第12話 先輩、昔の件は、ありがとね

「ここのアイス、結構、美味しいですよね?」

「そうだな」


 貴志湊きし/みなと高井紬たかい/つむぎは、先ほどボーリングを終え、あのビルを後にしていた。

 今は、街中のデパートの休憩スペースのベンチに並んで座っている。


「ですよね。私、結構、街中に来ることが多いので、色々知ってるんです」

「へえ、そうなんだ。休みの日って、いつも街中に来るの?」

「そうですよ。家にいるよりも外にいる方が好きなので」

「そっか」

「それで、湊先輩って、普段何してるんですか?」


 左隣のベンチに座っている紬が楽し気な口調で言う。


「俺か……漫画読むとか」

「それだけですか?」

「それだっけっていうなよ」

「でも、それだけだと、つまらない気がしますけど」

「そんなの勝手だろ。休みの日なんだし」

「そうですけど。やっぱり、休みの日は有効活用しないと勿体ないですよ?」

「そう?」


 湊は首を傾げた。


「では、私が色々なところに連れて行きましょうか?」

「どこ?」

「それは先ほども言った、この近くのランニング場です」

「いいよ。どうせ、走るんだろ?」

「嫌なんですか?」

「嫌ではないけど……」


 湊はそう言いながら、隣にいる紬の爆乳が視界に入るのだ。


 走るとなれば、必然的に紬の揺れる胸を拝めることになる。

 それはそれでいい。

 むしろ、見たいとさえ思う。


 けど、休みの日まで走るのは辛い。

 どうしようかな……。


 湊はコーンタイプのアイスを手に、考え込んでしまう。

 んん……。


 悩みどころであり、湊の中で、葛藤していたのだ。


「み、湊先輩」

「なに?」

「零れてます」

「ん?」


 湊は何のことかわからなかったが、零れているという言葉に反応し、アイスのことだと察した。

 ハッとし、右手に持っているアイスを見たのだ。


「ヤバ――」


 湊はアイスの先端が崩れる前に、口で何とか押える。


「危なかったですね、湊先輩」

「う、うん……」


 湊は口元でアイスを整え、顔を離す。


「教えてくれてありがとな」

「いいえ。普通のことをしたまでです」


 刹那、湊の頬に触れるものがあった。

 ん?


 チラッと横目で左を見ると、そこには紬の顔があった。


「湊先輩、頬っぺたにもついてますから」

「――⁉」


 湊は驚き、頭が真っ白になる。


 急すぎて、変な声を出してしまった。


「え、え? な、なに?」

「何って、ほっぺの汚れを取ってあげただけだよ♡」

「……」

「もしかして、恥ずかしいの?」

「……しょうがないだろ。急にそんなことをやられたんだからさ」

「でも、いいじゃん」

「……」

「一応、デートなんですよね?」

「まあ、一応な」

「じゃあ、良しってことで」

「勝手に結論付けるなって」


 湊は溜息を吐いた。

 そして、何かが床に落ちる音がする。


 視線を下に落とすと、そこにはアイスの先端が落ちていたのだ。

 先ほど先端を整えたはずなのに、結果として終了してしまった。


「えーあ、ドンマイですね。私の食べますか?」


 紬が自身のアイスを見せてきた。


「どうします?」


 今、紬が手にしているアイスは、口づけをされたモノ。

 これを食べたら、間接的な口づけになってしまう。




「……ど、どうした? 急に、そんなことをしてきてさ」

「いいじゃん」


 紬は笑みを見せ、はにかんだ顔をする。


「ねえ、食べる、食べない? 湊のアイスって、もう落ちちゃったじゃん」


 どうすればいいんだ?

 これは食べた方がいいのか?


 これは、単なる部活の一環で付き合っているだけで、別に彼氏彼女の関係じゃない。


「えっとさ、どうして、俺にそんなことをしてくるんだ?」

「どうしてって、知りたい?」


 紬の雰囲気が比較的大人しくなった。

 明るい感じではなく、一人の女の子のような視線を向けてくる。


 意味深な空気に包まれた感じになった。


 紬……一体、どうしたんだ?




「私……湊のことがね」

「……」


 何を言おうとしてるんだと思い、湊は押し黙る。


 けど、紬の表情を見て、何となく察することができた。

 彼女は湊のことを意識しているのだと。


「まさか……紬って、俺のこと?」

「どうだろうねぇ」

「え? どういうこと?」

「もしかして、私が先輩のこと、好きだと思ったんですか?」

「違う?」

「さあぁ」


 紬はニヤニヤとしていた。


「焦らすなって」

「でも……」

「ん?」

「なんでもないです。じゃあ、新しいの買いに行きますか? 私が買ってきますよ?」

「え、あ、ありがと」

「さっきと同じのにします?」

「ああ。それでお願いする」

「じゃ、行ってきますね。湊先輩は、床に落ちたアイスを片付けておいてくださいね」


 やり取りを終えると、紬は駆け足で、休憩スペース近くのアイス売り場へと向かっていくのだった。


 湊は落ちているアイスを片付ける。

 さっきの紬の表情。

 どこか意識しているような瞳をしていると思った。


 紬が誰とも付き合わない理由って……。


「いや、まさかな。俺のことが好きだとかって」


 紬とは、ランニング部に所属する前から、ある程度の繋がりはあった。




 中学時代、湊は紬の家庭教師をやっていた。

 本格的な感じではなく、両親同士が知り合いだったこともあり、気軽な関係性で勉強を教えていたのだ。

 そのことも関係しているのだろうか?


 色々な思いが重なり、悩む。


 湊は拾ったアイスをゴミ箱に入れ、汚れた床を近くにあった紙のようなもので拭いた。


「湊先輩?」

「え?」


 紬が戻ってきていた。


「湊先輩? 買ってきましたよ。これは私の奢りなので、お金のことは気にしないでくださいね」

「ありがと。なんか、奢ってもらってばかりで」


 湊はコーンタイプのアイスを受け取った。


「いいです。昔の件もありますし」

「昔……家庭教師のとか?」

「うん。そうだよ。あの時は、ありがとね。助かったし」

「あれは、まあ、成り行きだったけどさ。紬のためになったのなら、よかったよ」


 紬とは幼馴染というわけでもないけど、それなりの繋がりのある間柄。

 一緒にいて楽しいと思えるのだが、付き合おうという気にはなれなかった。


 一歳離れた妹のような存在。

 今まで通りの距離感で、関わっていきたかったのだ。


「湊先輩って、好きな人っているんですか?」

「なんで、そんなことを?」

「何となく知りたくなったの」

「一応、いるけど」

「……そ、そうなんだ。だよね。高校生だし、いるよね。好きな人くらい」

「……まあ、そうだな」


 恋愛関係じゃないけど、恋愛的な話をし始めると、妙に紬のことを意識してしまう。


「私ね……」


 紬は何かを口にしようとしたが、すぐに口を閉じ、なんでもないと言い、誤魔化した笑い方をするだけだった。

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