第4話 【一回目】問題教師「畑上」への対策

次の日の放課後。


 今日も学校が辛かった。


 いつものように教室の片隅で、なるべく城南の目に触れないように怯えながら過ごした。それでもやっぱり城南には「今日も社長出勤ですかー、メンヘラ汚物くん!」と声を掛けられ、みんなの前でバカにされてしまったけど。


 でも今日、学校に来たのには意味がある。まず、第一回目のアドバイスを百道浜に貰う必要があるからだ。


 そのアドバイスを貰わないことには、今の状況を変えることは出来ない。自分の力だけではもう限界だ。だから、姪浜からアドバイスを貰う為に、途中からとはいえ学校に来た。


 そして俺は今、テレパス倶楽部の入り口の前に立っている。


 そろっと左右開閉式の扉を開く。


 旧校舎には誰もいないのと、建物自体が古いから、扉を開ける際のガラガラという音が響いてうるさい。そろっと開けた意味ないだろ。


 部室の中からふんわりと紅茶・アールグレイの香りが漂ってきた。ほのかな柑橘系のほろ苦い香りだ。


そして、そこには百道浜が座っていた。


 小説を片手に紅茶を飲んでいる。


 黄褐色の夕日に包まれながらそこに座っている少女は、例えこの世界が崩壊しようとしていたとしても、そうやってそこに居続けるのではないか。


 そう俺に思わせるような幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「そんなところに立っていないで、中へ入ってきたら?」


 ついつい百道浜のそんな姿に見とれてしまっていた俺は、扉を開けたまま突っ立ってしまっていた。恥ずかしい。


「悪い悪い」


 そう言いながら俺は部室の中へと入る。そして、百道浜の対面へと座った。

 ギギギという、椅子が教室の床を擦る音と共に、百道浜は席を立つ。


「紅茶でいい?」

「ああ、お願いする」


 そして百道浜は、前回ここに来た時のように湯沸かしポットからお湯を注ぎ、ティーバッグの紅茶を入れだす。


「どうぞ召し上がって」


 百道浜はそれを俺の前に差し出した。

 俺はそれを飲み、お菓子を食べながら本題に入る。


「なあ百道浜。やっぱり今のままだと学校に来るのが辛いんだ……。俺はまず、何をしたらいいかアドバイスを貰えないか?」


 百道浜は胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、メモ帳に書き込みながら何かを考えているみたいだ。


 そして一旦それを机に置き、ポンッとグーにした手で手のひらを叩いた。何かを思いついたんだろうか。


「零くん、畑上。まず、畑上をなんとかしないといけないわね」


 そうだ。俺がこんな思いをしていることの原因の一つは畑上だ。畑上が別のまともな教師だったなら、こんな思いをせずに済んでいたはずだ。でも、担任を変更するなんていうことは不可能な話だ。


「畑上をどうにかするって、具体的にはどうしたらいいんだ?」


 百道浜は真剣な目で俺の目を見ながらこう言う。


「零くん、すぐに畑上をどうにかする方法はないの。でも、少し我慢して今の生活を続けられる? 続けられるなら、畑上はこの学校から、いえ教員の世界からいなくなるわ」


 畑上が教員の世界からいなくなる? ちょっと想像できないどころか、何を言っているのか理解できない。


 そんなことを考えていると百道浜はもう一度こう言ってくる。


「今の生活を続けられる?」


 やはり真剣な眼差しをこちらに向けて。


「……どのくらいまで続けたらいい?」

「二年生に上がる春休みくらいまで。それまで、ギリギリの出席日数でいいから学校に来て、退学にならない程度に今の生活を続けてほしいの」


 正直、今の段階でもうかなり辛い。今すぐにでも学校を辞めたいくらいだ。でも、あと少し、今が十一月だからあと三ヶ月ちょっと我慢するだけであいつがいなくなるなら、やれなくもなさそうだ。


「分かったよ。今でも辛いけど、変な気を起こさずに今の生活を続けてみせるよ」


 俺は百道浜に、そう強く約束をした。


 俺は確かに自殺志願者ではある。でも、少し違うのはこの世に凄く未練のあるところ。自殺したい気持ちよりも生きたい気持ちの方が勝っているところ。だから、俺は一度は自殺しようとしたけど、もう簡単にはそんな気を起こさない。


