第20話 先輩って、弓弦葉先輩のことが好きなんですね

「俺はさ――」

「うんうん」

「――そういうことなんだ」

「そうなんですね」


 同じテーブルに座る高井紬たかい/つむぎは、湊の話に相槌を打つ。


 彼女は、湊の悩みと真摯に向き合っているようだ。


「湊先輩って、そういうことなんですね」

「ん、何が?」

「だって、この頃、弓弦葉先輩ばかり、チラチラと見ていたじゃないですか」

「は、いや、そんなはずは……」


 貴志湊きし/みなとは焦った。

 視線をキョロキョロさせてしまう。


 テーブルに反対側に座り、コップを触っている紬と視線を合わせられなくなった。


「先輩ー、ちょっと焦ってない?」

「ば、バカ、違うだろ、そんなこと。勘違いするなって」

「へえ、なんか、怪しいですけど……それに、楓音先輩のような話し方になってますけどね」

「いや、あいつとは一緒にしないでくれ。あいつとはな」

「まあ、そういうことにしておきますけど」

「……」


 湊は一旦、冷静さを保つため、テーブルに置かれたジュースを口に含んだ。


 メロンソーダである。

 先ほど、ファミレスの店員に注文し、会話する前に、ドリンクバーで注いでいた。


「湊先輩って、弓弦葉先輩のことで悩んでいたんですね。大体はわかりました」


 紬は手にしていたコップを持ち上げ、飲んでいた。

 彼女のは、カルピスである。


「でも、弓弦葉先輩には、婚約者がいるってことですよね?」

「ああ、そうらしいな」


 湊は頷いた。


「それでいいんですか? 好きなんですよね?」

「それは……」

「なんで、好きになったんですか?」

「なんでって……それは、やっぱりさ……一緒にいることが多くて。彼女のことを知る機会が多かったし。一緒にいて、安心するというか。幼馴染だからなのかもしれないけどさ」

「ふむふむ……」


 紬は相槌を打っている。

 ちゃんと話を聞いているようだ。


「だったら、どうして、自分の気持ちを伝えないんですか?」

「それは……やっぱ、弓弦葉の本当の気持ちなんてわからないし。言い出せないっていうかさ」

「意気地がないですね」

「え?」

「でも、私も……その気持ちわかります」

「本当にか?」

「はい……私も、そういう経験、ありますし、うん……」


 紬は自身に納得した感じに、勝手に頷いていた。


 湊は何だろうと思いながらも、その光景を見ていたのだ。




「でも、何もしないと、奪われてしまいますよ」

「そうだよな……」

「なんか、のんきですね、湊先輩って」

「別に、のんきじゃないさ。俺だって、内心、めちゃくちゃ焦ってはいるから」

「本当ですか? そんな感じしないけど」

「してるんだって……それを表に出さないだけで」

「……そんなに焦っているなら、もう答えが出ているんじゃないですか?」


 紬から強い口調で言われる。


 普段と違う発言の仕方。


 湊はドキッとした。


 なんで、こんなに、情けないんだろうと。湊は、紬の発言を耳にし、思ってしまったのだ。


「そうだよな……自分の気持ちは大切にしないとな」

「そうです。早くしないと、何もかもが水の泡になってしまいますからね」


 年下の彼女に言われ、納得してしまう。


 湊の方が一年人生の先輩なのに、今となっては逆に教えられる立場になってしまっていた。


 湊は昔、紬に勉強を教えていた。

 なんか、懐かしい気分に陥ってしまうのである。


「どうしたんですか? 湊先輩?」

「いや、なんでも」


 皆、成長しているのだと思い、湊はちょっとばかし、嬉しくなった。


 そろそろ、前向きに考えた方がいいだろう。

 決心を固めるかのように、湊はもう一度、メロンソーダを口にしたのだ。






「では、食べましょうか」

「そうだな」


 湊はスプーンを手にした。


 ここのファミレスでは、バイキング仕様になっている。


 先ほど湊と紬は、皿にライスとカレーをよそってきた。


 ファミレス店内で話し込み過ぎて、少々、お腹が減ってきていたのだ。

 元々、湊が紬とやり取りをするために、立ち寄った。

 が、長居をし過ぎたせいで、二人は一番お得なバイキング仕様で、食事をとってから帰宅することにしたのである。


「ここのカレーライス、結構美味しいんですよね。湊先輩、知ってます?」

「知らなかったよ。この前、初めて訪れたくらいだしな」

「そうなんですか? 絶対に後悔してますから。一回お金を支払えば何度でも食べられる仕様なので、おかわりした方がいいですよ」

「そこまではいいよ」

「湊先輩は、自宅に帰ってから、夕食食べるんですか?」

「今日は食べないかもな」

「でしたら、ここで夕食を済ませた方がいいのでは?」

「……」

「どうしたんですか?」

「なんでもない……」


 湊はお腹が減っていた。

 しかし、弓弦葉ゆづるはの件があり、そこまで食事が進まなかったのだ。

 気が乗らない。


 湊はゆっくりとスプーンでカレーとライスを掬い、口へと運んだ。そして、咀嚼する。


「美味しいですよね?」

「ああ……」


 湊はジーッと、カレーライスを見て、スプーンを持っている右手を止めた。


「でも、弓弦葉先輩に伝えたいことがあったのなら、早めに言った方がいいですからね」

「……」


 湊は内心、弓弦葉に本音を打ち明けたいと思っていた。けど、どんな反応が返ってくるか、考えてしまうと体が縮こまってしまうのだ。

 そろそろ、勇気を出さないとな……。


「ねえ、元気出した方がいいよ。ね? じゃあ、私が食べさせてあげよっか? 先輩」


 紬は席から立ち上がり、テーブルの反対側に座っている湊の口へと、カレーとライスを掬ったスプーンを近づけてくるのだ。


「はい、あーん、してください」


 紬は湊に口を開けるように言ってくる。


「急になんだよ……でも、それ、紬が口にしたスプーンでは?」

「バレましたか」

「もしかして、わざとか?」

「違いますけど。そういうことはいいですから、早く、あーんしてください」


 紬は強引に湊の口元に、スプーンをさらに近づけてくる。

 あとちょっとで、口元に、紬の口の中に入ったスプーンが当たりそうだ。


「いや、いいよ。やっぱり」

「先輩って、弓弦葉先輩の口がついた方がいいですよね?」

「そういう意味でもないけど……」

「……でも、湊先輩。悩んでばかりだとよくないですから。今週中には、弓弦葉先輩にハッキリと言ってくださいね。言ったかどうかを、私に教えてください」

「なんで、紬に教えないといけないんだよ」

「じゃないと、いつまで経っても、湊先輩は本当の気持ちを、弓弦葉先輩に言わないと思ったので」

「わかった。弓弦葉に言ったら、紬に報告するから」

「約束ですからね。私、早く湊先輩の明るい姿をみたいので、お願いしますね」


 紬は軽く笑みを見せ、スプーンを持っていた手を引っ込め、彼女は椅子に座りなおす。

 そして、紬は湊へと向けていた、カレーライスがのったスプーンを自身の口へ含んでいたのである。

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