第14話 無機質な枷

 彩理と創は現在、黒く長い高級車の後部座席に乗っている。


 決してドリームでジャンボな宝くじを当てたわけではない。


 高級車の中で、彩理たちの思惑と企業の思惑がぶつかり合いながら本社へ連行されている道中なのだ。

 

 前後に三人ずつ着席する6人乗りシートの片方三席は創を挟んでSPが座り、もう片方はダークスーツの男とボディガードに挟まれながら彩理が座った。


 どこかで一服したためなのか、スーツの男からは微かに煙草の臭いを鼻腔で感じ取った。

 

 彩理に拘束具は付けられていないものの“芦川教授の息子”や“得体の知れない生命体”と勝手に思われてしまった創には警察の捜査員などが用いるアルミ合金製の手錠が三つ取り付けられた。


「予想以上に早く君たちを連れて行くことができるとはな」


 諦めたような清々しい表情の創が両腕を上げると手錠の鎖たちが軽く音を立てた。


「抵抗しても時間の無駄だからな。それにしても金属は好きじゃない。金属アレルギーを起こすから、せめて木製の手枷にしてくれよ」


「心構えに免じて外してもいいのだが、それはできない。念のためにね。芦川創、君は社長に従い協力してもらいたいのだ」


「この計画がおかしいと思ったことはないの?」

 

 自然と質問が浮き出てしまう。


「私も君の持つ意見には一理ある。しかし会社が、社長が決めたことなのだ。それに逆らった人間は、すべて消されている」


「あなたたちのボスは、噂通りの悪趣味だよ」

噂通り、と付け加えたのは盗み聞きしたことを伝えないためだった。


「私は君たちと敵対したくはない。協力を要請しているだけなのだよ」


 これが、彩理たちのスフィア・プラント社へ向かう経緯でもあり、同時に計画を実行に移した瞬間でもあった。


   *


 本社に到着し、中村は彩理と創だけを引き連れ応接室へ向かった。

 

 応接室は非常に簡素だが高級感のある一室で、壁には巨大な油彩画が数点飾られていた。

 

 中村は彩理たちを来客用のソファに座らせ、複雑な彫刻を施された木製のデスクからおもむろにメモ帳を取り出した。


「まずは君たちのことを知りたい。これから協力を要請する者として、データにはない君たちのことを理解しておきたいのだ。質問に答えてもらうぞ」


 一体何を考えているのかは彩理には理解できなかったが、この状態でなんらかの行動を起こしても、無意味だと思い、素直に従うことにした。


 最初はどんな授業を履修しているだの、中学、この学園に入ってはどうだったかなど、まったく関係のなさそうな二十個ほどの質問に答え、いよいよ本題に入った。


「芦川創、君は一体何者なのだ?」


「俺は母さんから創られた人間であって、それ以上もそれ以下もない」


「そういうことではない、どんな物質で構成され、再生能力を持ったのかを聞いているのだ」


「実を言うと俺もよくわからないんだよ。俺が知っているのは貝と植物が関係しているってことだけだ。それしかわからない」


「なるほど、だから髪が緑色なのか……」


 本当に納得しているのかは不明だが、中村はペンを片手にメモ帳を走り書きしていた。


「しかし、これだけでは情報を絞り込めない――教授からは他に何か伝えられたことはないのか?」


「――まったく教えられていないよ。俺らから情報を聞き出しても、収穫はほぼない。それより手錠外してくれよ。別に何もしないからさ」


「駄目だ」


「ちぇっ」


 どう頑張っても現時点では外してはもらえないようだった。


 創はたまらず短い悪態と諦めの言葉を表すかのように吐き捨て、高級そうなソファの背もたれに体を預けた。


「それよりも新島さん、何か伝えられたことはないのか?」

とはないだろうか?」


「わたしも、研究についてはまだ詳しいことは教えてもらえませんでした。数ヵ月先延ばしになる――そんな風に話していたぐらいでした」


「具体的にはわかるかい?」


「わかっていることは、医療技術への運用を目標にしている、とは聞いていました」


「ふむ……まだ全体像は見えてこないな……貝……植物……医療……」


 中村氏は頭を抱えながら、私たちから聞き取った言葉の断片を反芻している。


「そういえば、どうして『もみ消される』みたいなことをわたしたちに教えたんですか?」


「確かに、手の内を明かすのはかえって不利になると思うが」


 本来であれば、秘密を打ち明けることはできないのでは。


「――これから協力してもらう君たちから一方的に情報を聴取するのは不公平だと思ったからだ。このあと君たちに地下の実験室を連れて行き、我々の耐えて散る計画を教えよう」


