第25話

 土曜日の昼時、予定通り俺たちは近くのショッピングモールに来ていた。

 この辺りで色んなものを買い揃えようと思ったら、ここが一番だ。

 特に衣類や小物など、女性向けのショップも豊富に揃っているので、買えないものはないと思う。

「必要なのは着替えと、あとはシャンプーとかそのあたりか?」

「そうですね。どうせなら、女性用のシャンプーとかにはしたいかなと」

「結構違うもんだしな」

「意識していませんでしたけど、違いますね」

 咲奈の部屋に泊まったときなんかは俺も同じものを使ったが、いい匂いがしすぎてずっと妙な気分だった。

 それに手触りというか、髪の質感が違いすぎて落ち着かなかったし。

「とりあえずは服からにするか。時間かかるだろ?」

「そこそこの数は必要ですけど、そんなにはかからないと思いますよ」

「俺、その言葉は信じないタイプなんだ」

「いえ、本当にすぐ終わりますよ。と言うか、なんで……あぁ、元カノさんですか」

「まぁ、うん」

 経験則だが、男と女では『すぐ終わる』の概念が違うのだと思う。

 特に買い物という事柄においては。

 とりあえず最初の目的地は決まったので、服売り場がある区画へと移動する。

 その途中で俺はスマホで通販サイトを確認した。

「布団だけど、もう発送されたみたいだから明日には届くみたいだ」

「早いですね。昨日の夜に注文したのに」

「そこがいいところだよな、通販は」

 昨日、コンビニ弁当を食べているときに気づいたのだ。

 店舗で直接布団を買っても、持ち帰るのが大変だと。

 だから布団は手間のかからない通販を利用することにした。

「これで気兼ねなくベッドが使えますね」

「本当にな」

 冗談めかす彼女に笑って答える。

「っと、この辺りだ」

 案内板に記してあった区画に到着した。

 ざっと見ても女性用のブランド店が数店ある。

「それじゃあ――」

「はい、一時間後に……そうですね、入り口あたりに集合でいいですか?」

「まずは……って、ん? どういうことだ?」

 近い店から見て回ればいいかと思っていた俺は、彼女の言葉に思いきり首を傾げる。

 彼女の言い方はまるで、別行動をするつもりのように聞こえた。

「えっと、もしかしてついて来るんですか?」

「違うのか?」

「なんで来るんです?」

「なんでってそりゃあ――」

「あ、なるほど。私に着せたい服がある、と」

「いやないって。なんでそうなる?」

「私のほうこそなんで、なんですけど」

 どうやら俺たちの意識は、決定的にすれ違っているようだ。

 だからと言って、着せたい服があるのかという発言はどうかと思うが。

「一緒に買うより、別々に買った方が時間の節約ができますよ?」

「いや、俺は買う物なんてないって。あ、食材は買って帰るけど、そんなのは一番最後だし」

 彼女が必要とする買い物の量によっては、一度部屋に荷物を置いてから、改めて近所に買い出しに行くことになるだろうけど。

「案内をしてくれるだけじゃないんですか?」

「ちゃんと付き合うって。荷物、結構な量になるだろ?」

「……もしかして、荷物持ちとして?」

「当然だろ」

 その辺りは暗黙の了解だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 彼女は目を見開き、わかりやすく驚いている。

「別にそこまでしてもらわなくても……」

「気にしなくていい。俺は基本的に店の前で待ってるから」

 そのほうが彼女も買い物に集中できるだろうし、俺としても気楽だ。

 下手に意見を求められても、まともに答えられる自信がない。

「なんだか申し訳ないです」

「そんな風に思われると、こっちも申し訳なくなる。ホント、全然大したことじゃないから」

 彼女が遠慮する気持ちはわかるが、遠慮されすぎてもこっちが困る。

「ってことだからほら、買ってくるといい」

 もう決定事項だと、彼女を店の中へと促す。

「……わかりました。すぐ済むので」

「ゆっくりでもいいよ」

「いえ、本当に。では、行ってきます」

 ここで問答をしても意味がないと思ったのか、彼女はそう言って店内へ入って行った。

 俺はそれを見届けてから、人通りの邪魔にならない場所で待つ。

 土曜日のモールは当然賑わっていて、家族連れやいかにもデート中なペアが目立つ。

 他人から見たら、俺たちもそんな風に見えているのかもしれない。

 そんなことを考えながら、どれくらい時間がかかるのかを予想する。

 すぐに済むなんて言っていたが、彼女も若い女の子だ。

 いざ選び始めたら、きっと楽しくなってしまうに違いない。

「ま、久しぶりだし……たまにはいいか、こういうのも」

 ちょっとだけ楽しくなっている自分を自覚しながら、俺はスマホを眺めて適当に時間を潰した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る