第15話 教会の申し出

 暗闇の中でそこだけが明るく光る。

誰かが立っている。

目を凝らすとそこにいたのは。

「お嬢様?」

悲しい顔をして立ちすくんでいるマディアの姿。

まだ使用人たちに愛されていた頃のドレスをはためかせる。

「どうしましたか」

近づこうとしているのに歩を進めるたび。

地面が音もなく動き離れていく。

手を伸ばしても届かない。

走っても遠ざかるばかり。

風が吹いたのか髪が揺れた。

影の中に消えていく。

最後に見たのは涙を流すマディアお嬢様。

声は聞こえないのに何を言っているのかわかった。

『ごめんね。さようなら』

何をそんなに思い詰めた表情で謝るのか。

「すぐにお迎えにあがりますから。待っていてください」

足がもつれ転んで地面に手をつくと。

大きな穴が空いていた。

どこまでも落ちていく。

「マディアお嬢様!」

陽光差し込む部屋で天井に向かい手を伸ばしていた。

「ここはどこだろう」

先ほどの暗闇の中のお嬢様は夢だったのだろうか。

昨日はシャンのお祈りを邪魔しないように椅子に座ったまま。

「寝てしまったんだ」

目を擦りながら辺りを見渡す。

質素だけれど掃除の行き届いた部屋。

「んんっ。ロゼおはよう」

声がして振り返ると同じベッドで眠る一糸纏わぬシャンの姿。

陽光の中首を傾げる様は絵画のように美しい。

そんなことを思っている場合ではない。

シーツを持ち上げ自分の体を確認する。

昨日借りた服をきちんと着込んでいた。

「ふう。よかった何もないみたい」

絵の中の麗しい女性が微睡の中、伸びをする。

目に毒だと思い急いで逸らす。

動く気配が止まったのでそっと目をやると。

こちらを見て微笑むシャン。

音もなく顔が近づき耳に息がかかる。

「髪に何かついているわ」

唇を奪われると思った。

「期待しましたか」

「っ何を」

服の上からでもわかる感触が体を包む。

「してもいいよ」

「しないですよ」

「残念。良い体してるのに」

「ちょっ。どこ触ってるんですか」

どうにか洋服を着てもらい下の階に降りる。

「もう。ああいうのはやめてくださいね」

「そういえばロゼは昨日どうしてあそこに」

修道女の服を着ると雰囲気が違い厳かな様相に。

「女性が一人でいるのは危ない場所よ」

「お仕えしている方をそこで見失ってしまって」

「あの萌葱の瞳のお嬢様よね」

嬉しそうに話すシャン。

容姿やどこの出身なのかあまりにも詳しく聞かれた。

実はお嬢様の知り合いなのだろうか。

「だってロゼの大切な人なんでしょう」

「そうなんです可愛らしいお方なのに」

どれもわかってくれないんですと吐露すると。

目を少し伏せ悲しそうな表情を見せ。

「辛いことを言うようだけれどね」

もう手遅れかもしれないと苦しそうに口にした。

髪の毛が散乱していたでしょう。

あそこで身売りに捕まったか。

殺された可能性が高いと思うのよ。

「お嬢様はそんなにひ弱じゃありません」

つい語気を荒げてしまった。

振り上げた手を包み込み気の済むまでここにいるといいと。

泣きじゃくる私の頭を何度も優しく撫でてくれた。

「大丈夫よ。私たちも一緒に探すわ」

任せなさいすぐに見つかるわと胸を叩くシャン。

その日は教会の中を紹介してもらい。

翌日から朝は日の出とともに目覚め。

臍のない女神に祈りを捧げた。

午前は他の人たちとともに畑の管理を手伝い。

午後は修道院の方たちは書類整理。

資金集めのために冒険者をしている修道女もいるので。

そちらと一緒に街に出てお嬢様の情報探しに。

道中目立たないようにと教会の服も貸してくれた。

後から聞いたのだがここはクルス教会というらしい。

屋敷にいた時とは違い命を狙われることも。

使用人たちに蔑まれることもない幸せな空間。

お嬢様を見つけたらここで一緒に暮らすのがいいかもしれない。

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