第22話 あの噂って本当なのか…?

 貴志湊きし/みなとは溜息を吐いた。

 昨日のことを思うと、やっぱり、ダメだよな、という思いに圧倒されてしまう。


 けど、弓弦葉に自身の想いはしっかりと伝えたのだ。

 結果はどうであれ、少し気が楽になっていた。


 少しずつでも、前向きになっていくしかないだろう。

 たとえ、幼馴染と正式に付き合えなかったとしても、部活を通じて関わっていくのだ。

 そんなに悩んでばかりでは、他の部員にも迷惑が掛かると思った。




 湊は学校に登校し、今、朝のHRが終わったばかりの頃合い。

 湊は一人、席に座って、スマホを弄っていた。

 教室にいる湊は辺りを見渡す。

 クラスメイトはいつも通りといった感じに、仲間内で会話しているのだ。


 けど、いつもと違うことが、一つだけある。

 それは、右隣の席の石黒楓音が、今日登校していないこと。


 今まで一度も遅れてくることなかった彼女がいないことに、モヤモヤした感情を抱いてしまう。


 楓音から嫌な視線を向けられない分だけ、マシかもしれないが、いないと逆にパッとしなかったりする。


 別にあいつのことなんでどうだっていい。

 そんなことを心で考えながら、スマホで適当に暇を潰す。


「……」


 湊は左を向き、窓の外に見える風景を眺めていた。


 外を見たとしても、楓音がやってくるような雰囲気ではない。あと数分で一時限目が始まるというのに、虚しさを感じていた。


「というかさ、なんか、あったみたいだぜ」

「そうなのか?」


 湊がボーッと外を見ていると、気になる会話が回りから聞こえてきた。

 何かと思い、聞き耳を立ててみる。


「今日休んでいる楓音だけどさ。昨日の夜。知らないおじさんと一緒に歩いている見たってさ」

「本当かよ」

「まあ、あいつならありそうだよな。爆乳だし。おっぱい目的で関わる人もいるのも頷けるってもんだな」


 とある三人の男子が楓音のことについて話題に上げている。


 やっぱり、何か怪しいバイトでもしているのか?

