第23話 未来は…

「朱羽子ちゃん、お水、お願いね」

「はい」

朱羽子は、鷹也と付き合って2年を迎えようとしていた。

相変わらず優しいマスターの居る、いるだけでホッとできる喫茶店。

鷹也は、働いているスタジオで、カメラマンとして本格的に仕事を任されるようになった。

だから、以前のように、毎日午後2時きっかりに店に来ることは出来なくなったが、朱羽子の事は誰より大切にしてくれたし、自分の目標である、杉丈太郎に認めてもらえるカメラマンになろうと、月2、3日店を顔を出していた。



鷹也は、スタジオからの巣立ちの時期をうかがっていたのだ。

鷹也は、料理の写真を撮っていても、花の写真を撮っていても、街並みの写真を撮っていても、いつだって1番撮りたい写真は空の写真だった。

青く、何処までも突き抜けるような壮大な空の魅力に、鷹也は、心を奪われていた。



朱羽子は鷹也の撮る空の写真が大好きだった。

けれど、何故だろう?

何度も眠って、何度も見上げて、何度も願って、何度も祈って、何度も罪を心にいだいた。



灰色だったから。



相変わらずは朱羽子の方だった。

朱羽子の瞳に映る空は、どんなに目を凝らしても、あさ、アパートで、目覚めて、1日のはじめに見上げる空も、喫茶店の狭い窓から見る空も、鷹也がどんなに愛を注いでくれても、どんなに朱羽子が鷹也を大切に想っていても、鷹也の撮った写真は青い空でも朱羽子の実際にの瞳に映る空は、ずっと、灰色のままだった。


朱羽子も思い始めていた。

このまま、自分の罪を隠していたら一生自分の空の色は灰色のままじゃないか、と。

そして、それよりこんな言葉が、朱羽子の背を圧し掛かって来る。


【嘘つき 人殺し 酷い事したくせに 笑えんのかよ 最低】


そんな言葉が頭を回り、とてもじゃないけれど、鷹也に切り出す事は出来なかった。

今の朱羽子には鷹也が全てだった。

隣にいる事が。

鷹也の笑顔を傍で見られることが。

鷹也の撮る実際には見える事の出来ない、青い空を、唯一、色が見える鷹也の写真を。

鷹也が夢高々に語る解説付きの写真を何枚も何枚も見せてくれる、鷹也が、何より、誰より大切で、朱羽子にとっては、鷹也のすべてが、朱羽子のすべてだったんだ。


そんな、大切な鷹也のいう事に、精一杯応えようと思った。



「朱羽ちゃん!笑って!俺、朱羽ちゃんの笑った顔大好きだよ!」

読んでいた小説で顔を隠しながら、その裏で思いっきり笑っていた。

と、同時に、涙が流れている。



『未来は…あるのだろうか?』

『鷹也との未来は…』



「朱羽ちゃん、俺、朱羽ちゃんのこと本当に大好きだよ!朱羽ちゃんは!?」


きっと鷹也は好きだと言って欲しい。

それは、誰だって解る。



でも…、嘘じゃないから、素直にいう事が出来た。

「鷹也、好きだよ」

そう言われると、鷹也は大袈裟が過ぎるくらい喜んだ。



鷹也が好き。

鷹也が大切。

鷹也が全て。

鷹也が愛しい。

鷹也とずっと一緒に居たい。



その思いが、強くなればなるほど、何故か、朱羽子の空は灰色に消えそうだった。


鷹也を愛すれば愛するほど、鷹也に愛されれば愛されるほど、灰色の空が朱羽子にのしかかってきた。

言いたくない…。

言わなければ…。

言わなくて良いのか…。

言わなくてもこの幸せは続くだろうか?

言わなければ…、言わなくても…どちらにしても、この幸せを守りたい…。

朱羽子の願いはそれだけだった。



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