第15話

「いただきます」

 律儀に手を合わせた彼女は、一切迷うことなく野菜炒めに箸を伸ばした。

 なにはともあれ、俺が作った野菜炒めの味を確かめたかったようだ。

 ちゃんと味見はしてあるので、変なことにはなっていないはずだが。

「……美味しいです」

「口に合ってなによりだ」

「凄くってわけじゃなくて、普通だけど……でも美味しい」

「ま、だろうな」

 特別に凝った味付けなんてしていないし、反応は予想通りだった。

 そもそも比較対象が昨日の野菜炒めなだしな。

 焦げてもいないし、味の濃さが偏ったりもしていない。

「大丈夫だって。今の時代、自炊ができなくてもなんとかなるもんだ」

「……上から目線のフォロー、嬉しくありません」

「そんなつもりはないんだけどなぁ」

「目が笑ってます」

「いやいやまさか」

「…………」

 冷めきったジト目を向けられ、思わず頬が緩んでしまう。

 俺の料理が並み程度には美味しかったのが悔しいみたいだ。

「話しただろ? 前に飲食系でバイトしてたって。だからこれくらいはできて当然なんだ」

「飲食系でバイトしたら、私も上達しますか?」

「見込みはあるんじゃないか? そもそも変にアレンジしようとしないでレシピ通り作れば、基本的には大丈夫だろうし」

「なら、次はレシピを見ながら作ります」

「別に無理して料理しなくても――」

「私が料理をするのは無理って思ってるんですね」

「……そうじゃないけど」

 どうやら引く気はないらしい。

 まぁ、俺が横でチェックしていれば滅多なものにはならないと思うけど。

 負けず嫌いというか、頑固なところがあるな、この子は。

「生姜焼きも……ん、美味しい」

「そりゃあ良かった」

 じっくりと味を確かめるように、彼女はよく噛んで食べる。

 まさかとは思うけど、次に挑戦する料理は野菜炒めと生姜焼きだったりするのだろうか?

 彼女の言動を見ていると、そうなる気がする。

 かと言って全然違う料理に挑戦されても、それはそれで困る。

 なるようにしかならないか、と俺は考えるのをやめた。

「あの人は料理とか、できる人でしたか?」

 大人しく食べ始めたかと思ったら、いきなりぶっ込まれた。

 あまりにも不意打ちすぎてむせてしまう。

 彼女は澄ました顔で、そんな俺を見ていた。

 正義の味方を名乗る者として、どうかと思う。

「どうなんです?」

「料理は、そうだな。人並みだったと思う」

「意外ですね。なんでも人並み以上にこなせるタイプかと思ってました」

「凝ったものも作ろうと思えば作れただろうな。でも、あいつは仕事が忙しかったし」

「あー、なるほど。そういう感じですか」

「それでもな、極力自炊は怠らないようにしてたよ。忙しくて残業が続くときはさすがに無理だったみたいだけど」

 深夜近くに帰宅してから料理を始めたら、食べるのは日付が変わってからになりかねない。

 睡眠時間的にも、あとは体重的な意味でも懸念があったはずだ。

「なら、あまり手料理は食べたこと、ない感じですか?」

「そんなことないぞ。あっちの部屋がさ、会社から近かったから。よく一緒に帰って食事とかもしてた」

 ついでにそのまま泊まることもあったし、逆に俺の部屋まで来てすごすこともあった。

「でまぁ、時期によっては俺のほうが早く帰ることもあってな。そういうときはあいつの部屋で俺が料理したりもしてな。だからちょくちょく料理はしてたんだ」

 それも別れてからは、随分と頻度が減ったが。

「じゃあ、作ってもらうよりも作るほうが多かったわけですか」

「そうでもないな。俺が用意した次の日の朝とかは、意地になって作ってくれたし」

 俺としてはそこまで無理しなくても、と思ってしまうくらいだ。

 ただでさえ仕事で疲れているんだから、朝食を作る時間を睡眠時間に回すほうがいいと、何度も言った。

 それでもあいつはそれを良しとはせず、きちんとした朝食を用意してくれた。

「食べて欲しかったんでしょうね、きっと」

「……かもな」

 改めて思い返すと、なんとも贅沢な日々だったな。

 いや、これ以上はやめよう。

 もう戻らない過去を思い出して、あの頃は良かっただなんて。

 そんな思い出に浸る資格は、俺にはないんだから。

「私も人並みくらいの料理は作れるようになりたいです」

「さっき言った通りだ。ちゃんとレシピ通りに作っていけば身につく。そう難しいことじゃないから、きっとできるって。自分らしさは、そのあとに模索していけばいい」

「自分らしさ、ですか……はい、そうですね」

 なんだろうか。今一瞬だけ、彼女の声に知らない色が混じった気がする。

 料理の話をしていただけなのだが……。

 そこでふと、俺は思った。

 彼女が本当に正義の味方だとしたら、そんな当たり前の時間が今まではなかったのかもしれない、と。

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