呪いに関わった人々の、その結末は1
赤い扉には『休業日』の札が下げられている。けれどもガラス窓の向こうには人影が見え隠れしていて、シャノンが覗くと女将と目が合った
シャノンがぺこりと頭を下げると、女将が内側から扉を開けてくれる。店の奥では店主が仕込みをしている。
「魔術師様から話があるなんて言われて驚いたわ。どうしたんだい?」
「婆さん! こんな寒いのに店先じゃあ失礼だろ」
店主が奥から大きな声で女将をたしなめる。
「あぁ、ごめんなさいね。……入ってちょうだい」
シャノンとウィルフレッドは入り口でコートを脱いでから、女将に案内されてカウンターの奥にある階段を上がる。
中央通りにある建物はどれも間口が狭い三階建てだ。どの家も一階が店舗、二階と三階が居住空間となっているのだ。
二階は台所とダイニング、そして使い込まれたソファが一脚だけ置いてある仕切りのない部屋だ。シャノンたちは客人としてソファを勧められ、老夫婦はダイニングの椅子を移動させて近くに座る。
「ごめんなさいね。魔術師様をおもてなしできるような家ではないの。それで? 今日は改まってどうしたのかしら?」
女将の問いに、シャノンは緊張の色を隠せない。ウィルフレッドのほうをちらりと見ると、彼はシャノンを励ますように優しく微笑む。シャノンは自らの手をぎゅっと握って老夫婦に向き直る。
「あの、きちんと名乗っていませんでしたが、私の名前はシャノン・エイベルと申します」
「エイベルっ!?」
「な、なんで……?」
老夫婦は目を丸くしてシャノンを見る。エイベルという姓は自分たちと同じなのだから驚くのは当然だ。
「母の名前はサラといいます。もう十年ほど前に病で亡くなってしまいましたが……。ずっと言えなくてごめんなさい!」
シャノンにとっては言いづらい話、そして夫婦にとっては悲しい話になってしまう。シャノンはサラの娘だが同時に彼女をたぶらかした男の娘でもある。夫婦がサラの死をどう思うか、シャノンのことをどう思うのかわからない。シャノンはためらう気持ちをおさえるように一気にその事実を告げた。
急にうつむいてしまった女将の膝の上に置いていた手の平に、涙が零れる。その手は少し震えていた。
「……最初に傘を貸したのは、娘に似ているなぁと思って、気になったからなのよ……。まさか本当に孫だなんて考えたことも無かったけれど、目の色も髪の色も顔立ちも、シャノンちゃんはサラによく似ているわ」
顔を歪めたまま、無理に笑おうとする女将の瞳からは、止めどなく涙が溢れる。店主もそれを見て目頭を熱くする。
それから、長い時間をかけてシャノンは二人に今までのことをありのままに話す。シャノンの父親の話になると、彼女が委縮してしまうくらい二人は憤慨し、嘆き悲しんだ。
それでも事実を隠さず話すと、二人はシャノンが会いに来てくれたことを喜んだ。
「母は、何度かこちらに手紙を書いていて……結局出さなかったようなんです」
シャノンは持ってきた小物入れの中から、十年以上の時が経ち、すっかり黄ばんでしまった四通の手紙を出す。
女将はためらいながらもそれを受け取り、手紙を開く。
『お父さん、お母さん。勝手に家を飛び出してしまったことは、とても申し訳なく思っています。私は今、チェルトンという村で、夫と可愛い娘と一緒に穏やかに暮らしています。とても遠い場所なので会いに行くことが難しいですが、娘が大きくなって旅ができるようになったら二人にも見せたいです。親不孝をしてしまった私ですが、お二人が元気で暮らしていることを願っています』
手紙に書かれていたのは全くのでたらめだった。サラが夫と暮らしたことなど一度もない。四通のうち三通は全て「幸せに暮らしている」という内容だった。嘘だらけの手紙の中で、唯一娘の成長を知らせる部分だけが真実だった。
サラが駆け落ちをしたのは十五歳で、亡くなったときですら、まだ二十代だった。シャノンにとって母はどこまでも優しく大きな存在だった。けれども本当の母はまだ幼く、いろいろな葛藤があったのかもしれない。
母がどういう気持ちで嘘の手紙を書いて、そして出さなかったのかはシャノンにはわからない。
選ぶ相手を間違えたことを認めたくない気持ちで書いたのか、両親をとにかく安心させたくて書いたのか。最終的には嘘の手紙を出すことも、両親に本当のことを告げることもできなかったのだ。それでも、何度か王都の両親に自分の無事を知らせたくて、また手紙を書いたのだろうか。
残りの一通だけは、他の三通とは違う内容だった。
『お父さん、お母さん。十年以上も連絡をしなかった不義理をどうかお許しください。私は王都を出てからアベラルド地方のチェルトンという小さな村で暮らしています。娘を授かりましたが、事情があり夫はいません。今さらこのようなことをお願いする立場でないことは十分に承知しておりますが、最近少し体調を崩してしまい娘の将来が心配です。少し回復したら娘を連れて王都に帰りたいと思っています。頼れるのはお二人だけです。どうか、私たちを受け入れてください』
十年という記述から、この手紙が最後に書かれたものだとわかる。他の三通とは明らかに筆跡が変わっていて、弱々しく乱れた文字で綴られていた。
「これだけは、本当に出そうと思っていたんだろうね……」
女将は愛娘が残した手紙を濡らさないように注意しながら震える声でそう語る。
シャノンも女将の言うとおりだと思った。母はきっと自身がこんなに早く死んでしまうことまでは、わかっていなかったのだろう。
「お母さん……」
母の手紙は、彼女の弱さと強さを残された者に伝えた。母がシャノンとそう変わらない年で、寿命が尽きようとしていることに気がつかないほど懸命に生きて、守ろうとしたものをシャノンは簡単に捨てようとしてしまった。
過去は変えられない。でも、これからは母に恥じないように強く生きられるだろうか。ウィルフレッドと共にあればそう生きられるだろうか。彼女はそうしなければならないと思った。
「それで、シャノンちゃんはこれからどうするのかしら? ずっと魔術師様のお屋敷で働くのかい?」
皆の涙が止まったところで、女将がそう切り出した。シャノンはウィルフレッドとのことを話そうと口を開くが、ウィルフレッドがそれを制した。
「私から言う。実は私もあなた方に重要な話があるのだ。私と彼女は、これから夫婦になる。……驚かせるようなことばかりですまないが、私としては正式な妻に迎える前にあなた方に伝えるべきだと考えて今に至る」
祖父母はその話を黙って聞いて、そのまま何も言わない。
「あの? お
シャノンが不安げな表情で二人の顔を覗きこむ。突然現れた孫が、その日のうちに結婚するなどと聞いたら驚くのは当然だ。
「い、い、いやいや、あまりに驚き過ぎて…………。そうかい、魔術師様と。そうかい、よかったね、シャノンちゃん」
「幸せになるんだぞ」
「はい。お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」
今後も頻繁に訪ねることを約束して、二人はパン屋をあとにする。
「書類を出したら、次はドレスの採寸に行く。……今日は忙しいな」
「服ならたくさん持っていますよ?」
「いいや、花嫁衣装だ。……どうしても先に入籍する必要があるが、いつまでも貴女の存在を秘密にしておくつもりはない。貴女の祖父母にも花嫁衣裳を見せるべきだろう」
「……はい!」
前に中心街に来たときは、シャノンはウィルフレッドの一歩後ろを歩いていた。今はウィルフレッドが差し出す腕に手を軽く絡め、並んで歩く。それがシャノンにとっては特別なことのように思えた。
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