第24話

 コンビニで買って来た弁当やサラダなどを食べている最中、話題は自然と飲み会のことになった。

「会社の飲み会って、やっぱり昨日のあの人と?」

「やっぱりってなんだよ」

「あれ、違いました? てっきり二人で飲んできたのかと」

「そんなわけないだろ。会社の、部署での飲み会だ」

「あ、そうなんですね。じゃあ大人数で?」

「十人ちょっと、だな」

 部署の人間が全員参加したわけじゃないので、そのくらいの人数だった。

 休んだという負い目がなければ、俺だって辞退していたくらいの軽い飲み会。

 だから、やっぱりとかてっきりなんて言葉が出てくるのは、彼女が誤解している証拠だ。

「私、デートだったのかと思ってました」

 やっぱり、な。

 ちゃんと別れた元カノだって話したはずなんだが。

「復縁しないんですか?」

「……なんですると思うんだよ」

 俺の情けない話も一緒にしたと言うのに、どうしてそう思えるのかが理解できない。

「可能性はあるかなって」

「あるわけないだろ」

「わざわざお見舞いに来てくれるのに、あるわけないですか?」

「……ないって。昨日のは、あれだ。ほっとけない性格ってだけだよ」

 伊達に数年間付き合っていたわけじゃない。

 咲奈の性格的に、様子を見に来てくれる可能性はあった。

 まぁ、期待していたわけじゃないから、昨日は俺も驚いたが。

「人一倍気が利くし、後輩とか部下の面倒見もいいし……世話好きって言うんだろうな、咲奈みたいなやつをさ」

「見た目のイメージ通りって感じの人なんですね」

「あぁ、間違ってない」

 本当に眩しいくらいで、憧れていた。

 だからそんな咲奈と一緒にいられるのが嬉しくて、誇らしくもあった。

 それに、二人のときだけに見せてくれる姿や表情があって、そこがまた魅力的に感じて……。

「未練、ある感じです?」

「……さぁ、どうかな」

 嫌いになったり想いが醒めたから別れたわけじゃない。

 本当に俺の都合で、半ば一方的に別れを切り出したようなものだ。

 今でもまだ、咲奈への憧れにも似た感情や熱は残っている。

 けど、付き合っていたときと全く同じものかと言われたら、正直わからない。

 それを未練というのなら、確かに未練だろうけど。

 別れてから、もしかしたらと思ったことがある。

 多くの人の憧れであり、俺自身の憧れでもあった咲奈と一緒にいられることで、一方的に満たされていただけなんじゃないかと。

 それこそ卑屈だと言われるかもしれないが、実際にどうだったのかは、自分じゃわからない。

「ま、何年も一緒にいたからな。それがもう、お互い当たり前だったし」

「三ヶ月くらい、でしたっけ? その、別れてから」

「だな。まだ三ヶ月……いや、もう三ヶ月……どっちでもいいか」

 アルコールがまだかなり残っているのだろう。

 自分でも口が軽くなっているのがわかる。

 自虐的な感情がところどころで顔を見せるのも、アルコールのせいだ。

「じゃあもし、向こうからやり直しましょうって言われたら?」

「まさかすぎる」

「もしもの話ですよ。それに、絶対ないとも言い切れないんじゃないかと」

「もしもって言われてもなぁ……」

 別れ話を切り出した日のことが脳裏をよぎる。

 いや、それだけじゃなく、別れるしかないと考え始めた前後のことも。

 自分でも理解できないくらい俺には余裕がなくて、仕事で疲れて帰ってくる彼女を労うことすらできなくて……。

「やっぱり無理だって。あっちにはもうそんな感情、ないと思う」

「そうでしょうか?」

「そうだよ」

 だって、俺はそれだけのことをしたと思っているから。

 本当なら昨日や今日みたいに、向こうから話しかけてくることすらなくてもおかしくない。

 仕事で必要な会話ならまだしも、プライベートな会話なんて。

 最後の夜こそ泣いてはいたが、次に会社で顔を合わせたときは、至って普通だった。

 当たり前のように話し、やり取りをして、労われる。

 気まずくなることを懸念していた俺が拍子抜けするくらいだった。

「でも、相手の本心なんてわからないですよね」

「もうそこまで言い出したら答えようがないだろ」

「んー、確かに。でも、うーん」

 これだけ話しても彼女は腑に落ちないらしい。

「随分と恋愛に詳しそうだけど、そっちはどうなんだ?」

「え? いませんけど。過去にも現在にも」

「ないのかよ」

 かなり素でツッコミを入れてしまった。

「恋愛なんてしてる暇、ありませんし」

「まぁ、正義の味方なら……」

 いやでも、本当にそうか?

 正義の味方だって家族はいるし、恋人がいてもおかしくはないと思うが。

 さすがに帰る場所がないという彼女に対し、そんなことは訊けない。

 しかし、意外と言えば意外だな。

「なんです、ジッと見て」

「あ、いや……なんでもない」

「気になるんですけど」

「いいから、うん」

 訝しむ彼女の視線から逃げるように、残っていた弁当を平らげた。

 告白された経験くらいはありそうだなんて口にしたら、どんな反応をされるか。

 下手に踏み込むと地雷を踏みそうなので、やめておくのが無難だろう。

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