第15話 包囲突破

時刻は夕方。


 陽が傾き始めていた地上に戻り、中村は会社の出口近くにいた部下たちに「客人たちと食事へ向かう」と嘘の予定を伝えた。


 その後中村が個人で所有する車に乗せてもらい、このまま創の自宅に向かう予定だった。


 敷地内の駐車場へ向かう途中に、予定は狂ってしまった。


「中村君、一体何をしている?それに対象物の拘束を解く指示はしていないぞ」


 聞き覚えのある声。


 一番出会いたくない人物に遭遇したと、聴覚が警鐘を鳴らした。


 複数の足音とともに正門から現れたのは、数十体の緑色をした、先ほど地下室に保存されているはずの“人間らしき実体”を従えた現職の総理、藤本だった。


 集団となったバイオロイドは、彩理たち三人の周囲を大きく取り囲んだ形になった。


 創は再び、怒りを露にするように鋭い双眸を藤本へ向けた。


 それに対し、バイオロイドの集団は禍々しく血管が隆起する深緑の身体に、真紅の両目が恐怖を演出する。


「社長、私は疑問に思うのです。人に模した兵器の運用に、賛同することはできません」


 中村氏は淡々と、真剣な眼差しで藤本へ言及した。


「ほう……既に決まった方針に対し、反発するというのか?裏切ればどうなるか、わかっているな?」


「無論、承知しています。私はここで消されるのですね?」


「そういうことだ」


 消費者のブラインドを突き、内部での格闘が行われている。


 バイオテクノロジーとは表向きの、素顔を隠すための仮面に過ぎなかった。


 ダークスーツの懐から、黒い金属体を取り出した。


 リボルバー式の拳銃だった。重厚は自然と中村へ向けられる。


 周囲のバイオロイドたちも、拳を作り、戦闘の体制に構えていた。


 藤本は表情を変えずに、声を低くして中村に伝えた。


「君のような有能な人材は消すのに惜しいが、裏切ることとなれば話は別だ。ここで死んでもらわなければ、会社の計画に支障をきたす。安心しろ、事故死に見せかけて眠らせてやる」


 窮地という言葉を頭に思い浮かべるのは、きっと初めてだろう。


 権力・武力に囲まれた彩理たちはまもなく、一つの決断を下すことになる。


 生きるために。


 守るために。


 そして、真実を告げるために。


 彩理は今、緊張と高揚でよくわからない心情に染まっていることだろう。


 同様に、背中を合わせる創の心拍数が大幅に増大しているようにも思える。


 なぜなら、拳銃を構えた一人の人間と、兵器へ変えられてしまった大勢のバイオロイドが、彩理たちを包囲しているのだから。


   *


(残念だが私には守る術がない、君たちまで巻き込んでしまった。すまない)


(まだだ。俺たちがあんたを突破させる――彩理ちゃん、用意して)


(わかった!)


(よくわからないが、ここで死ぬよりはマシだ。ここは信用して構わないな、創君?)


(ああ、そうしてもらえるとありがたい。俺が合図したら、しゃがみながら目を瞑って耳を塞ぐんだ)


(――閃光弾か。周囲が怯んだ隙に私は車を用意しよう)


(頼む)


 彩理たちが撃たれようとするタイムリミットが刻々と迫る中、簡単な作戦を立て、脱出を目論む方針で決定した。


「貴様はもう逃げられないぞ。丸腰の人間三人が武力と権力に勝てると思うかな?」


「総理、私が消えてもあなたの敵はすぐ近くにいます」


「……どういうことだ?」


 藤本は顔をしかめ、一瞬の動揺を許した。


 そして、創が合図を、空を切って叫んだ。


「今だ!」


「てぇい!」


 合図と同時に、気が抜けてしまいそうな掛け声を発しながら、創と同時に護身用のバイオツールをアスファルトの地面に叩きつけた。

同時に目と耳を瞑る――直後にまぶたの裏側でもわかるほどの眩しい閃光と、骨の髄まで響く爆発音が発生した。

 

