第6話 【三回目】学期末テストで一位を狙う

七月の初め。


 じめじめの鬱陶しい梅雨も明け、すっかりと夏らしい気候になっていた。

 桜の花は全て散り、木々には緑色の葉が生い茂っている。


「小倉くん、ごめん! 数学の宿題するの忘れてたから見せて!」


 二時限目が終わり休み時間に入ると、香椎が俺にこうお願いをしてきた。


 手のひらと手のひらを合わせて目を思いっきりつぶり「ごめん」という気持ちをアピールしてきている。


「それはいいんだけど、あんまり人のばかり写してても自分の頭に入らないぞー」


 俺は香椎をそうたしなめつつも、今回の数学の宿題である問題集を渡した。


 香椎と仲良くなってから、他のクラスメイトとも人間関係が円滑に回るようになってきた。


 あまり女子とばかり仲良くして変な噂を立てられたりしてもあれなので、最近は男子ともよく交流している。


 でもやっぱり、俺に話しかけてくる連中の多くは俺が宿題や予習のノートを見せてくれるだとか、「利用価値がある」という状態で近寄ってきていることの方が多いように感じる。


 今のままだと、仮に香椎との仲が悪くなった時にまた振り出しの状態に戻ってしまう。今までの努力が台無しになってしまう。


 ……百道浜に相談しにいくか。


×××


その日の放課後。


 俺は数ヶ月ぶりにテレパス倶楽部へとやってきた。


 以前の俺は旧校舎の屋上で昼ご飯を食べていたけど、今は教室で普通に食べている。香椎や他のクラスメイトと一緒に。だから、この旧校舎に来ること自体が久しい。


 扉を開けると、部室の中からは桃の甘美な香りが漂ってきた。


「久しぶり。ピーチティーいいな」

「お久しぶりね。そろそろ来る頃合いかなとは思っていたわ」


 百道浜は、俺が来ることを予知していたような口ぶりで話をしてきた。


 俺は今までのように百道浜から紅茶を入れてもらう。


「俺、お前の言う通り香椎と仲良くなったし、あいつとは相性も良いみたいで今のところ特に揉めたりもしていない。でも、もしあいつと揉めたら今の俺の中学生活がまた振り出しに戻ってしまう気がしてる。今のままじゃバランスが悪いというか、なんというか」


 俺は今の状態をなんとかしたい気持ちはあるけど、具体的にどうしていいのか分からずに歯切れ悪く相談をしてしまった。


「そうね。確かに今はまだ、ボッチを脱出して香椎さんを盾に城南からの攻撃を防いでいるに過ぎないわね」


 百道浜は、短い言葉でストレートかつ辛辣に俺の今の状態を表現した。痛いところを突くな……。


「俺、次は何に挑戦したらいいと思う?」


 俺は次の挑戦課題を百道浜に尋ねた。


 そう、俺が今送っている学生生活は全てにおいて「挑戦」。人生で一度しかない中学生活を謳歌する為の挑戦を今、行っているのだ。百道浜の力を借りて、ではあるけど。


 すると百道浜は、いつものように胸ポケットからペンとメモ帳を取り出し、目を瞑ってペンで自分の頭をコツコツと軽く叩きながら何かを考えだした。


 そして、目をパッチリと開き俺に向かってこう尋ねてくる。


「テスト。この間の中間テストは何位だった?」


 テストの順位? 何故、その情報が必要なのかは分からないけど取り敢えず答えておこう。


「二〇位くらいだったと思う。中学生活にブランクがあるからこんな順位だけど、入学したての頃は五位以内には入ってた」


 すると百道浜は、ぱあっと表情を明るくし俺にこう言ってくる。


「じゃあ、今度は一位を目指しましょう!」


 待て待て待て。確かに俺は小学生の頃はよく一〇〇点を取っていた。塾の全国模試でも上位にいることが多かった。でも、この中学はそれなりにレベルが高い。今でも必死に勉強してこの順位だ。


「急に挑戦内容のハードルが上がったな」

「それはそうでしょ。ただでさえ退学か自殺かの選択を迫られていたところをここまで復活させているのに、まだあなたは現状に満足していない。だったら、そのくらいの挑戦はしないと駄目に決まっているわ」


