でサードに近寄ると、サードの傍に行く前にサードがクルリとこちらを向いた。

そして何かを私に向かってズイッと差し出す。


「見ろ、勇者の剣だぜ。さすが千年以上同じ姿でここに立ってた剣だ。この爆発でも傷一つついちゃいねえ。これで俺も勇者だな」


その顔は自慢げで、サードにしては珍しく嬉しそうな表情だった。


「ばッ…!」


馬鹿じゃないの、と言おうとして声がつまる。

下級とはいえ貴族なのだから今まで人にそのような暴言を吐いた事なんてないし、相手に失礼なことは言ってはいけないよと育ってきたから。


「お前の言いたい事は分かるぜ、エリー」


サードは剣を眺めながら続けた。


「泥棒だの、引き抜いてねえくせに勇者になれるわけねえだろ、とでも言いたいんだろ」


私は全くもってその通り、とうんうんと強くうなずくと、サードは悪い顔で私を一瞥(いちべつ)してから聖剣に目を戻す。


「勇者が言ったこと覚えてるか。『この剣を引き抜いた者』じゃなくて『この剣を手に入れた者』が自分のあとを継ぐだろうって言ったんだ。つまり手に入れるための手段は問わないんだろ。現にこうして俺が手に入れてるんだからな」


まるで言葉の抜け道を見つけたからとばかりのサードのセリフに、私の腹の底からふつふつと怒りが湧いてきた。


「最低!」


サードが私を横目でジロリと見る。思わずひるんだけど、私も気を強く持って睨み返した。


「最低最低最低!それは人間の宝よ!勇者の誇りよ!それをそんな…周りを爆発させて手に入れるなんて最低な行為で手に入れるとか…!そこまでして勇者になりたいの!?」


サードは抜き身の聖剣を手に持ったままゆっくりと私を見て、思わずたじろいだ。まさか怒って私を斬ろうとしてるんじゃ…!


「勇者なんて興味ねえよ」


斬られるかと思ったけどサードはそこまで怒っていないのでホッとしつつ、慌てた動作で聖剣と、聖剣が元々刺さっていたが黒く焦げて大きな穴の開いている箇所を交互に指さす。


「じゃあその剣を今すぐ元の場所に戻すの!ほら!今なら誰も見ていないから!」


サードは嘲(あざけ)ったような笑いを浮かべる。


「せっかく手に入れたのに手放す馬鹿がいるかよ。俺は勇者の肩書が欲しかったんだ。情報的に爆薬を仕掛ければ割れそうな岩だって分かってたしな。だから人が少ない今の時期に来たんだよ」


「…!」

長年人々が愛して見守ってきた気持ち、人々を守るために力を振るった歴代最高の勇者の功績や高潔な魂を侮辱する行為。それを悪びれもせず自分の欲望のために笑って手に入れている目の前の男に心から憎しみと怒りが湧いて、そして叫んだ。


「あなたって本当に最低!下におりたらみてらっしゃい、公安局に行ってあなたがどんな手段を使って聖剣を手に入れたか言ってやるんだから!あなた、裁判にかけられるわよ!そうしたら捕まって縛り首にでもなるんだから!」


私にしてみたら最大限の脅しで、その言葉でサードを追い込んだと思った。

それでもサードは表情も変えずに一言。


「いいぜ?言えよ」


動じないサードに私の方がたじろぐと、サードはニヤと悪どい顔で笑う。


「俺だって公安局の奴らに言ってやるぜ?アレンもエリーも聖剣を手に入れようとする俺を手伝ったってな」


「…?……。…!」


最初は何を言ってるの?と時が止まったけど、サードの言葉の意味をジワジワと理解すると頭からサッと血の気が引いた。


そうだ、サード一人でも地面に穴は掘れた。マッチ一本の火でも十分に縄には火はつけられた。なのにわざわざアレンに穴を掘らせ私に火をつけさせた。


何をやるのか理解してなくて命令されたからと言っても、結局私もアレンもサードに言われるがまま聖剣を手に入れるための手伝いをした…!