「は、はぁ……」


 中村氏はイニシアティブを握るような考えは持たない人なのかもしれない。


 これまでの彼の行動から少なくとも悪い人間ではなく、与えられた仕事を全力でこなしているだけだと確信した。


「さて、我々の地下室へとご案内しよう――その前に」


 スーツの上着の裏ポケットに入れられた、鍵のようなものを取り出し、創に取り付けられた手錠の拘束を解いた。


「いいのか? 駄目だって言ったのに」


「本来は社長から開錠の判断を待つのだが、私の判断で君の拘束を解くことにした」


 首をかしげながら問いかけた創に、中村氏は当たり前のように答えたところであっ

という間に三つの手錠が地面に力なく落ちた。


「やっと話が通じたみたいだな」


「創!」


 余計な一言の多い創を注意した。


 それにしても、あの質問の中で重要な事柄があったのだろうか。


「本当に、どうしたんですか? 中村、さん」


 中村は彩理たちにとって思わぬ一言を返してきた。


「私の中では君たちは、教授の研究との関係性が薄いと判断した。これ以上聴取したところで何も変わらないだろう。最後に地下室を見学させて、君たちは自由の身だ」


「ありがたい。企業の人間も捨てたもんじゃないな」


「私は上に従うように見えるが、最後は私が決めることにしている。おかげで社内には味方が多い」


 中村はそんな風に自身を自虐した。


 我々の計画を知ってほしい、そのことだけを直向きにわたしたちを案内してくれただけなのかもしれない。


 創を拘束したことは彩理にとって不満であるが、中立的な人間もいるのだ、と価値観がまた一つ変わっていく。

 

 彼の指示に従い、彩理たちは地下にあると言われる実験室へ向かうことになった。

応接室を出て一番奥のエレベーターに到着する。


 中村はカードキーを読み込みや指紋認証でエレベーターのドアを開けたあと、彩理たちを呼びかけた。

 

 真っ白なLED証明で照らされたエレベーター内。


 ドアのすぐ上にあるデジタル数字は地下三階を示す。


 扉が空いた直後にガラス張りの水槽のような一室に出た。


 一見すると水族館のようではあったが、見下ろした瞬間何倍もの広さをもつ手術室のような空間になっていた。


 水色の作業服を着た研究員らしき人たちが人間のようなものを一体ずつ診察台に運んでメスを入れて解剖を行ったり、黄色の薬剤をカテーテルで検体に流し込んだり、非常に怪しい空間だと彩理は確信した。


「まさか、これは、バイオロイド?」

「嘘だろ? こんなことが……・」


「そうなのだ。命令とは言え、この企業が資金を兵器制作に使うのは私も納得ができない」


「――大将はろくなこと考えないな」


 やはり、隣に立っている秘書はまともな人であった。


「あんたはこれをどうする気なんだ?」


 中村へ問いかけた創は腕を組んでいた。


 ここに来てから、創の口数が大きく減っているように思えた。


 目つきが鋭くなり、ガラス越しの空間を睨みつけているようにも思えた。


「ここの監視カメラの映像や実験室の計画書類、使用薬品一式のデータなどを、国内の報道機関へ一斉に送る。既にデータ類は私がUSBメモリと封筒で保管している」


 革命のために闘う英雄のような、そんな宣言を口に出した中村。


 絶対的な起業家に仕えているはずの秘書が、裏切ろうとしていることに驚愕した。


「え!?」


 しかし創はあたかも予想していたかのように冷静な口調で言葉を返した。


「――だから、俺の拘束を解いたのか」


「そうだ。君たちには何の罪も持たない、一般人だ。私自身の正しさを信じ、責任をもって君たちを解放する」


 中村の表情は清々しい笑顔になっていた。


「ありがとよ、中村さん。それから、俺もあんたに協力してもいいか?」


 軽くお礼を言った創は何かを提案しようとしていた。


「それは嬉しいのだが、君たちを私用で巻き込むわけにはいかない」


「違う。母さんが正しく使うことを信じて行っている研究を――俺自身を創った研究を悪用されたくないんだ」


 今までの創には無い、冷静ながらも怒りを示す表情に変化していた。


 彩理も思い切って同様の意見を提示した。


「わ、わたしも協力したいです! 先生の研究を手伝う人間として、何かできることがあればお手伝いします。お願いします」


 彩理は一人、深く頭を下げた。


「新島さん、頭を上げてほしい。君たちにひとつだけ頼みたいことがあってね」


 緊張しつつもゆっくり体を戻した。


「ああ、なんだってする」


 創も聞き入れる準備は出来ていた。


「無茶な要求かもしれないが、これから狙われるであろう私を、今夜以降匿ってもらえないだろうか?」


 何か場所は無いだろうか、と考えていると創が答えた。


「なら簡単なことさ、うちに来ればいい。母さんからも詳しい話を聞けるだろう」


 非常事態ながら、創は安全を保証できる場所を告げた。


「すまない、恩に着る」


「気にしないでくれ。あんたのような人は、きっと必要とされているはずだ。敵が何人いようと俺たちが保証する」


 創の持っていた怒りが一瞬にして晴れていた。創が大企業に持っていた今まで嫌悪感のようなものは、一体何だったのだろうか。


「ははは、それはありがたいな――では、地上に戻るとしよう」


 創の褒め言葉にまんざらでもない中村だった。

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