 確かに、百道浜は俺のわがままを叶える為にこうやって俺にアドバイスをくれている。そして、百道浜は俺が絶対に出来なさそうなことは今までの傾向からして言ってこない。


 恐らく、俺になら頑張れば出来ると思って言ってきてくれているんだ。


「分かった。宿題や予習・復習は今までもしっかりとやってきているから、あとはテストが終わるまではスマホを扱ったりMyTubeを観ないようにして全ての時間を勉強に充てる」

「あら。私がアドバイスをするまでもなく自分から計画を立てるだなんて、感心したわ」


 百道浜は、ビックリした様子でこちらを見ている。


「アドバイスを貰ってばかりじゃ申し訳ないだろ。自分の頭でも考えるように努力はしてきたつもりだ」

「流石ね。惚れちゃいそう」

「絶対に惚れないだろ」


 百道浜がわざとらしく上目使いでこちらを見てきたのを俺は察知して、俺は一喝した。


「もうー、つれないなー」


 百道浜は、ぷくーと頬を膨らまして怒ったような表情をしてみせた。


「お前、会う度に性格が明るくなっているような気がするんだけど、気のせい?」

「気のせいよ? 多分」


 ふふふ、と百道浜は笑った。


 黙っていると性格の冷たそうな奴に見えるけど、実際に話すとこうやって明るいし、笑うと結構可愛いんだよな。


 そんなこんなで今回の作戦会議? は終了。


俺は下校の時間になるまで、百道浜といつものように紅茶やお菓子、そして会話を楽しんだ。


×××


 スマホを扱わない、MyTubeを観ないという制約を自分に課したせいで、少しばかりクラスの連中の話題についていけない日が続いた。


 だけど俺は毎日、学校が終わるとすぐに帰宅。


登下校中の電車の中でも参考書を開いて勉強し、帰宅してからもご飯の時間やお風呂や歯磨きの時間以外、全ての時間を勉強に注いだ。


絶対に削らかなったのは「睡眠時間」。


小学生の時に通っていた塾でも言われていたけど、とにかく睡眠を削って勉強をするのは記憶の定着が悪くなり勉強効率が悪くなるらしいから、俺はそこも忠実に守って睡眠以外の時間を極力削って勉強時間を捻出した。


そして、学期末テスト当日。


 学期末テストは、三日間に渡って行われる。


 テストが終わってからも、俺はどこにも寄り道せずにすぐに下校。時間という時間は全てテスト勉強に注いだ。


 帰宅部にしては体力に自信のある俺ですら、体力的にも精神的にも辛い。


 それでも俺は、その三日間を耐え抜いた。


 そして、テストが全て終了した。


×××


 今日は学期末テストの結果発表日だ。


 うちの中学では、上位一〇名だけが廊下にある掲示板に張り出され、あとは各自で担任に聞くように言われている。


「小倉くん! 来て来て! 早く来て!」


 香椎が忙しなく俺にそう声をかけてきた。


 何やら、掲示板の前もザワザワしている。


 俺は緊張しながらも掲示板の前に立って、そこに張り出されている順位を見た。


『一位 小倉 零』


 確かに、確実にそこには俺の名前があった。


「やった……。やったぞ……」


 俺は全身の力が抜けて、その場にへたりと座り込んでしまった。

 因みに、二位が城南だ。


 城南グループの連中がこそこそと「メンヘラ汚物が一位だ。まずい」と言っている声が聞こえてきたけど、今はそんなことどうだっていい。


 それよりも、

「おめでとう。小倉って凄い人だったんだね」


うちのクラスのリーダー格、カーストトップの柴田透(しばた とおる)が俺に声をかけてきたことに俺は驚いた。


 テニス部キャプテンの柴田。ツーブロックのショートヘアで毛先をワックスでいつもつんつんにしている。高身長で細マッチョ、でも言葉使いなどは凄く丁寧で良い奴。ただし、城南と(表向きは)仲が良い。


そんな柴田が、俺に声をかけてきたんだ。


「ああ、ありがとう」


 俺はその状況に少し戸惑い、無難に返事をしてしまった。


 もしかしたら城南のグループは、今回のことをきっかけにヒビが入りだしたのかもしれない。柴田が俺に話しかけてきたことが、それを象徴している。


 こうして俺は、体調を崩すことなく、なんとかテストを終えることが出来たのだった。百道浜との約束通り、学年一位になって。

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