恋の目の敵

「チッ! お前らが後ろかよ」


 列のひとつ前のペア。短い黒髪を無理やりツインテールに結んだ細身の男が振り向きもせずに大きな舌打ちを打った。


 列に並ぶ時点で彼の存在には気づいていたし、こうなることも想定の範囲内。避けるべきかとも考えたけど、別に実害があるわけでもないので我慢することにした。


 ただ、向こうから絡んでこなければ……なんて淡い期待はやはり幻想だったらしい。


「悪かったな」


 とは言え、一方的に言われっぱなしを我慢できるほど我慢強いわけでもないのでしっかりと、けれど短い言葉で返すと、さらに大きな舌打ちが返ってくる。


「おい、雅。用事がないなら蓮陽にいちいち絡むなよ」


 ちゃんと用事のあったらしいその男子は、漢太の声に応えるようにゆっくりと不機嫌そうな悪人ヅラをこちらへ向けた。


 春日井雅。「ツインテールの呪い」によって髪を濡らしているとき以外は常になってしまうツインテールが絶望的に似合わない悪そうな顔。そんな最悪な第一印象をさらに確固たるものにしてしまうドスの効いた声の男で、周りからは「ラスボス」とか「負けライバル」なんてあだ名で呼ばれている、怖がられているのかイジられているのかよく分からない感じのクラスメイトだ。


 そんなキャラの濃い雅だが、見た目の不良感とは裏腹に全ての一般教科のテストで成績一位という天才で、正直特別成績のいいわけじゃない僕や風香のことを目の敵にする理由が分からない。


「漢太こそ、そんな雑魚二人と仲良くするなよ」


 訂正、分からないのは漢太がいないタイミングで絡んでくる理由であって、漢太がいるなら明らかに彼を意識して……というか漢太に話しかけるためだけに僕に絡んでくるまである。


「オレが誰と仲良くしてようと勝手だろ」


 そんな雅の態度が気に入らない漢太はさらに機嫌を悪くしながら睨み返した。


 しかし、漢太の睨みに対して怯えるどころか、逆に雅は少し頬を緩めるのだった。

 


 


 ……当にお気づきの方も多かっただろうが、僕の親友で幼馴染の剛田漢太は「男」だ。


 おとこの娘……というわけではなく、身体は本物の女の子。だが中身は男、なんなら去年の夏前までは身体もゴリゴリの男だった。夏休み明け、一ヶ月ぶりに姿を現した時にはガタイの良かった漢太は今のような美少女になっていた。


 漢太は去年の夏家族に連れられ遺跡に遊びに行き、そこで運よく死なない呪いを拾ってきたのだ。


 もはや説明もいらないだろうが、彼の呪いは「美少女化の呪い」。中身ごと女性となってしまうパターンもあるのだけど、漢太の場合は「かわいい女の子の身体が欲しい!」みたいな呪いだったらしい。


 最初は僕も驚いたけど、性別が変わるくらいならよくあることだし、思った以上に中身が漢太だったのもあって意外とあっさりと受け入れられた。まあまだ身体的に戸惑う場面もあるにはあるけど……。


 また漢太は漢太で女の子の身体になったのをいいことに、生来のプレイボーイっぷりに女の子の気持ちを実体験として理解できるという共感性を加えることで彼女を作り放題モテ放題とそれはもう心身共にお楽しみな毎日を謳歌しているのだから、余計に気遣ってやる必要がなさそうだし、なんなら五回くらい爆発すればいいのにくらいに思っている。


 けど……中にはそんな変化を受け入れられなかった人、というか男子が多くいたわけだ。


 薄々は気づいていたが、雅に関してもおそらく急に美少女化した距離感ゼロな友人に矢印が向いてしまった、的なパターンかと。


 相も変わらない人懐っこさと距離感の近さ、柔らかさとかいい匂いとかで頭で分かっていても堕ちてしまう男子が続出し、その中でも無謀にもワンチャン狙った男子生徒たちが次の日にはミイラ(比喩表現)で見つかることもしばしば。


 巷ではこれを「漢太ショック」と呼ぶらしい。


 しかも翌日にはそんなミイラ(のように萎れた男たち)に変わらぬ笑顔と変わらぬ距離感で接してしまうのだからその罪深さたるや…………いつか呪われるんじゃないかと心配になるくらいだ。


 ちなみに……本当についでの情報なのだが、一学年百人に対して今回のペアマッチに参加したのは四十六ペアで、参加できなかった八人の内五人が「漢太ショック」の犠牲者だったりする。

 

 

 


「雅くん、今は大切なペアマッチの最中なのよ。あなたが誰に何を想うかとか興味ないけど、今だけは真面目にやってちょうだい」


「何言ってんだ歩。俺は真面目に……いや、すまない」


 高圧的な雅に並ぶ長身の女性が彼の肩に手を置くと、彼女のおそらく素の無表情の圧に押されたのかあっさりと雅が牙をしまった。


 歩と呼ばれたその人は雅のペアで彼に次ぐ学年で二番に位置する才女、古田歩だ。


 スラっと長く、さらに曲線を描いた彼女の体型は「学内で女子がなりたい体第一位(漢太調べ)」に堂々のランクインを果たしているらしく、古田歩はクール系和風美少女と言っても過言ではない存在だろう(漢太談、口説き失敗済み)。


 ちなみに雅と違って僕や風香のことを敵視はしていない。代わりに微塵も興味のない路傍の石的な扱いだけど。


 そんな古田歩と雅がペアを組んでいる理由はとてもシンプルで、成績が上から順に並んでいたから。ペアの相手が彼である必要もなければ彼女である必要もなかったという理由がこのペアが校内でも有名で、そして有望だと称されている所以だ。



 ……なんて悪い意味で有名な上に成績も中途半端な僕が二人のペアに劣等感を抱いているうちにどうやら前のペアの出発の順番が回ってきたらしく、雅がまた大きな舌打ちを飛ばした。


「いいか、成績を優先する以上遺跡の中でお前ら雑魚を優先するつもりはない。だがな、もし中で出会ったらその時は完膚なきまでにぶっ潰してやるから覚悟しておけよ」


 そんな捨て台詞を残し、それに関しては特に文句のないらしい古田歩と並んで遺跡の階段を降りていく。


 普段から何かと絡んでくる雅の威嚇に反射的に反応はしてしまったものの、ストッパー役の吉田がいたせいなのかなんというか……雑魚呼ばわりを怒る隙がなかった気がする。



「……なあ蓮陽」

「ん、どうした?」

「あの二人だけには絶対に勝つぞ」


「……いや、普通に無理だろ」


 二人を見送ってから数秒、僕のために本気で怒って、本気で成績トップの二人に勝ってやろうと息巻く漢太に軽い調子で首を横に振った。



「…………お前な……ここは嘘でも『そうだな』っていう場面だろ」


 本気で怒っていたからこそ調子を崩されてしまった漢太は困ったように笑うしかない。


 でもそれでいい。気持ちだけで十分ってやつだ。


 慣れてるなんて言い方をしたらまた漢太に怒られるだろうけど、長引くような対抗心を抱くほどは今の扱いを気にしてはいない。それも漢太が僕のことを見捨てずにいてくれたからで、僕の代わりに本気で怒ってくれるからで……。


「ほら、次は僕たちの番だぞ。あの最強ペアより上位に行けるかどうかともかく、二つも遺物を集めないといけないんだからな」


 漢太を急かすように目の前の入り口に目を向けると、いかにもそれっぽい下に続く細く暗い階段を、壁に並べられた松明の小さな灯りだけが照らしていた……。

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