スタートは入り口選びから


 ペアマッチの会場となるのは学校の敷地内にある最大の演習場である第八演習場。規模としてはなんちゃらドームと同じかそれ以上の広さがあるペアマッチ専用の演習場で、成金な考古学者たちがジャブジャブとお金を注ぎ込んで広い演習場をくまなく、上にも下にも増改築を加えまくった特大の遺跡が建造されていた。



「よし、全員揃ったな。今年の代表監督は俺、ロイ・ボンドが担当することになったからよろしく頼む」



 そんな巨大な遺跡を前に、我らが担任のボンドが集まった生徒たちに興奮気味に挨拶を済ませる。


 ペアマッチは全校を挙げてのイベントで、すべての生徒、全ての先生がその様子を見ることのできるいわばお祭りのような催し物だ。

 そんな一大イベントの総責任者を任されたとなれば、準備に追われた挙句すっかり寝不足で目の下に隈を作りながらも、気合いの入りまくったキメッキメのスーツ姿で誇らしげにしているのも当然のことだろう。


 まあ、それにしても少し調子に乗りすぎな気もしなくはないけど。



「さて、改めてルール説明だ。今回参加するペアには三つある入り口の内一つからそれぞれ中に入ってもらい、中にある遺物を持ってここまで戻ってきてもらうことになる。そして無事に遺物を持ち帰った上位五組を優秀ペアとして褒美を与えるものとする」


 挨拶、説明と終えた先生が緊張と達成感の混じった汗を光らせながらスターター用にわざわざ特注された本来よりも音の大きな氷銃の銃口を天へと向ける。




「……第二十五回ペアマッチ…………開始!!」




 鳴り響いた銃声を合図に一斉にペアマッチに参加する生徒たちが動き出し、三つ用意された遺跡の入り口へ集まり始めた。


 三つそれぞれに決して広くない入り口では、同時に二組以上入っていくことができないため律儀に順番待ちをする必要がある。そのためいち早く遺跡に入ることができれば他のペアを出し抜いて遺跡の奥へ、遺物の元へ辿り着くことができるという寸法だ。


 一番左の入り口はレンガのトンネルのように見通しが良く、しかし見える限り真っ暗で、おそらく階段によって地下へと続いているのだろう。



 真ん中の入り口は何を意識したのか屏風戸になっていて中の様子を伺うことはできないが、その真横に「近道」と書かれた立て看板が設置してある。



 そして最後に一番右の入り口、ここははっきり言って特徴がない。どこぞの研究室のような色の白いシンプルな自動ドアが一つ、周りに特徴のある何かが置かれているわけでもない。



「オレたちはどこにする? 個人的には真ん中がいいと思うんだけど。派手だから」


 次々と他のペアが扉を決めていく中、まるで焦った様子もなく漢太がグッと体を寄せながら提案してきた。昔からの癖だって分かってるんだけど……背中に柔らかいものが当たって嫌でも意識しちゃうんですが?


「私は反対です。あんな分かりやすい罠に引っ掛かるなんて考古学者失格ですよ。ここは見た目通り一番無害そうな右の扉を選ぶべきです」


 こちらも急ぐつもりもないらしい伊佐与さんだが、俺を間に挟みながらも漢太の提案をハッキリと否定した。


「え〜、あそこまであからさまなら逆に本当に近道だってパターンもあるだろ?」


「そういう考え方をするような人がつまらない罠に掛かるんですよ」


 これも一種の痴話喧嘩と言ってしまっていいのだろうか? お互い声色こそ優しいものの、表情こそ笑顔のものの、漢太に捕まっていなければすぐにこの場から逃げ出したいくらいには雰囲気が怖い。コミュ力高いとこういう戦い方もできるようになるのだろうか?



「……仕方ありません、ここは多数決で決めましょう。あと二人に意見を聞けば確実に結論が出ますからね」

「……そうだな。二人がオレか伊佐与のどっちに付くかで決着つけようじゃないか」



 正直予想通りな展開だったにも関わらず、有無を言わせぬ漢太と伊佐与さんの圧に、僕と風香はもはや言葉一つ挟む余裕なく目線を逸らしながらも小さく頷くしかなかった……。


「よし、ならまずは石川さん、どれを選ぶんだ?」

 フッと漢太の顔が風香へ向く。



「…………じゃあ、左」


 凝視してくる二人から目を逸らすように下を向きつつ、若干申し訳なさそうに風香が初出の左の扉を指差した。


「その心は?」


 聞き返す漢太は決して睨んでいるわけでも威圧しているわけでもない。


 それでも、風香は全力で漢太と目を合わさないように下を向き続ける。



「……一番遺跡っぽい」


 それを言うのに少し恥ずかしさがあっただろう風香の頬がわずかに赤く染まる。


 一方で漢太の方はというと、風香の動機に力が抜けたのか、より一層の柔らかな感触と一緒に今までよりも僕に体重をかけた。


「なるほど、蓮陽から聞いてはいたけど……なるほど……」


 多分、「本当に考古学が好きなんだな……」的なことを考えている漢太がニヤニヤと舐め回すように風香を見る。


「なに?」


 明らかに雰囲気の変わった漢太の視線とニヤニヤに気づいた風香は、別の意味で警戒して漢太に睨みを効かせた。


 幼馴染という関係だからこそ僕は漢太に慣れているけど、極度の人見知りじゃ話すようになって数日の漢太の近すぎる距離感にはついていけなくて当然か。


「いや、なんでもない。ほら、次は蓮陽だぞ」


 そして、漢太もそれを理解しているので全く動じることもなくスルッと僕に話を回した。


「ん、ああ。じゃあ左で」


 一方で漢太の性格を知っている僕はここで話が振られてくるのを予想して自然な流れで自分の意見を口にする。


「その心は?」



「…………楽しそうだったから」


「楽しそう、ね……」


「なんだよ」


「いや、なんでもないよ。それよりもだ、結局人見知りペアに押し切られるみたいになったとはいえ結論は出たんだ。始まる前にさっさと移動しようぜ」


 そんなニヤニヤしながら「なんでもない」とか言われてもな……ったく、こんなしょうもないことで嘘つくなよな。


 とは言え、特別追求するようなことでもないのでそのまま何も言わずに漢太について左の遺跡っぽい扉まで移動する。伊佐与さんも素直に着いてきてくれているので文句はないのだと思いたい。


 扉の前では、既に入り口を決めていたペアから順にどんどんと他のペアたちが遺跡の中に足を踏み入れており、スタート地点を決めるのに少し手間取った僕たちのグループは前のペアたちが入っていくのをかなりの数見送ってからスタートになる。のだが……。

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