ニヤニヤとサードは笑い、そしてとどめのように言った。


「俺たちは共犯だぜ。俺が捕まって縛り首ならお前らも同罪だ」


あまりの事に思考回路が止まって呆然として何も言えず、よろよろとアレンのそばにしゃがみこむ。

もしこの事がバレてしまったら本当に捕まるの?自分も縛り首になるの?お父様、お母様…!私、私、知らないうちに犯罪者になっちゃった…!


頭から血の気は引いて目の前が真っ暗になって、もうこの事がバレたら殺されるのかもしれないという恐怖で息も苦しくなって手も震えてきた。


「おーい!どうした、何があった!」


ビクッと肩を揺らし、声のした方を見る。

左からはさっき去って行った山小屋の人たちが、そして右からはドラゴンのいた洞窟にいた冒険者だろうか?数人が爆発の音を聞きつけたらしく走ってやってくる。


こ、来ないで…!見ないで、この現状を…!


わたわたと手を動かし、思わずその場を逃げようとした。でも道は一本道でその両側から人が走ってくるので逃げるに逃げられずオロオロとしていると、駆けつけた山小屋の人々と冒険者たちはサードが聖剣を握っているのを見つけて、


「あ…!」


と叫んだ。


…終わった…。


脳内で裁判にかけられサードが犯人と力説しても口の上手さでサードの言葉に巻き取られ言い逃れできず縛り首になって揺れている自分の姿が流れる。


と、表向きの顔になったサードは困惑気味の表情で口を開いた。


「私がこの聖剣を掴んだら周りの岩石が弾け飛んで…気づいたら聖剣が…」


は?


絶望の気持ちから我に返ってサードを見る。


「これは選ばれた…ということなのでしょうか…」


サードはなおも困惑しかないという顔をしていて、周りの大人たちもまさか、嘘だろ?とばかりの困惑の顔をしている。

でも山小屋の一人が前に出て、


「この聖剣は長年誰が触っても引っ張ってもびくともしなかった、でもこうやって岩石から聖剣が離れて人の手の内にあるんだ。…つまり、そういうことなんじゃないか」


そうなると駆けつけた大人たちは奇跡の瞬間に立ち合ったとばかりの驚きと喜びの顔になるが、サードは、


「まさか、私がそんな大層な…」


と遠慮がちに言っていると、


「何言ってんだ、お前が抜いたんだ、お前のもんだ!お前が勇者だ!」


冒険者たちもサードの肩を叩いて鼓舞している。そうなるとサードも覚悟を決めたとばかりに、


「分かりました…。聖剣に選ばれたというのなら、私もそれに応えましょう」


と引き締まった顔で聖剣をしっかり手に持ち、見据えた。それでもその一瞬、大人たちに隠れて「ざまあねえ」とほくそ笑むサードの表情を私は見て取った。


違う、違うのよ。それはサードが抜いたんじゃなくて何らかの手を使って爆発させて手に入れたもので…不正な手段で手に入れたもので…勇者と呼ぶ筋合いもなくて…。


エリーがそう伝えようと手を伸ばし口を開こうとすると、サードが横目でエリーにアイコンタクトをした。


「お前、捕まりたいのか?」


…そうしてサードが勇者の剣を手にれた新たな勇者だということになった。


あの事件のことはこのパーティの中でも口に出すのはタブー扱いされているが、たまに思い出したように思い出がフラッシュバックしてくる。


「本当、あんな奴さっさと裏の顔がバレて勇者の地位から転げ落ちればいいのに」


「エリー、いいすぎだぞぉ?」


アレンはおいおい、と軽くツッコむ。


そして私も今となってはあんな最低な男に気兼ねする必要はないと暴言を普通に吐くようになってしまった。


それよりサードはまだ戻って来ない。

どうせあの女の子二人と健全ではないコミュニケーションを取っているんだろうなと思うと余計にさっさと裏の顔がバレて勇者を失業してしまえと思えた。

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