 湊は色々と考え込んでしまう。


 どうしても気になる。今日の放課後にでも、もう一度、あの街中のビルに行こうと思った。






「楓音って、絶対に、街中で一緒に歩いていたおじさんと遊んでいるよね」

「当たり前じゃん。そんなのさ」

「だよね。でも、お金を稼ぐためとか、聞いたことがあるよ、私」

「そうなの?」

「そうそう。まあ、あくまで噂だけどさ」

「でも、うちの学校、バイトとかダメじゃなかった?」

「だよねぇ。もしバレちゃったら、退学かもね」


 放課後になった今、クラスでは、朝同様、楓音の噂で持ち切りだった。


 あくまで噂である。

 そんなありもしないことで盛り上がらないでほしいと思う。


 しかし、湊自身が言えた立場ではない。

 真実を知らない以上、余計なことなんて口にはできなかった。


 そろそろ行こう。

 湊は通学用のリュックを背負い、教室を後に校舎の廊下を歩く。




「湊先輩ッ」


 階段を下っていると、背後から高井紬たかい/つむぎの声が聞こえた。

 その透き通った明るい口調に反応し、途中で立ち止まり、振り返る。


 紬も階段を足早に下り、湊のところまでやってきた。


「今日は部活ですよね。一緒に行きましょう」

「……いや、今日は休ませてもらうよ」

「え? どうして⁉ 何かあったんですか? まさか、弓弦葉先輩と何か……よくなかったんですか?」

「それはそうなんだけどさ」

「そうなんですね……でも、元気を出してくださいね」

「その件に関しては、何とか自分に区切りがついたから、いいんだけどさ」

「でも、無理は禁物ですから。また、色々と相談に乗りますから」

「わかってるさ。それとさ、今日部活に行けないのは、弓弦葉の事じゃなくて。個人的に用事があるんだ」

「用事? 言えない感じですか?」

「まあ、そうだな」


 湊は紬と階段を下っていく。

 一階廊下に到達すると、二人は昇降口へと向かっていくのだった。






「じゃあ、今日は部活に参加できないから。ここでな」

「しょうがないですね。そういうことでしたら」

「ごめん。あと、これ、今日の練習表だから。一応渡しておくから」

「わかりました」


 湊はリュックから用紙を取り出し、紬に渡す。そして、昇降口で外履きに履き替え、校舎の外に出ようとした。


「でも、困った時があったら、また相談してくださいね。先輩には、昔からお世話になったので、もう少し手伝わせてくださいね」

「わかった。なんか、あった時な」


 湊はチラッと背後を向き、紬に軽く挨拶をしてから立ち去ったのである。






 向かう場所はもう決まっていた。

 だから迷わず、街中へと進む。


 学校から徒歩だと、結構遠かったりする。

 でも、ランニング部に所属してから、それなりに殻が身軽になった気がした。

 走る練習をするようになって、体力がついたのだろう。


 湊は時間短縮のために、駆け足で街中にあるビルへと急ぐのだ。

 暗くなる前に、楓音と接触をしておいた方がいいだろう。


 でも、なぜ、楓音はそんなことをしているのだろうか?

 なぜ、街中でおじさんと歩いていたのか、その経緯が分からないままだった。


 知らないおじさんと接点を持つバイトなのかもしれない。けど、そこらへんを知りたかったのだ。


 湊は楓音のことがそんなに好きではない。

 けど、他人から、真意不明な噂を耳にするのが嫌だった。

 自分でもよくわからないが、あの日の夜。街中で見た楓音の表情を忘れられないからだろう。


 少しでも、誰かのためになりたい。

 そんな思いを抱くようになっていた。




 湊は走る。

 そして、息を切らしながら、目的地であるビル前に辿り着く。


 湊はビルを見上げた。


「入るか……一階だったけど……あれ? そういや、どうやって、入ればいいんだ」


 路地裏側の通路と、ビル一階が繋がっているのはわかっている。

 けど、その場所からは、関係者ではないために入ることができないのだ。


「一先ず、行けるところまで行ってみるか」


 湊は、ビルの正面から入り、道なりに沿って奥の方へと進んで行く。

 通路みたいなところを歩いていると、四十代くらいの人とすれ違った。


 やはり、楓音がいる場所で、何かが行われているのは事実であろう。


 もう少し真実に近づきたい。そんな思いで進も、スクエア会場には入れなかった。


 表向きは成人済みだけが、立ち入れることになっているらしい。


 スクエア会場の入口にいた、スーツ姿の男性から、そういった趣旨のことを告げられ、湊はしぶしぶと、ビルから出ることになった。


「しょうがないか……というか、これじゃあ……楓音と接触できる機会が限られるじゃんんか……」


 湊は俯きがちに溜息を吐き、ビルを出る。


「ん……?」


 刹那、楓音の気配を感じた。


 顔を上げ、正面を見ると、私服姿の楓音が、知らないおじさんと一緒に歩いていたのだ。


 ――って、学校での、あの噂って本当だったのか?


 湊は、噂が本当だったことに気づき、体をビクつかせた。

 が、すぐに冷静さを取り戻し、楓音の方を見つめる。彼女との距離はおおよそ、一〇メートルほど。


 ゆえに楓音は、湊の方には気づいていなかった。


 次第に、楓音はおじさんと会話しながら、街中の人混みの中に溶け込むように、遠くの方へと歩いていくのだ。


 湊は彼女の後姿を見て、追いかけようと思った。


 スクエア会場に入ることができないのなら、遠回りでもいいから追いかけるしかない。


 湊は後ろめたさを感じつつも、ビル前から歩き出したのだ。

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