第24話 被写体、朱羽子

「朱羽ちゃん!お待たせ!」

「鷹也、急がなくて良いのに」

「でも、俺からデート誘ったのに!」

「ふふ。もう付き合って2年だよ?そんな気を遣う事ないんだから」

「うん。でもね、今日は朱羽ちゃんにお願いがあったから、遅れたくなかったんだ」

「お願い?」

「うん。俺の…俺の写真の被写体になってくれない!?」

「被写体?」

「つまり、モデル!」

「私が!?鷹也のカメラのモデル!?」

そう!だからってヌードとか言わないから安心して!いつも通りの、喫茶店で働く朱羽ちゃん、帰り道の朱羽ちゃん、俺といる時の朱羽ちゃん、そんな朱羽ちゃんの日常で良い。撮らせてくれない!?」

「なんで?なんで急に私の写真撮ろうなんて思ったの?」

「急じゃないよ。俺はずっと撮りたいと思ってたんだ」

「…私、ポーズなんて出来ないよ?」

「良いよ」

「無理して笑ったりも出来ないよ?」

「良いよ」

「モデルになるほど奇麗じゃないよ?」

「あ、そこは否定する!朱羽ちゃんは奇麗だよ!」

「…ありがとう…。鷹也になら…良いかな…。鷹也に撮ってもらえるなら…良いかな?」

「本当!?うっし!」

何度もガッツポーズをする鷹也。

相当、嬉しかったのだろう。

そして、鷹也は思いっきり、朱羽子を抱き締めた。

その温もりの中…鷹也の胸の中《ここ》ならもう死んでもいいかな…。

そんな事を思った。



―3ヶ月後―

カラン!!カラン!!

久々、大きなベルのお客様が、閉店時間の過ぎた喫茶店に現れた。

「すみません。今日はもう…おや、鷹也君久しぶりだね」

「こんちわ、マスター!」

「鷹也…。どうしたの?明日まで海外で撮影だって…」

「えへへ。実は、この3ヶ月朱羽ちゃんに張り付いてたんだよね!」

「え!?」

「ストーカーみたいで心苦しかったけど(笑)」

「う~ん…心苦しかったようには聞こえないけどな」

「あ、解ります?」

「ちょっ!鷹也!私、聞いてない!!」

「ごめん!なるべく自然体の朱羽ちゃんを撮りたくて!」

「でも、私…全然気づかなかった…」

「俺、これでもカメラマンだよ?これくらいは出来ますって!」

「で?」

「ちょ!マスターまで!

「どんな写真が撮れたんだい?もとカメラマンとして、興味はあるな」

「マスター!!すっごい不細工に写っていたらどうするんですか!?鷹也、お願い!誰にも見せないで!」

朱羽子は顔を真っ赤にして、鷹也がマスターに朱羽子の写真を見せようとするのを激しく拒んだ。

「いやいや、是非見てみたいな」

「ますたぁ…」



いつもは冷静沈着と言うか、無表情と言うか、無感情と言うか、無愛想な朱羽子が焦りに焦っている。



「良いじゃないか。朱羽子ちゃん。僕にも鷹也朱羽子ちゃんの姿を見てみたいよ。鷹也君の感性と今の技術なら、被写体の朱羽子ちゃんが悪く撮られているはずはないさ」

「でも…」

30分以上嫌だ嫌だと言う朱羽子をなだめすかし、無理矢理家に帰らすと、鷹也は何とかマスターと喫茶店に2人きりになった。




そして、鷹也は、思わず泣き出した。



「どう…思いますか?この写真」

声を震わせ、鷹也は神妙な面持ちで、マスターに写真を見せた。

「どれどれ…」

マスターは1枚1枚また1枚と、大切に写真をめくって行った。

そして、全部見終えると…。

「ふー…」

深い溜息を吐いた。


「どうですか?」

「良く撮れてるよ。でも…何故だろうね。なんで、朱羽子ちゃんはこんな笑っていてもまるで嘘のようだ。特に夕陽の中の朱羽子ちゃんはこんなに壊れそうだ。なんでこんなに悲し気になんだろうね…」


「ですよね…」

「鷹也君もそう思ったのかい?」

「はい…。朱羽ちゃん、一緒にいるだけの時は全然解らなかったけど、自分で被写体として撮ってみてわかったんです。朱羽ちゃんは、きっと何か…隠してる。それも、単純な…些細な隠し事じゃない」

「うん。…僕もそう感じるよ」

「マスターがいつか言ってた、過去…に関係あるんですか?」

「…うん…どうだろう。でも、君はその過去ごと朱羽子ちゃんを好きになったんだろう?」

「はい!」

「じゃあ、彼女がそれを話してくれる時を待つか、どんな答えが返ってきても構わないと言う覚悟で、君から聞くか、そのどちらかだろうね。まぁ…君たちより少し人生を生きている僕が言えるのは、…きっと…それはに違いないだろうね」

「……」


「怖いかい?」


「いえ!大丈夫です!俺、朱羽ちゃんの事、大好きなんで!!」


朱羽子は、2人がそんな話をしているとは夢にも思わず、只、想っていた。


『鷹也の撮った自分の写真を見てみたい』と。




その時はまだ、鷹也の“決心”を知る由もなく。

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