第21話 俺は、弓弦葉のことが…

 告白した方がいいよな。


 貴志湊きし/みなとはそう思う。


 やはり、想いを伝えられる時に、口にした方がいい。

 湊は昨日、ファミレスで紬と、その件についてやり取りをしたのだ。


 迷ってばかりではよくない。

 決心を固め、午後の授業終わりの放課後、席から立ち上がった。


 辺りを見渡せば、帰宅するために、準備しているクラスメイトがいる。

 湊も同様に、通学用のリュックに必要最低限のモノを入れ、それを背負う。


 今から弓弦葉がいる教室に向かうことにしたのだ。

 廊下を歩いていると、下校する人らとすれ違う。


 湊は、弓弦葉の教室にたどり着くなり、チラッと室内を見渡す。が、彼女の姿はどこにもなかった。


 まさか、もう帰宅したとか?


 湊が考え込んでいると――


「湊君? どうしてここに?」

「ん?」


 背後を振り返ると、藤咲弓弦葉ふじさき/ゆづるはの姿があったのだ。


「いや、なんかさ、少し……弓弦葉と会話したいと思ってさ」

「そうなの?」

「うん、そうなんだ。今日は部活休みとか、世那先輩から聞いてさ。それで、今日は一緒に帰宅できる?」

「できるけど」

「どうしたの? 何かダメだった?」

「そうじゃないよ」


 二人がやり取りをしている最中、近くから気配を感じた。


「ちょっと、そこで話されると困るんだけど」

「ごめん」

「すいません……」


 丁度、教室に入ろうとしていた人がいた。

 湊と弓弦葉は、申し訳程度に軽く頭を下げ、教室の入り口から離れ、廊下の窓側の方へと移動したのだ。


「それで、今日は用事があるの?」

「うん、一応ね……私、さっき、やることを頼まれて」

「そっか、弓弦葉は、クラス委員長だったな。じゃあ、早く終わるように、俺が手伝うか?」

「申し訳ないよ」

「いいって」


 湊はどうしても今日、弓弦葉に本当の気持ちを伝えたかったのだ。

 だから引き下がることはしなかった。


「それで、どんなことをやるの?」

「それは、夏休みのパンフレットをホッチキスで留める作業なの」

「夏休み? なんかあったっけ?」


 湊は首を傾げた。

 そもそも、夏休みまで、後、四週間ほどある。

 まだ先の話ではあるのだが、今年の夏休みに何をするのだろうか?


「夏休み中ね、私のクラスでレクリエーションをやることになったの」

「そうなのか?」

「湊君のクラスでは何もしないの?」

「何もっていうか。まだ決めていない気が……でも、多分、やることはないだろうな」


 湊が在籍しているクラスの委員長的な人は、面倒くさがり屋なところがある。だから、夏休み中に学校に集まるとか、そんな遠回しなことはしないだろう。

 やるとしても、簡単なことしか帰宅しないと思った。


「でも、やっぱり、思い出は作っておいた方がいいと思うの。だから、私が企画したの」

「へえ、珍しいね。弓弦葉から、そんな企画するなんて」

「そうかも、ね……」

「ん?」


 一瞬、弓弦葉の表情が変わった。

 明るい雰囲気から、暗い表情になった気がしたのだ。


「んん、なんでもないよ。では、別の教室に行って、手伝ってもらおうかな」

「わかった、じゃあ、行こうか」


 窓際近くの廊下で立ち止まっていた二人は歩き出す。




「この用紙を、ページ数に合わせて、ここのところをホッチキスで留めるの。これで完成。あとは印刷ミスがないか、確認してくれればいいからね。でも、本当に単純な作業になってしまうけど」

「いいよ。弓弦葉がやるならさ、俺も手伝いたいっていうかさ」


 湊はそれらしいことを口にした。


 二人は今、学校の空き教室にいたのだ。

 静かな空間で作業することになった。

 でも、この方がいい。

 ただ、弓弦葉と会話ができる口実が欲しかった。


 二人っきりになれる時間ができれば、告白できると思う。

 この作業の流れで、自然な感じに、想いを伝えればいいだけである。


 ふと、つむぎの昨日の顔が脳裏をよぎった。

 彼女から後押しされているのだ。


 それに、紬と約束を交わしたのである。

 弓弦葉に告白すると――


 いざ、そういった状況になると、本当の気持ちをなかなか伝えられない。

 気恥ずかしくなるのだ。


 なぜだろうか。

 湊の心臓の鼓動が高まっていく。


 湊は印刷ミスがないかを確認しつつ、数枚の束になった用紙の左上のところを、ホッチキスで留めたのである。そして、目の前のテーブルに、それを置いた。


 湊は様子を伺うように、隣にいる弓弦葉をチラッと横目で見やったのだ。

 彼女は真面目に作業をしている。


 クラス委員長だからという理由もあるのだろうが、彼女は何事にも真剣なのだ。


 弓弦葉のために何かをしたい。彼女と一緒にいると、そう思えてくる。


「湊――」


 湊も真面目に取り組むことにした。


「湊君……? 大丈夫?」

「え?」

「先ほどから話しかけていたんだけど。もしかして、集中していたのかな?」


 気づけば、弓弦葉は、湊の顔をのぞき込むように見ていたのだ。


「あ、いや、まあ、そうかも……それで何かな?」

「……できたものは、私に渡してもいいから」

「ああ」


 湊がホッチキスで留めた紙の束は、テーブルの上にある。

 湊はそれを手にしようとした時、隣にいた弓弦葉の手と接触したのだ。


「ご、ごめんなさい」

「あ、いや、俺の方こそ……」


 緊張してきた。

 やけに意識してしまう。


 弓弦葉と一緒にいるだけでも、心臓の鼓動が高まっているのに。さらに、変な気分に陥ってしまい、彼女の方へ視線を向けることができなくなったのだ。


「はい……これ、終わったものだからさ」

「うん……。それと、ありがとね。手伝ってくれて」

「いや、当然のことをしただけさ」


 湊は照れた感じに言う。


「……」


 湊は一旦、押し黙った。

 けど、このままではいけないと思い、勇気を振り絞り、弓弦葉の方を見たのだ。


「湊君? 何かあるの?」

「な、何かあるっていうかさ。ちょっと言いたいことがあって」

「どんなこと……かな?」


 湊は心が揺れ動いている。

 緊張しているのだ。

 だからこそ、口を動かしづらくなった。


 でも、こんなんじゃダメだと思う。

 湊は伝えることにした。


「俺さ……その、好きなんだ」

「ど、どうしたの⁉」


 いきなりすぎて、弓弦葉から驚かれてしまう。

 それは当然のこと。


 なんの前触れもなく、突拍子のない形で放ったセリフだったからだ。


「好きって……?」

「俺、昔から、弓弦葉のことが好きだったんだ。だからさ、返事を聞きたいんだ……でも、急すぎるよな」

「……」


 弓弦葉は両手で口元を抑えているだけで、特に何かを伝えてくることはなかった。驚きのあまり、声を失っているのかもしれない。


「……湊君。でも、ごめんなさい……以前も言ったけど。婚約者がいるの」

「だ、だよな……」


 湊は苦笑いを見せる。内心、苦しかったのだ。


 婚約者がいると、この前から知っていた。だとしても、想いを伝えたかったのだ。

 後悔しないためにも。自分に嘘をつかないためにも、必要だと思ったからである。


 けど、今、弓弦葉に正式にフラれてしまった。


 でも、本当の心を打ち明けられたことで、湊はホッとした感じに息を吐いたのである。

 そして、手に持っていた最後の紙の束を、ホッチキスで留めたのだった。

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