第5話 【二回目】信頼できる仲間を増やそう

四月。


 沢山の薄いピンク色の花びらが宙を舞い、その花びらが鼻から頭を抜けるように甘く香る。


 まだ寒さは残っているが、それでも陽光が心地よい。


 春休みも終え、俺はなんとか退学にならず無事に二年へと進級していた。


 クラス替えも行われ、俺は城南とは別クラスになった。でも、相変わらず城南からのイジメの影響は残っていて、俺は新しいクラスでもボッチだ。


 そして、城南とはクラスが違うといっても俺も城南も普通コースのクラスだから教室は近い。畑上はいなくなったけど、それでもすれ違う度に「メンヘラ汚物くん」と俺を呼んでくる。


 因みに本人から聞いたんだけど、百道浜は「スーパー特進コース」という、最難関大学を目指す生徒の為の特別コースの生徒らしい。中学生のうちから大学を意識するコースか。俺なら息が詰まって耐えられなさそうだ。


 うちの学校は「第一校舎」「第二校舎」「旧校舎」と校舎が分かれていて、普通クラスは第一校舎。スーパー特進コースは第二校舎にある。


 その二つの校舎はかなり離れている為、普通クラスの連中とスーパー特進コースの連中が普段、関わることは殆どない。体育の授業も別々だし。


 畑上もいなくなり、クラス替えも行われた。中学生活をやり直すには絶好のタイミングだ。


 百道浜にアドバイスを貰うなら、このタイミングだろう。


 今日一日は放課後までなるべく目立たないように過ごし、放課後にテレパス倶楽部に寄ろう。


×××


 放課後にテレパス倶楽部の部室を訪れると、そこには今までと変わりなく紅茶を飲む百道浜の姿があった。


 部室の中には、ローズヒップティーの香りが漂っている。リンゴと花の香りを足して二で割ったような香りだ。


「よお、久しぶり。今日はローズヒップティーなんだな」

「あら、お久しぶり。数ヶ月ぶりね」


 俺と百道浜が前回会ってから数ヶ月が経過し、会ったのも今回で三回目なはずなんだけど、不思議と久々な感じがしない。


 昔からの友人のような感覚。


 それは百道浜の会話力、傾聴力の高さで、俺が百道浜に心を開いてきているからかもしれない。


「お前の言った通り、畑上がこの学校からいなくなった。でも、城南のイジメの影響が残っていて学校にまだ行き辛い。アドバイスが欲しい」


 俺は百道浜に次のアドバイスを求めた。


「そうね。まず、数ヶ月ここまで耐えて進級できたことを祝わせて。本当にお疲れ様」


 そう言って百道浜は、いつものスーパーで売っているようなクッキーなどのお菓子ではなく、デパートで販売されているような少し高級なお菓子の箱をスクールバッグから取り出した。