 何せ、今はもう学校でも独りぼっちじゃない。百道浜が話し相手になってくれている。たった一〇回という約束だとはいえ。


 たったの一〇回。そう考えるとなんだか寂しい気持ちにはなるけど。まあでも、同じ学校の同級生だ。そこはなんとかなるだろ。分からないけど。


「なら良かった。本当に今の生活をあと三ヶ月ちょっと続けるのは辛いと思うんだけど、でもあなたならきっと乗り越えてくれると信じてる」


 先ほどまでの真剣な眼差しを緩め、百道浜は優しい眼差しを俺に向けてくれた。

 そうか、きっと心配してくれていたからあんなに真剣な目になっていたんだな。

 まあいい。


「今回のアドバイスはそれで終わりだよな? 他、どうしようもないしな」

「そうね。アドバイスは終わりだけど、あなたは春休みまで今のような辛い思いを続けなければならないから、少しでもそれが軽くなるように今からお話、雑談をしましょう」


 これで今回のアドバイスは終わり。だけど、一つだけ最後に聞いておこう。


「春休みまで我慢したら畑上が教員を辞めなければならなくなる、その根拠は?」


 百道浜は何かを考えているようだ。でも、口を開きこう答えてくれる。


「畑上はね、未成年との援助交際を行っているの。それを学校に通報した人がいる。でも、こういう学校は隠ぺい体質だから、それが表沙汰になるようにもその人は動いていて、それが春まではかかりそうだと私に情報が入っているの」


 凄い情報網だ。きっと彼女、百道浜はこの学校の情報通かなにかなんだろう。こういう部活動を行っているくらいだから、相談者などから情報が入ってきているのかもしれない。


「俺にはそういう情報が入ってこないからにわかに信じがたいけど、でも俺はお前を信じるしかないからな。それを信じて耐えるよ」


 すると百道浜は席を立ち、部室内の少し広い場所へ移動。


 そこでくるっと、スカートを翻しながら一回転して声色明るく、そして笑顔ではっきりとこう言う。


「私を信じてついてきてね」


 そういう明るいキャラだとは思っていなかった俺は、面食らったというかなんというか、いい意味で拍子抜けをしてしまった。


 そしてまた、百道浜は席へと戻ってきた。


「百道浜ってそういうキャラだったんだな。意外」

「あら? そういうキャラよ? クールビューティーとでも思ってた?」

「自分でビューティーだとか言ってたら世話無いな」

「だって私、綺麗だし可愛いもの」


 そう言って百道浜は、ふふふと笑った。


 自分で言う部分はともかく、確かに見た目が綺麗・可愛いだけでなく、さっきの仕草なども可愛い。大人っぽい雰囲気の子ではあるが、やはりそこはちゃんと中学生なんだろうな。そりゃそうか。


「人と話すのって、同級生とちゃんと普通の会話が出来るのってこんなにも楽しいんだな」


 そう俺が溢すと、百道浜はこう俺に話す。


「人の表情を見ての会話って、最大のコミュニケーションなのよ。今の時代、SNSやオンラインゲームなんかで声だけで、もしくはアバターを介して会話をすることも可能だけど相手の表情が見えない分、揉め事になることも多いし神経も労力も使うから、人によっては逆にストレスになるの。でも、こうやって全身の見える状態での会話なら、どちらかに悪意が無ければ揉め事も減るし、やっぱりネット上での会話より楽しいでしょ?」


 百道浜の言う通りだった。確かに、俺も寂しくてオンラインゲームなどのネット上で話し相手などを探すことがあるけど、揉め事になる率も高い。


 通常の会話でもお互いの認識の違いによってイザコザが起きることもあるけど、どちらかに悪意がなければしっかりと仲直りなどは出来る。ネット上では揉めたらブロック機能を使ってはい終わり! って済ませることも多いしな。


 何より、こんなに話し上手で聞き上手な美少女と話せて楽しくないはずがない。


「百道浜って、同級生とは思えないくらいしっかりした考えをしていて尊敬するよ」

 俺がそう言うと、百道浜はニッコリと微笑んだ。


×××


 俺は百道浜の言った通り、退学にならない程度に出席日数ギリギリで学校に通った。無視されることも、ハブられることも、変なあだ名で呼ばれることも全てに耐えて。


 何度も精神的にまいって、テレパス倶楽部に行って百道浜にそのことを話そうと思ったけど、貴重な回数を消費する訳にはいかないから、それもなんとか我慢した。


 すると、三学期の学年末試験が終わって春休みに入る直前、ことは起きた。


 その日は学校に行かず、何気なくSNSをやっているとこんな見出しのニュースのURLが流れてきた。


『少女売春容疑、元教員を逮捕』


 そのニュースのURLを開くと、本文には畑上の名前があった。


 学校を丸一日休むつもりでいた俺だったけど、急いで学校へと向かった。


 やはり休み時間はその話題で持ち切り。逮捕されたのは、うちの学校のあの畑上だった。


 そして放課後のホームルーム。


「畑上先生は本日をもって退校することになりました」


 うちのクラスの副担任、山下からそんな話があった。


 退校の理由は、畑上の家庭の事情という話になっていたんだけど、みんなもう分かっている。売春で逮捕されたことが原因だということは。


 こうして百道浜の言った通り、畑上はうちの学校からいなくなったのだった。

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