 何も知らない藤本と緑の人型はバイオツールの閃光弾をまともに受け、転倒し、その場から動けなくなると同時に低いうめき声を上げていた。


「ぐ・・・ううぅ・・・」


 おそらく目が眩み、耳鳴りがアラームのように鳴り響いていることだろう。


 ひるんでいる隙に創が中村氏に声を張り上げた。


「行ってくれ!」


「ああ、頼むぞ!」


 一人の革命家が、自ら望みをつなぐために走り出した。


 中村氏の逃走を確認した創が、彩理に耳打ちした。


「俺は無闇に殺生しない。けれども彩理ちゃんの危険に及ぶなら全力で守るしかない」


 穏やかな表情のまま、不安そうに見ていた私に呼びかけた。


 創は何かを口に含んだ。


 細胞の回復とクロロを発生させる、五種類の錠剤を結合させた五角形の常備薬だった。


 命の危険がある以上、使わざるを得ないと創は判断したのだろう。


 久しぶりに創の長い髪を見たような気がする。


 周囲に吹く弱い風にも、創の長い緑髪は木々の葉のごとく揺れていた。


「わかった。でもわたし、戦えないよ?」


 閃光弾用のバイオツールがあるとは言え、あくまで護身用だ。


 彩理には対抗できる武器がほとんどない。


「心配いらないよ。彩理ちゃんは俺のサポートを頼む。ちょっとでも足止めできれば、十分な隙が出来る」


「う、うん!」


 この状況を打開するには、抵抗以外の選択肢がなかった。


 やるしかないと覚悟を決めた。


「ぐっ――貴様ら許さんぞ!これは立派な重罪だ!」


 声の方向に目を向けると、床にへたりこんだままの藤本から、ようやく爆発後の第一声の怒鳴り声が聞こえた。


 その時、彩理は自然と言葉を紡ぎ、大きな怒声となって出現した。


「先生の研究は、兵器の道具なんかじゃない!」


 自分で発した声のはずなのに、自身の声ではないような、不思議な感覚だった。


 科学技術は、諸刃の剣だ。


 人類が発展することによって進歩した技術は、戦争の兵器によって発達した。


 皮肉なことに、人類のための技術が逆に技術によって人類が滅ぶことが予想されている。

 

 これが自分たちの選んだ道なのだろうか。

 

