第5話

 世の中ありえないなんて事は、ありえないらしい。その事をしみじみと実感させられた。

 多分今なら、目の前で宇宙人が現れても、妖怪に出会っても受け入れられら気がする。


 人って空を飛べるんだな……


 さっきから何処か夢見心地で、中々浮き足立った心が落ち着かない。しかし、実際に空に浮いてたんだからそれも仕方ないだろう。


 あの、人がその身一つで空を飛ぶという、衝撃的な体験の後、彼女は再び俺の家へと転がり込んできた。


 ただ寝る場所として、押し入れを要求するだけで、それ以上の事は求めてこない。まあ、家族にバレないように部屋に人を泊めているだけでも、俺にとってはスリリングな状況である訳だが。


 押し入れの中で丸まり、規則正しい寝息を立てる彼女を見て考える。


 結局、彼女は何者なのだろうか。


 確かに、彼女の持つ超能力と言っても過言ではないソレは体験したし、受け入れたが、益々彼女の謎は深まった。


 彼女は風姫を名乗り、そして風に愛されていると語った。そして、飛んでいる時に言った、風に身を任せる。それらの事を考慮すれば、何かしら風に関する何かが有るのだろう。


 と言うか、そもそも人間なんだろうか?まあ、涎を垂らして、気持ち良さげに寝てる姿からは、到底物の怪とか、化け物とかには見えないが。


 はぁ、寝るか。これは俺の理解の範疇を超えている。考えたところで無駄だろう。


 昨日の晩寝れなかったことや、今日の体験を通して疲れが溜まっていたのか、目を閉じて直ぐに眠気が襲ってくる。


 ああ、今日は気持ちよく寝れそうだ……




 夢を見た。


 珍しく、しっかりと夢の内容を覚えている。普段は夢なんて見ても何も覚えてはいないが、今回の夢はいつもと違った。


 俺は気がつけば、空の上にいた、それこそカゼヒメと一緒に飛んだ時の光景をもう一度見ているかのような。


 違うとすれば、空の色、雲の形、そして何よりも荒々しく吹き荒れる風が特に印象に残ってる。


 空はベッタリとした薄墨色、雲はとても厚く、巨大な龍が荒々しく口を開けているようだ。まるで、俺を飲み込もうとしているようで恐ろしい。


 俺の体は金縛りに合っているかのように、動かせない。目を閉じることもできず、ただただ目の前の光景を見せつけられる。


 雷鳴が鳴り響き、風の爆弾が破裂したかのように、風切り音が鳴り止まない。


 天候の荒れ具合に反して、何故か雨は降っていない。まるで、風と雷が喧嘩しているかのような光景だ。


 そのよう状況に投げ込まれ続けていると、ふと人影のようなものが雲の狭間に見えた気がした。


 あれは、誰だ……


 一瞬映った人影はすぐに雲へと飲み込まれていく。


「待て!」


 俺はその人物に無意識に手を伸ばそうとするも、体は思うように動かない。


 次の瞬間——俺は現実へと帰ってきていた。


 嫌な汗がじっとりとシャツに染み込んでいる。

 全く、なんと目覚めの悪いことか。よく見れば、自室の窓が閉まっており、室内の温度はサウナのように上がっていた。


 夢見が悪かったのはこれのせいか……危うく熱中症で倒れるところだったな。


 窓を開けると、蒸し蒸しとした室内に涼しい風が吹き込んでくる。そういえば、またカゼヒメは居なくなったようだ。


 部屋の中には物言わぬ押し入れのみ、別にずっと一緒に居たいわけではないが、居なくなると、どこかもの寂しく感じる。


 今日は土曜日、別にやる事がある訳ではないが、寝直す気分でもない。


 仕方ない、受験生らしく勉強でもするか……


 そう思い鞄から筆箱を取り出したその時、ガタリと窓の外で物音がした。


「たっだいまー!」


 元気の良い、ハツラツとした声が聞こえてくる。


「どっから入って来てるんで……来てるんだよ」


「おおっ、すごい話しにくそう」


 つい、窓の外から飛び込んできた彼女に対して、反射的に突っ込んでしまったが、彼女にとってはここが正規の入口か。


「うへー勉強? 学生なんだからさ、そんなの止めて遊ばないと」


「俺も別にしたくてしてる訳じゃないよ、受験生だから仕方ないじゃん」


「真面目だねー」


 微塵も思ってなさそうな声で彼女はそう言った。


「そう言う訳で、邪魔しないでくださいね」


 俺は今にも邪魔をしてきそうな、彼女へと釘を刺す。


「あっまた敬語!」


 ああっ、話しにくくて仕方がない。目上の人には敬語使うだろ、普通。まあいいや、とにかく勉強だ、勉強。


 最初のうちは、部屋の中にある漫画や雑誌を読んで静かにしていたカゼヒメだったが、次第に飽きたのか部屋の中を物色し始める。


 別に見られて困るものなど、ない。多分。


「……ない」


 一通り探り満足したのか、彼女は動き回るのをやめた。代わりに聞こえてきたのは、蚊細い囁き声。


「えっ、なんですか?」


 俺は聞き返す、多分無視をすればまた面倒くさそうだ。


「つまらない! 何も無いじゃんこの部屋、退屈、飽きた!」


 失礼な、勝手に物色して何もないとは何たる言い草か。


「えー、漫画とかあるじゃないですか……」


 確かにものは少ない方だが、それでも漫画とかは人並みに持っているつもりだ。何が不満なんだ。


 彼女は俺の座っている椅子の後ろに回り込み、ぐるりと反転させ机とは反対の方向を向かせる。


「よし! 少年、デートに行こう」


「なっ!何ですかいきなり」


 デートという単語につい反応してしまう。それは中学男子にとってはなんとも刺激的な単語であった。

 俺は出来るだけ、平静を装い彼女は尋ねる。


「デートって、この田舎町のどこに行こうって言うんですか」


 学生のデートと言えばカラオケとか映画とかだろうが、ここからだと何方も距離があり面倒だ。そもそもデートってなんだ?昨日のは違うのか?


「うーん、分かんない! 風の赴くままに、かな」


 そう言った彼女は、俺の都合などお構いなしで、外へと飛び出していく。


 部屋の中に残ったのは、わずか数ページしか捲れていない問題集と殆どが白紙のノートのみであった。



















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