Act.8
北方の地での調査を終え、首都へと移る朝。灰白色の空からは、ちらちらと粉雪が舞っていた。真冬の気配が、すぐそこまで来ている。これから数か月、この国は、寒さに凍える日々が続く。
マカノから入手した名刺を足掛かりに、兄は慎重に調査を進めていた。
名刺の人物は、第二機関の末端、北方の地域局の一部署に所属する職員だった。けれど、それは手足のひとつに過ぎない。粛清すべき《
「……
窓外の雪を眺めながら、兄が《
「第二機関への影響力を維持しながら、機関から離れることで、闇に隠れたわけだ」
永が眉を
「公安も公安だよ。捜査を放棄したくせに、こっちに情報を渡さないなんて」
「放棄したからこそ、だよ」
兄が緩く首を横に振る。
「公安――第四機関にとっては、為すべき正義を為さなかった……口外したくない暗部だろうからね」
アカガネと公安との件は、アカガネを調べていく中で分かったことだ。アカガネが牛耳る売買ルートにより、第二機関と反政府組織のあいだで金が流れていることを掴んだ。更なる情報を手に入れるため、第四機関の捜査官にも接触を試みたが、彼らの口は重かった。
「そもそも、第四機関は、第九機関に協力なんて、絶対にしたくないだろう」
公安を司る第四機関が正しく機能していれば、粛清を司る第九機関を発足させる必要はなかった。
「何は無くとも、アカガネの居場所の目星はついた。特定でき次第、粛清の計画を、実行に移すよ」
カーテンを閉め、兄は窓から
「永?」
兄が振り返る。とさり、と鞄が床へと落ちた。兄の体を抱きしめる。
第四機関がアカガネの捜査を打ち切る少し前、捜査を指揮していた検察官が死亡していた。殺されたのは明白だった。アカガネを追えば、第二機関を敵に回すことになる。兄がアカガネを《
「……少し痩せたね、兄さん」
「……お前は、
「鍛えているからね」
「ふふっ。背は、まだ、俺のほうが高いけれど」
「俺は、まだ、十八だよ。これから、あと少しは、伸びると思う」
「そうか。……まだ、十八なんだな、永は……」
「……兄さんだって、まだ、二十一だろ」
抱きしめ合って、
「いつか……〝まだ〟が……〝もう〟になる日が、来るのかな……」
「兄さんと一緒なら、ずっと〝まだ〟だよ」
「〝まだ〟っていうのは、〝生き足りない〟ってことだよ」
北風が、カタカタと窓を鳴らしている。さらさらと、硝子に雪の掠める音が響く。
そっと、腕を解いた。ドアを開け、世界に出る。献花の花弁のように雪の舞う、凍てつく冬の世界の中へ。
寄り添い歩く。指先が触れる。絡め、結び、固く繋ぐ。
たったひとつの温もりを、奪われてしまわないように。
兄も、永も、春に生まれた。
この冬が終われば、兄は二十二に、永は十九になる。
春になれば、ふたりで、一緒に。
Coffin The Memory ソラノリル @frosty_wing
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