第6話


『ショップ ササモト』


 俺たちの目の前にあるのは、経年劣化によって霞んでしまってはいるが、デカデカと文字が書かれた看板を携えた昔ながらの駄菓子屋である。


 デートと言って外に連れ出されたのは良いものの、結局行きを決めろとのご要望があり、僭越ながら選んだのがこの店ってわけだ。


 我ながら、なんとセンスのないことか。

 しかし、許してほしい、この辺で店と呼べるものはここしかないのだから。


 それに、町まで降りて行けばそれなりに行くところはあるんだろうが、わざわざこの猛暑の中、長い坂を降りて、また登るのは避けたかった。


「ふ〜ん、悪くないね。こんな感じの駄菓子屋さんってまだあったんだ」


 物珍しそうに見てる様子から、一応お気に召して頂けたようだ。


「まあ最近はほとんどお客さん来なくなってしまったらしいので、常連は俺ぐらいっすけどね」


 一昔前は、この辺にも子供がもっと住んでたらしいが、今ではその子供たちも殆どが都会へと出て行ってしまったらしく、店は常に閑古鳥が鳴いてる状態だ。


「それで店、経営できるの?」


 彼女は不思議なものを見る目で店を眺める。


「店主曰く、趣味でやってるだけらしいですから」


 俺は立て付けの悪くなった扉をガタガタと譲りながら、横へスライドさせた。

 扉を開くと広がるのは、畳と線香の匂い、それに店に置かれた干物系の駄菓子の匂いが充満している。


 そして、店の中には、プラスチックの容器に入れられたカラフルな飴やガム、色々な駄菓子がズラリと並び。上からは、紙風船やら、水鉄砲やらと言った子供のオモチャが吊られている。


「おーいサッさん!」


 俺は店の奥にまで聞こえるように声を張り上げた。


「喧しい! そんな大声出さんでも聞こえとるわ」


 そうすると、店の奥からガサゴソと音を立てながら出てきたのは、背の低い高年の男性。黒縁の大きな眼鏡をかけ、だらっとしたタンクトップ姿は、まさに休日の老人そのもの。俺がよく知るショップササモトの店主、笹本圭三郎その人であった。