 俺はローズヒップティーと、その少し高級なお菓子を味わう。スーパーのお菓子との味の違いが俺には分からないけど、とにかく美味しい。


「俺はどうやったら学校に来るのが辛くなくなる?」


 俺がそう尋ねると百道浜はまた、今までのように胸ポケットからメモ帳とペンを取り出す。


 そして、指でくるくるとペン回しをしながら何かを考え、こんなことを言い出す。


「あなたのクラスでの席の右隣に、香椎さんっているわよね。香椎日葵(かしい ひまり)さん。今度は勇気を出して彼女とお友達になりましょう」


 香椎は今のクラスのカースト上位の連中、カースト下位の連中など関係なく、分け隔てなく仲良く出来ている唯一の女子生徒だ。


 香椎も俺と同じようにカースト外の人間だけど、俺と決定的に違うのは彼女は敢えてどこかのグループに所属することはせず、様々な人間と仲良くしているところ。


 性格は穏やかで、運動も勉強も全て中の上の順位をキープ出来るような器用な奴だ。


「なんで香椎なんだ?」


 理にかなっていることはなんとなく分かるんだけど、香椎と仲良くなる具体的な理由が見つからなかった俺は百道浜に尋ねた。


「香椎さんならイジメられっ子のあなたとでも仲良くしてくれる。そして、そのことで彼女が誰かにイジメられるようなことにはならない、というくらいには人望がある」


 そして少し間を置いて、百道浜はこう続ける。


「あと彼女は、城南が片思いをしている相手だから」


 俺は半不登校児だから学校事情に詳しくなく知らなかったけど、そうか。城南は香椎のことが好きなのか。


「でもそれだと、香椎に近づいたら俺、クラスが違うとはいえまた城南に嫌がらせのターゲットにされるんじゃないか?」

「そこは、香椎さんだからこそ大丈夫なのよ」

「どうしてだ?」


 すると百道浜は、こう説明をし始める。


「香椎さんは誰とでも分け隔てなく仲が良いのは知っているわよね? だからこそ、あなたと仲良くしていても不思議ではない。香椎さんと仲良くなれるまでは嫌がらせなんかもあるかもしれないけど、仲良くさえなってしまえば逆にあなたに嫌がらせは出来なくなる。それくらい、香椎さんの人望は厚いのよ」


 なるほどね。なんとなくだけど、それは分かる。


 そして、続けて百道浜はこう話す。


「それに、自分の好きな人の仲の良い人間、友達に嫌がらせをしたらその好きな人に嫌われてしまうものでしょ? そのくらい、彼だって理解しているわ。だから、仲良くなってしまえば城南はあなたに何も出来なくなるの」


 理屈は理解できる。でも、俺の中で少し納得の出来ない部分もあった。


「それってさ、香椎を利用しているみたいにならないか? 損得勘定で人間関係を形成するのはちょっと抵抗あるな……」


 俺は疑問に思っていること、思っていることを率直に百道浜に伝えた。


「利用じゃないわ。あなただけにメリットがあるならそうなるかもしれないけど、イジメられっ子であるあなたと仲良くする香椎さん。想像してみて? 彼女の周りからの評価も上がり、人望が更に厚くなる。相互にメリットがあるのよ」


 その話を聞いても納得していない様子の俺に対し、百道浜はこう続ける。


「それに単純にカースト外の人間同士、あなたと香椎さんは友人として気が合うはずよ」


 どうして百道浜にそこまでの自信があるのかは分からないけど、まあ普通に気が合う感じなら友人になるのは悪くない選択だ。


 それに、このまま教室内でボッチなのは辛い。話し相手、友人はいたほうが良いしな。


「分かった。やってみる」


 長い間ボッチな中学生活を送ってきた俺にはかなり勇気の必要な行動になるけど、俺はこの学校で青春を謳歌する為に勇気を出し行動に出る決意をした。


×××


次の日。


 俺は百道浜と話した夜、全ての教科の予習をしてノートにまとめていた。


 香椎は勉強はそれなりに出来るけど、よく宿題や予習を忘れてきている。そして、今日の英語の授業で当てられるのは出席番号から推測するに、恐らく香椎。


 その俺の予想は的中。


 一時間目の英語の授業で、香椎はいきなり教科書本文の日本語訳を答えることになった。


 香椎はやはり今日も予習するのを忘れてきている。


「これ使って」


 俺はサッと、自分の英語の予習をした、その本文を翻訳したノートを香椎に差し出した。

 香椎はそれを使用する。


 そして無事に英語教師の質問に答え終え、こそっとノートを俺に返却してくれた。


「小倉くん、ありがとう。ノート、凄く綺麗に纏まってるね」


 香椎はニッコリと微笑んで、俺にお礼を言ってきた。


 その日をきっかけに、俺は香椎と毎日話すようになった。


 俺は毎日の宿題と予習を欠かさず、香椎が忘れてきた時にはサポートをするようにして積極的に香椎とのコミュニケーションを図り、仲良くなった。


 すると、香椎から他のクラスメイトたちに俺が宿題や予習をしっかりとやっている話が広まり、様々な生徒が俺を宿題や予習のことで頼るようになりはじめた。


 中には俺を利用しているだけの連中もいるかもしれないけど、それでも確実に俺はクラスに居場所が出来た。


 これで城南も俺に何も出来なくなった、と思う。


 今回もまた、百道浜のアドバイスのおかげで俺の中学生活が改善されたのだった。

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