 取り巻きの人型も閃光弾の衝撃から回復し、立ち上がっていた。


「私の方針を否定するのか・・・。いいだろう、おい!目の前の二人を捕まえろ! 研究対象だ! 殺すなよ!」


 相変わらず趣味の悪い企業のリーダーだ。


「……」


 バイオロイドは何も話すことなく実行に移していた。


 藤本の周囲を四体が守りを固める。


 命令を忠実に守る人型たちであるが、仮に創と同程度の身体能力と再生能力を兼ね備えているとなるとかなり厄介だ。


 薬は十分にあれども、長期戦になれば彩理たちが不利になることは容易であった。


 発砲は最後の手段に考えているだろうか、藤本は拳銃を元の場所へ戻している。


 再び創が彩理へ耳打ちした。


「俺が盾になる。後ろからそいつを投げつければいい」


 常識ではあまり考えられないような指示を私に向けた。


「え? そ、そんなことしたら創が危ないよ」


 たまらず、少し反発した。


「彩理ちゃん、安心して。危なくなったら俺は薬で回復できる。でも彩理ちゃんは生身の身体だ。致命傷にならなくても出血が多いと危険な状態になる。俺がサポートする」


「う、うん」


 人ではなく、バイオロイドの創だったとしても彩理の中で不安は拭うことができない。


 極限の状態であるにもかかわらず、創は心地よい風に当たるような清々しい表情を見せた。まるで彩理を安堵させようとしているようだった。


「行くよ、しっかりつかまって!」


「ひゃあぁぁ!」


 緑の長髪をたなびかせる創が、彩理を抱きかかえながら中村が消えた方向に向かって走り出した。


 彩理は返事ではなく驚いたように声を上げ、創に抱きかかえられている。


 しかも、またしてもお姫様抱っこ。


 この状況下において恥ずかしいとも嬉しいとも言うことなどできない。


 間髪を入れずに人型も創を追って追跡を開始した。


「……!」


 創が前方の人型たちの身長の三倍を軽々超える跳躍。


 運動能力が優れているはずの集団がみるみるうちに引き離されていく。


 後ろを振り向かずに彩理を抱きかかえ疾走する創は、突然建物の壁の前で足を止め、彩理に呼びかけた。


「後ろへ下がって!」


「どうしたの?」


「奴ら、もう追いついている」


 猛追していた集団は瞬時に両手に長い爪を展開し、創もろとも引き裂く勢いで襲いかかろうとしているのだ。


 彼らに思考があるのか解らないが、ただただ殲滅を目標として非情に襲撃を仕掛けてようとしている。


 小手調べとばかりに一体の人型が二人に襲いかかる。


 爪は跳んで回避する創の左手前をかすめ、左足のデニム生地と皮膚を破り、赤い鮮血でカラーリングさせながら人型の身体は壁に激突した。


 人型を創の右手には既に蛍光に輝く緑のバイオツールが握られており、襲いかかった人型は既にナイフへ変形したバイオツールによって中心を貫かれていた。


 人型はそのまま倒れこみ、同様に赤い出血を表現しながらその機能を停止した。


 死んだようにぐったりとした人型が、徐々に表面に間伐のようなひび割れを発生させ、ついにはサラサラとした砂として崩れ落ちた。


 その砂は、スニーカーを履く創の両足にただただ降り積もるばかり。


 その光景を目にしたバイオロイドたちは、集団でお互いに顔を見合わせたあと、一斉に猛スピードで創に襲いかかった。


 創は咄嗟に彩理の前面に立ち、強い意志を持った瞳が、死守を宣言する。


 彩理は自然としゃがみこみ、頭を抱えながら、襲撃の恐怖と格闘するはめになった。


 創は大丈夫だろうか――目を向けると創の身長よりも巨大なハスの葉の形を模したバイオツールの盾ですべての攻撃を受け止めていたのだ。


 既に止まっている左足以外の出血は発生していないように思えるが、十数体にも及ぶ人型の衝撃を、バイオツールと創の四肢はしっかりと吸収していた。


 少しだけ創が彩理の方向を向く。


 会話をしようにも、受け止めることに全力で声は聞こえない。


 安心して――と、そんな穏やかな表情を見せていた。


 どうして、創は彩理をここまで守ってくれているのだろう。


 なんの理由も夢もなく、理系の方へ進んだ彩理をここまで支えてくれている。


 恩返しがしたい。


 こんな状況では無理でも、お礼ぐらいはしたい。


 異性としてではなく、一人の人間として。


 彩理は何もできていない、今できることがあるとしたら――これしかない。


 目前の攻撃が止んだ。


 どうやら分厚い壁に阻まれ反動でそのまま後ろに退避したようだ。


 優っている。


 この防御を脅威とみなしたのか、人型の行動がおとなしくなったことで、創は再びバイオツールをナイフへ変形させた。


 創は彩理へ閃光弾のバイオツールと使うように指示した。


 元々数の少ない閃光弾が三本になり、心細さを感じる。


 それでも、創を信じることにした。


(創、いくよ?)


(おう、いつでも)


 アイコンタクトを取った直後、彩理の右手は閃光弾を投げつけ、再びまばゆい光と爆発音を響かせる。


「ナイス!」


 伏せた両目を開け走り出す創。


 通過する先にいたバイオロイドは、既に切り裂かれて機能を停止せざるを得なかった。


 目標は、閃光弾に目がくらんだ弱い防衛ラインの中にいる藤本。


 突進する創は瞬く間に藤本を守っていた四体のバイオロイドを切り裂き、突き、薙いであっという間に目標との距離を縮めていた。


 鮮やかな蛍光の緑色に光る人間が藤本と目が合った。


「ひっ! わ、私はこんな技術など信じないぞ!」

 

 権威のあるボスらしからぬ悲鳴だった。

 

 オーバーテクノロジーであるという藤本の考え虚しく、彩理の閃光弾による突破口は、意図もたやすく我城を制圧してしまった。

同時に藤本も驚きと恐怖で弱腰になり、尻餅を着いた。

 

 すぐさまバイオツールのナイフを片手に、一藤本の眉間ギリギリまで刃先を近づけた。


「すまないが、あんたと話がしたいんだ」


 権力者の目の前には創の穏やかな表情が映った。

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