「なんじゃあ、久々に顔見せたと思ったら女連れか。こんな所に女連れてくるなんて、ユー坊もセンス無いなぁ」


 ため息をつきながら、やれやれと首を振る様子から呆れ具合が見て取れる。


 ほっといてくれ、俺だってそれぐらい分かってる。それに、仮にもここの店主がそんな事を言ってもいいのか。


「うるせぇよ、別にサッさんが思ってるような関係でも無いし」


 そう言った瞬間、まるで待ってましたかと言わんばかりに、カゼヒメはわざとらしく驚いて見せた。


「ええっ! 私とは遊びだったの……私のあんな事やそんな事も知ってるのに」


 色々知ってるのは事実だが、その言い方は不味いだろ。


「ユー坊も大人になったんか、ついこの前までこんなに小さかったのになあ……」


「やめろ、やめろ! 息を合わせて余計な茶番するな」


 俺は初対面のくせに、何故か息が合ってる二人の間に入り込み、無理やり茶番を終了させた。


「揶揄うのもこれぐらいにして。さて、何もないところだけど、ゆっくりしていってくれ嬢ちゃん」


「はい! ありがとうございます。 私駄菓子屋なんて来るの初めてだから、見てるだけでも楽しいです」


「そうかそうか、ええ子やな。ユー坊は出来るだけ金落としていけよ」


 それだけ言うと満足したのか、ボロボロのレジスターの前に敷かれた座布団の上に、どかりと座り込んだ。


 カゼヒメはカゼヒメでそこらにある物を興味深そうに、行ったり来たりしながら眺めては、手に取ってを繰り返している。


「連れてきたの俺ですし、気に入った物があれば買いますよ」


「おっ良いねぇ、ユー坊男らしいじゃねぇか」


「そう言う事なら私、お言葉に甘えちゃおうかなー」


 そう言って、手に持っていた駄菓子を片っ端からカゴに入れる様子を見て、少し俺の財布が心配になった。

 まあ、駄菓子の値段なんてたかが知れてるし、別に大丈夫だろう。


「おじさん、これなんですか?」


 そう言って彼女が掲げたのは、爪楊枝に刺さった薄茶色の粉がまぶさったもの。


「これか? これはな、きなこ棒ってまあ駄菓子屋じゃあ何処でも置いてるお菓子だ。一本食ってみるか?」


「良いんですか? それじゃあ、ありがたく頂きます」


「どうです? 初きなこ棒の感想は」


 俺は爪楊枝を咥える、彼女に尋ねた。


「う〜ん、なんて言ったらいいんだろう。……ザッきなこって感じだった。でも嫌いじゃないかも」


 そう言うと、2本目をパクリと口に放り込む。


 その後も様々な駄菓子を、尋ねては食べてを繰り返し、そこそこな時間を過ごす事ができた。


 流石に1時間以上も居ると、俺は通い慣れてる事もあって飽きてしまったので、先に店の外に出てカゼヒメの事を待つ事にした。


 デートなら、あまり好ましくない行動かも知れないが、お姫様から苦情がなかったのだから許されたのだろう。


 外は相変わらず、太陽が燦々と照っており、何処までも続きそうなアスファルトの道には、陽炎が揺らめいている。


 全く、俺って今何してるんだろな。


 勉強もせず、謎の空飛ぶ美少女と駄菓子屋デート。全くもって意味が不明だ。


 そんな事を考えながら、雲を眺めダラリとしてると、不意に首筋にヒヤリとした物が当てられる。


「うぉっ!」


 おい、俺がぼんやりしてる時に、首筋に冷たい物を当てるのが流行ってるのか?


「はい、あげる」


 彼女の手に持っているのは、棒付きのソーダアイス。町のスーパーなどでは売っていない、半分に分ける事が出来るやつだ。その傍を片手に持ちながら、もう一つを俺の方へと差し出している。


「あざっす、てかお金持ってたんですか?」


「そりゃ、私もデートに行くのに一文なしで行くような、悪い女じゃないからね」


 なんだ、家出少女とか名乗るからお金もないと思ったんだけど。まあ、よくよく考えると、食事も着替えも自身で済ましてるのだから、その辺は何とかしてるのだろう。


「よし、じゃあ次行こうか。エスコートよろしく!」


 おいおい、まだ何処かに行くのか。しかも、場所決めるのもまた俺かよ。はぁー、仕方ないあそこに行くか。


 俺は残ってるアイスを無理やり口に放り込んだ。頭にキーンとした鋭い痛みが走り、顔を顰める。隣を見れば、同じように顰める彼女がいた。

 やはり、夏のアイスはゆっくり食べないと危険だ。


 それから暫く歩くこと10分程度、駄菓子屋からさほど離れてない場所に俺達は辿り着いた。10分と言っても、炎天下の中上り坂を登り続けるわけで、着いた頃にはもうヘロヘロであった。


「ふぅー、着きましたよ。連れてきて何だけど、何も無いからつまらないかも……」


「……」


 俺が連れてきたのは、公園。と言うには、あまりにもおざなりな、空き地のような場所だった。地面には薄く緑が広がり、奥の方には目に見えて他の木と樹齢が違うであろう事が分かる大木。

