第11話 先輩? そんなところで何してるんですか?

 貴志湊きし/みなとは知ってはいけないことを昨日、見てしまったのだ。

 嫌な気分がする。やはり、知らない方がよかったかもしれないと思ってしまう。


 土曜日の朝。

 モヤモヤした心境の中、湊はベッドから上体を起こす。


「……やっぱり、臨時監督だったとしても、見て見ぬふりはできないよな」


 先生からランニング部のことを任されているのだ。

 一応、部員らの周辺情報管理は必要だと思った。

 後々、事件に巻き込まれたとしても厄介だろう。


 湊は一旦、ベッドから立ち上がり、自室から出た。

 あの場所に行く必要があるため、手っ取り早く支度を済ませる。




 自宅を後にしてから、数分程度――


 街中には少々早くに来てしまったのかもしれない。

 まだ、入ろうと思っていたビルの入り口が空いていなかった。

 スマホ画面を見る限り、時刻は、九時前である。

 あと数分ほど近くの場所で待っていることにした。




 街中の公園に入り、一旦、休息をとるように、ベンチに腰掛ける。

 あとは九時過ぎたら、あのビルに向かえばいい。

 そんなことを思い、スマホを片手にする。


 昨日、弓弦葉ゆづるはに教えた漫画アプリを開き、簡単な時間潰しをするのだ。


「あれ?」


 そんな時に、声を掛けられる。

 そのハッキリとした明るい話し方。

 顔を見なくても、何となくわかったものの、同時に、なぜ、この時間にと思う。


「湊先輩もここにいたんですね」


 顔を上げると、近くには高井紬たかい/つむぎの姿があった。

 彼女は私服に身を包み込んでおり、湊の左隣に座る。


「どうした、こんな朝早くにさ」

「湊先輩こそ。私は、休みだったので、街中に来ただけですよ?」

「そうなのか?」

「うん」


 紬はハッキリと頷いた。


「湊先輩は? 何か用事とかあったんですか?」

「まあ、あったというか。まあ、そうだな」


 爆乳の紬は、距離を詰めてきた。

 彼女は豊満な胸がハッキリと見える。


 紬が爆乳であることは確かなこと。

 私服に包み込まれ、その大きさを正確に知るすべはない。が、他のランニング部と匹敵する膨らみであることは間違いだろう。


 紬がちょっとでも動く度に、その胸が湊の左腕に当たる。

 ……これで、冷静を保てるのか?

 そんな不安な感情に襲われた。


「どうしたんです、湊先輩?」

「なんでもないからさ。まあ、俺がここに来たのは、ランニングの一環としてだから」

「……そうなの? ランニングするため?」

「ああ」

「だったら、いい場所あるよ」

「ん?」

「湊先輩、ランニングしたいんですよね? でしたら、ランニングしやすい場所が、この近くにあるんです。そこを紹介しましょうか?」

「え、いや。そこまでは」

「でも、本格的にやるなら、それなりの場所で走った方がいいと思いますよ」


 適当に誤魔化そうとしたのだが、話の流れが逆におかしくなってきたような気がする。


「私は、ゲームセンターに来たんですが、走るなら、私も走りますよ。どうです?」

「それは……」


 どうすればいいんだ?


 面倒なことになってきたと思いつつ、考え込んでしまう。

 本当のことを言った方がいいのだろうか?


 悩み、そういった結論に至る。

 だがしかし、楓音のことを言わなければいけなくなるのだ。

 どうしたものか。

 次第に、紬の方を見れなくなった。


「湊先輩……もしかして、別の理由があるんじゃないですか?」

「……」

「そうなんですか?」


 左にいる彼女が爆乳を、湊の腕に押し付けながら問う。


「……そ、そうだけどさ」

「ですよね」


 紬がホッとした息を出す。


「どこに行く予定だったんです?」

「……とあるビルに」

「ビル? ビル中に何かあったんですか? もしかして、カラオケとかに行く予定だったんですかね?」


 紬から問われているわけだが。

 紬は楓音のことを知っているのだろうか?

 湊はチラッと、彼女の方を見た。


「紬って、楓音から何か聞いてないか?」

「楓音先輩から? どんなことですか?」

「それは、休みの日に何かをやっているとか?」

「んん……それは聞いたことないですけど。楓音先輩は、あまりプライベートなことは離さないですし。そこらへんはわからないですね」

「そっか。知らないか」

「はい」

「紬って、バイトしてる?」

「バイト? してないですよ。学校の決まりで、できないとか、私、入学した時に聞きましたけど?」

「だよな」


 湊は相槌を打つように頷いた。






 紬には、楓音かのんがバイトみたいなことをしているとは言わない方がいいだろう。

 だから、何となく、ビル中に行こうという話を切り出した。


「ビル中? 私も行きたいです。何をするんです? カラオケ? それともボーリングとか?」

「じゃあ、ボーリングかな」


 湊は咄嗟に口にした。確か、そのビルには、ボーリング場があったはずだ。売る覚えでハッキリと覚えていないが、そんな気がした。


「ボーリング? いいですね。私、そういうの好きです」


 紬は元気よくベンチから立ち上がる。


「では、街中近くにあるランニング場については後で教えてあげますから」

「ありがと」


 湊は一応、頭を下げた。

 そして、湊も立ち上がり、目的となるビル方面へと歩き出したのだ。






 湊と紬は、目的としていたビル前に佇んでいる。

 九時過ぎたあたり、ビルの扉は空いていた。

 紬には、楓音がこのビルでバイトをしているとかは伝えていない。

 余計なことを話しても、後々、楓音から恨まれるに決まっている。


 本心を隠しながら、湊はビルの入り口付近にあった、フロア名が記された掲示板を確認した。


「……一階は、スクエア会場か……」

「一階がどうかしましたか?」

「あ、いや、俺の独り言さ」

「ふーん、そう?」


 紬は首を傾げつつ、疑問気な態度を見せていた。


「じゃ、エレベーターに乗って行きましょ。ボーリング場は五階? ですよね?」

「そうだな」


 湊は掲示板を見、確認しながら返答した。


 エレベーターで五階に到着すると、入り口を通り、受付を済ませる。

 そこから、専用シューズに履き替え、自分に合ったボーリング球を選ぶ。


「では、やりましょう。はじめはどうします? 私からでいいですか?」

「あ、ああ……」


 湊はレーン近くにある椅子に座り、紬を見やった。


 紬が持っているボーリング球は、彼女のおっぱいの大きさとほぼ同じである。

 あんな大きなものを日々背負って歩いていると考えると、むしろ、尊敬してしまうほどだ。


「湊先輩?」

「な、なんでも。というか、紬からやっていいよ」

「じゃ、やりますね」


 紬はボーリング球を持ち、レーンのところまで向かうのだった。

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