第22話

「年下なのは間違いないよね、あの子」

「俺たちよりはな」

 正確な素性は知らないけど、それだけは間違いないと思う。

 正義の味方が普通の人間と同じ歳の取り方をするのなら、だが。

「ね、正直に答えて。あの子、本当に学生とか……その、未成年じゃないの?」

「なんだよ、まだ疑ってるのか?」

 同じ質問は昨日も聞いた。

 あのとき、一度は信じてくれたようだったが、引っかかるものがまだあったらしい。

「だって、大人っぽくないって言うか、こう、若い子特有の質感だったからさ」

「質感って、なんのだよ」

「それは、あれよ……化粧してなさそうなのに、肌の艶とか張りが、さ」

「……あぁ」

「ちょっと、あぁってなに? なんか言いたいわけ?」

「勝手に誤解して突っかかるなよ」

 咲奈の言いたいことがわかって、普通に納得しただけなのに。

「おい笑うな。笑いごとじゃないんだぞ?」

「笑ってないって。ただまぁ、うん」

「はっきり言えよコラ」

 言ったら言ったで怒るくせに、よく言う。

 肌の質感なんて言われても、今一つピンとこない。

 確かにあの子は化粧をせず、ろくにケアもしていなかった。

 その割に綺麗な肌をしているというのは、なるほど言われてみればそうかもしれない。

 でも俺から見たら、咲奈だって同じだ。

 ノーメイクの顔なんて、何度も見てきた。

 劣等感と言っていいかはわからないが、別に気にするような差はないと思う。

「まぁ、冗談はさておくとして。お前が心配するようなことはないって」

 冗談を言っているつもりはない、と咲奈の眉が一瞬ピクリと動いたが、話を先に進めるのは賛成らしく、鼻を鳴らした。

「じゃあ、家出とかでもないわけだ」

「たぶんな」

「たぶんって……」

 帰る場所なんてないと、彼女は言っていた。

 それがどういう意味かはわからないが、家出をしたから、という理由ではないと思う。

 彼女が一瞬だけ漂わせたあのときの気配が、そう思わせた。

「そもそも、家出なら俺だって関わろうとしないって。そこまでお人好しにはなれない」

「どうだか」

 半信半疑な目で咲奈は見てくるが、今のは俺の本心だ。

 どう考えても厄介事なのに、自分から関わりに行こうとは思わない。

「あの子とは、話しただろ? 怪我のことがあったから、たまたまだったんだよ」

 そう、あんな非現実的なきっかけがなければ、関わったりしなかった。

 ましてや俺のほうから積極的に声をかけたりも、きっとしなかったと思う。

「たまたま、ねぇ」

「頼むから信じてくれよ」

「まぁ、あんたのことは……うーん、でもなぁ」

「そこは信じてくれるとこじゃないのかよ……」

 心外だとぼやく俺を見て、咲奈は鼻で笑う。

 信じているのか信じていないのか、非常に判断が難しい笑みだ。

「ホント、警察に捕まるようなのだけはやめてよ?」

「わかってるって。大丈夫だよ、そのあたりは」

 たぶん、と漏れそうになった本音の切れ端は、マズいビールで流し込む。

 捜索願という言葉が頭に浮かんだが、アルコールが上手く溶かしてくれた。

「なんか、怪我したんでしょ? もう痛まないわけ?」

「あぁ、完治してる。じゃなきゃ出社できなかったって」

「それがなぁ。出社できないような怪我がさ、三日で治るわけ? 本当に怪我なの?」

「本当だって。昨日まではな、一人で風呂にも入れない状態だったんだぞ」

 俺がどれだけ我慢していたのかをわかってもらいたくて、ついそう口走ってしまった。

 その発言が咲奈にどんな疑いを抱かせるかなんて、想像もせず。

「風呂って……達明、あんたそれ、まさか」

「いや待て。妙な勘違いするなよ」

「本当に勘違い? 今のってさ、一人じゃなきゃお風呂に入れたってことだよね?」

「そ、そう解釈もできるかもだけど、違うって。揚げ足取りみたいでよくないぞ、そういうの」

 妙な誤解をされては困るので、ちょっと強めに否定した。

 が、それは逆に咲奈の疑念を強くするだけだったようだ。

 グラスに残っていたアルコールを一気に飲み干した咲奈は、すぅっと目を細めて俺を見る。

「前科、ありますよねぇ?」

「ぜ、前科って……人聞きの悪い言い方するなよ」

「一緒に入浴するのが大好きな男がよく言う」

「お、お前な……酔ってるのか?」

 さっきまでの冗談が入り混じった気配はどこに行ったのか。

 咲奈の瞳にあったアルコールの熱が、完全に冷え切っていた。

 もしかしなくても、本気で疑っている目だ。

「本当にやましいことなんてないんだって。さっきのは物のたとえみたいなもんでさ」

「それを私が信じると? 元カノの私が?」

「……い、嫌がってなかっただろ、そっちも」

「はー? 言う? それ言っちゃう? あー、そうですか」

 これは、マズい。

 どこでどう間違ったのか、咲奈のよくないスイッチが入った音が聞こえた。

 咲奈は半眼のまま拳を握り、軽くテーブルを叩く。

 拳の隣にあるのは、空になったグラス。

 追加のアルコールをご所望の合図だった。

「――――」

 早くして、と無言の圧力に屈する。

 賑やかな同僚たちのテーブルを盗み見るが、こちらに注意を払っている人数は皆無だった。

 意図的なものすら正直感じるが、助けは期待できそうにない。

 俺は内心ため息をつきつつ、通りがかりの店員さんに声をかけた。

 一体なにをどう間違ったのだろうか、と自問自答しながら。

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