 そこには、手作り感満載のローブと木の板をくっ付けただけのブランコらしき物が備え付けられている。趣があるとも言えなくはないが、それはあまりに良い表現すぎるだろう。


 しかし、ここを選んだのには理由がある。確かに大したものは何も無いが、しかし、ここはどう言う訳か他の場所に比べて、より強く風が吹く。


 人がいなくても、常に揺れるブランコはその象徴ともいえるだろう。さらに大木が木陰になる事も加わり、ここは比較的涼しい。避暑地にはうってつけと言う訳だ。


「どうですか? 気に入らなければ他の所に変えますけど」


 俺は隣で不気味なほど静かになった、カゼヒメを見る。


「……ここって……やっぱり」


 カゼヒメの口が微かに動いたように見えた。


「どうかしました?」


「う、ううん、何でもない。良いところじゃん、風も喜んでるよ」


 風が喜んでる、まるで生きてる人のように風のことを扱うんだな。


「そう言うのも分かるんですか」


「何となくねー、物心ついた頃には感覚で分かってたんだ。そんな事よりほら、ブランコあるじゃん、乗ろうよ!」


 マジか、この年齢でブランコに乗るなんて少し恥ずかしいんだけど。


 そんな思いとは裏腹に、手を引かれた俺はあっという間にブランコへと座らされてる。


「ほら! 行くよー」


 そう言うや否や、彼女は俺を挟み込むようにして、背後に立ち、ブランコに乗って勢いよく漕ぎ始めた。


「ちょ、2人は流石に不味いですって!」


「大丈夫、大丈夫ー」


 そう言ってぐいぐいと、膝を器用に使いながらブランコは加速していく。そこにさらに、背中から俺たちを押すように、強い風がリズム良く吹き付ける。


「うぉおおお!」


 ブランコで感じて良い、高さを優に超えている。手製のブランコという事もあり、その辺の加減が出来ないのだろう。


 振り落とされまいと必死な俺とは違い、カゼヒメは随分と楽しそうに笑っている。


 そんな時——ブチリと鈍い音が頭上から聞こえてくる。不味いと思った時には時すでに遅し、俺達は勢いよく前方へ投げ出される事になる。


「——っ!」


 地面へぶつかる、そう思うと同時に俺の体は宙へと浮いた。


「危なかった〜、ギリギリセーフ!」


 隣では額の汗を拭いながら、同じように浮いているカゼヒメの姿。


「セーフじゃないでしょ! 普通なら大怪我ですよ」


「まあまあ、私のお陰で怪我もないんだし、良かったじゃん。それに涼しくなったでしょ」


 そりゃ、存分に肝を冷やして貰いましたよ。けど、それとこれとは話は別でしょ。


 俺たちの後半には片側の縄が切れてしまって、不恰好にぶら下がるブランコの姿。


「あー、まあ昔からここにありましたからねー。劣化してたんでしょ。それなのにあんなに強く漕ぐから」


「ごめん、ごめんって、これ上げるから許してよ」


 そう言って手渡されたのは、青色のミサンガ。


「今日色々な場所に連れてってくれたお礼! 私とお揃いだよ」


 そう言ってこちらに腕をずいっと近づける。本当だ、いつの間に着けてたんだ。気がつかなかった。白い腕に通された、その青色は自然なほど彼女に溶け込んでいる。


「ほら、早く着けてよ」


 しかし、何ともお揃いという言うのは何とも魅惑的な響きか。なんだか、気恥ずかしく思い、ミサンガを付けるのを少し躊躇う。


 そんな事を知ってか知らずか、カゼヒメは俺の腕をカジリと掴むと、渡したはずのミサンガを奪い取り、そのまま俺の腕へと倒してしまった。


「ミサンガ付けたんだから、願い事決めないとね」


 惚けている俺をよそに、そんな事を言い出す彼女。そう言えば、ミサンガって紐が切れたら願いが叶うんだっけ?


「カゼヒメは、何を願ったんですか?」


 今更だけど、また敬語に戻ってしまっていた事に気がつく。


「ひ、み、つ! 知りたかったらまた明日もデートに付き合ってね〜」


 おい、こちとら受験生なんだけど。しかし、まあここ数日、驚きの連続で今までにない体験を色々してきて、楽しく感じてるのも事実か。


 願い、願いか……そうだな、出来る事なら彼女とのこの面白おかしい日々が、いつまでも続けば良いのに……なんてな。


「ほら、早く何を願うのか教えてよー」


 そう言って俺を急かす彼女に、俺はニヤリと笑みを浮かべた。


「秘密です」






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カゼヒメ! ミチシルベ @Miti3162

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