第14話 寂れた教会の修道女

 蔦に覆われた煉瓦造りの古い教会の前に立つ。

埃の積もる窓には女神を象ったステンドグラス。

所々綻びが気になるが。

昔からあった教会なのだろうか。

「狭いですがこちらからお入りください」

蔦に覆われ一見しては確認できないところから扉が現れる。

屈んでくぐり抜けると広い空間に出た。

天井には一面に翼を広げている黒龍のモザイク画。

木が腐り落ち座れなくなった長椅子がいくつかと。

豪奢だった過去が感じられる剥がれた内装。

夜中なので教会の人々は寝静まっている。

起こさないように小さな声で話す。

「我が教会の女神は翡翠の君です」

「ひすいのきみ…」

「愛する人を奪われ黒龍と化した女神」

「ドラゴンがここの女神なんですか?」

「えぇ。その通りです」

「でも女神像は人のようですけど」

口角を上げ微笑むと修道女は説明を始める。

愛しい人を無惨に殺された女は黒龍になり天罰を与え。

人の姿に戻った際には死した恋人の髪の色に瞳が変わり。

龍に変貌したことにより臍がなくなった。

「ただ幸せを追い求めただけの普通の女性だった…」

愛する人に触れるように女神像を撫でる。

目尻が下がり蕩ける瞳の奥。

澄んだ緑石の瞳がこちらを見つめていた。

「傷の手当てをしましょう」

案内されたのは細い通路を曲がった先の応接室。

簡素な木の椅子が数脚と何かの植物が置かれている。

「そういえばお名前をお伺いしていなくて…」

「ふふっ。そうですね忘れていました」

私がお嬢様にロゼと名付けてもらったことを伝える。

「可愛らしいあなたにぴったりの名前ですね」

彼女は昔の名前は教会に身を捧げた時に捨て。

今はシャンと呼ばれているそうだ。

「大切なお嬢様はどのような方なのかしら」

「亜麻色の髪に萌葱の瞳がよく似合う美しい人です」

「へぇ。そうなのね」

シャンが目を見開いたような気がしたのだが。

気のせいだろうか。

優しく微笑んだまま小さな声で呟く。

「…萌葱の瞳ですか。それはそれは…」

軋む椅子に腰掛け傷口に薬草を潰した薬を塗る。

痛みに歯を食いしばっていると。

「すぐに痛くなくなりますから」

もう少しの辛抱だと手を添えられる。

「洋服はこちらを着てくださいね」

簡単に着られるものを選んでくれたようだ。

傷があって大変だろうと指が鎖骨を這う。

肩口の布をずらす。

息がかかるような距離だ。

吐息が漏れる。

「シャンさん。ひとりで着替えられます」

残念そうな顔をした気がするが了承して部屋を出る。

薄い扉の向こうからシャンが話す。

「着替えが終わりましたら先ほどの場所に」

「わかりました。着替え次第向かいます」

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

女神像のある広間に戻ると。

シャンは両膝をつき指を組み祈りを捧げていた。

声をかけるのも気が引けて無事そうな長椅子に座る。

今日は朝から気を張っていたからか。

瞼がゆっくりと閉じてゆく。

耳元でシャンの甘い声が囁いた。

「おやすみなさいロゼ。また明日」

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