授業・4

 


「さあ、今日も授業を始めていきましょうか」



 回数を重ね、新入生にとってもすっかり見慣れた存在となった小柄な男はいつもの大きな教室に入るやいなや、慣れているのはお互い様だと言わんばかりに生徒の様子をチラリとも確認することなく言葉を発した。


「本日の内容は前回やり損ねた内容、みなさんにとって恐らく将来の職場になるだろう『遺跡』についてです」


 教室は静けさを保っているものの、男の「遺跡」という言葉に、もしくは「将来の職場」という言葉に目を輝かせる生徒が大半だ。


「まず前提として、遺跡には二種類、大きな分類が存在しています。特定の個人、もしくは一族が生きた証、有していた権力の大きさを象徴していて、主に金銀財宝と言われるお宝が出土する遺跡、総称して『墳墓』と呼ばれるものが一つ。ピラミッドや古墳が分かりやすい例でしょう」


「そしてもう一つ、人の暮らしの痕跡、その地域時代の信仰や生活の象徴であり、歴史的な史料としての価値のを持つ遺物の見つかる『史跡』。ギリシャなどで見られる神殿や、各国にある教会、日本では神社仏閣がこれにあたります」


 口頭での説明に加え、慣れた手つきで黒板に代表的な遺跡を書き連ねていくが、二種類の遺跡の間に明らかになにかを書き足すであろう大きな間が開けられていた。


「これらの分類は今から二十年ばかり前におこなわれたものですが……では、これらの遺跡が分けられたのはなぜか」



 再びチョークを手にした男は、黒板の広く空いたスペースの上半分を埋めるような大きさでたった一文字「罠」と描く。



「考古学の歴史においてはまだその存在を確認して間もないそれのため、遺跡は分類を余儀なくされたのです」


 続けて、男が大きく描かれた「罠」の文字の下に縦線を一本書き入れ残ったスペースを二分する。




「…………『遺跡が生きているか』」



 溜めを作り、一言を発してまた口を閉じた男は、続けて黒板の「墳墓」の下に「死」、「史跡」の下に「生」の文字を書き加えた。


「これに関してはまだ知らない生徒もいることでしょうし、順を追って史跡から説明していきましょう」


 入学の主目的が遺跡でない生徒たちが応えるように頷く。


「先程も説明した通り、史跡は人の生活の痕跡のある遺跡のこと。つまり、その場所の利用者によって短いスパンで管理が可能である遺跡と言い換えることができます。そのため遺跡の最重要な場所や物を守るための罠として最適とされ、設置された罠こそが『生きている罠』なのです。……とはいえ、これだけの説明ではまだ生きている罠を想像することは難しいでしょうし、ここでものすごく想像しやすい例を挙げておくとしましょう」


 史跡の文字の下におもむろに円を書いたかと思うと、男は少しその円を眺めた後どこか不満でもあったのか黒板消しでなぞり消してしまった。


「考古学が世界中から注目されるようになったおかげでみなさんも一度は見たことがあるだろう遺跡探索をする映画……あんな感じの罠ですね。槍が飛び出してきたり、矢が飛んできたり、岩が転がってきたり……」


 何度も描いては消すを繰り返す円は、転がってくる岩を描こうとしたらしい。

 しかし五度目の挑戦を最後にうまく描けないことを悟って口頭で挙げた罠を箇条書きて並べ始めた。



「かくいう私もその手の映画に影響された口だからこそ分かる話なのですが、生きている罠は考古学者としてとてつもなくワクワクする存在です。しかし、これらの罠は殺傷力や即効性において優秀である分、それ自体が劣化することや、再使用のためには補充が必要であるという決定的な欠点が存在します」



 ちらほらと意味を理解し始めた生徒たちを見つけ、男は満足そうに笑みを浮かべる。


「槍が飛び出す罠なら、飛び出した槍は誰が戻さなければ再利用はできません。仮に自動で元の位置に戻るとして、木だろうと鉄だろうと石だろうと、いずれ槍は劣化して使い物にならなくなってしまう。人の血を浴びた罠ならなおさらの話です。また矢や岩などの消耗品を使う罠ならなおのこと」


 その他にも、「資金」や「資源の調達」などさらに考え得る欠点を板書していく。


「つまり生きている罠とは、人の管理があって初めて成り立つ罠のこと。もっと分かりやすく言えば、あえて使い捨てだったり劣化する素材を使った罠のことを指すのです」


 これで全員に伝わったかと教室を見回す。一部怪しい者もいるようだが、今後同じ内容をする他の教師たちに任せることにした。



「……と、ここまで生きた罠について話してきましたが、実のところ本当に生きている罠に出会うことはあまり多くありません。生きた罠が設定されているのは先ほども言ったように史跡、つまり過去の文明においてこれから永遠に使われるだろうと想定された施設に設置されていることがと大半。現代ではすでに機能を失っている場合が多いのです」


 ひたすらに欠点ばかりを並べていく。



 ……それが生きた罠の危険性を伝える最善の手段だと知っているから。


「それでも、ここ数年だけでも生きている罠による死亡者は数えきれないほどいること。たった一つの罠によって、同時に三十人以上の考古学者の命が奪われた例がいくつもあるのだということを、肝に命じておくように」


 死への恐怖心と似た命をも押し潰しかねない重たい空気が、先ほどまでの無邪気さが幻覚だったと思わせるほど冷たい表情をした男の言葉によって一瞬で教室中に染み渡る。



「……おっと、墳墓の罠について説明し損ねてしまいましたね。仕方ありません、続きは次回の講義ということにしましょうか」


 生徒達の余韻をかき消すように、終業のチャイムが校内に鳴り響いた。


「次は楽には死なせてくれないコスパのいい罠についての話になるから、肝冷やしながら楽しみにしておいてくださいね」


 満面の笑みを浮かべる幼い男と、拭いきれない恐怖心に顔が引き攣る生徒達。


 二極化した歪な空気感のまま、その日の授業は終わりを迎えたのだった。

 

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