第13話 貧困街の教会

 誰にも見つからないように屋敷を出ていくお嬢様。

その背を追いかけ街に出てきたところまではよかった。

死んだも同然のところを拾っていただいた恩を返す時と。

意気込んでマディアお嬢様の父上にも啖呵を切ったのに。

辺りを見回すもお嬢様の姿は見当たらない。

「ここはどこ?」

すぐに迷子になってしまった。

見失わないように追いかけていたはずなのに。

角を曲がるとマディアお嬢様の姿はどこにもなく。

夜道に一人立ちすくみ途方に暮れる。

佇む家屋がこちらに迫ってくるような気がした。

「怖いなんて考えている場合じゃないわ」

気合を入れ直し探し方を見直す。

お嬢様は見えないし向かう場所もわからない。

それならば一番の近道は…。

「急がば回れ。ロゼ頑張るのよ」

自分を鼓舞し地道に探すことに決める。

一本ずつ路地裏まで残さず確認していく。

「広場から通じる道はここで最後よ」

首都のハズレにある貧民街スタク。

非合法な悪事が我が物顔で闊歩する場所。

こんなところに高貴なお嬢様がいるとは到底思えないが。

「待っていてくださいね。すぐにお迎えにあがりますから」

路地に入ってすぐに黒い外套を着込む男とぶつかる。

フードから緑青色のガラスの耳飾りが光るのが見えた。

振り向くこともなく男は歩き去る。

「何よそっちがぶつかってきたんでしょ。謝りなさいよ」

騎士団の剣を帯刀しているくせに騎士道精神のかけらもない。

「不届き者め。今度騎士団に報告してやるんだから」

ふと男の歩いてきた方向が気になった。

暗く先の見えない貧困街の奥を覗く。

風に舞った何かが目に入る。

痛みに目を擦りそちらを見やると落ちていたのは。

乾いて茶色くなった血がついた髪。

「この色はお嬢様の…」

マディアお嬢様は誰かに襲われたのだろうか。

誘拐でもされてしまったのかもしれない。

見渡しても騒ぎにはなっていないようだ。

声を上げることもできない状況だったとしたら。

「どうしよう」

空を見上げてもお嬢様はいない。

「落ち着かないと」

まだ恩返しができていないのよ。

そんなに簡単に連れ去られたり傷つけられるお方じゃないわ。

きっとご無事なはず。

背後から奇妙なうめき声が聞こえ振り返ると。

片腕のない男が息を荒げ襲いかかってきた。

刃物を振り回したその目は焦点があっていない。

赤く光る魔物のような瞳。

人型の魔物にしては低い魔力。

「人間なんだよね」

口から出る息は冷たく烟っている。

突然高く振り上げた拳。

逃げられないと思い咄嗟の腕を上げたけれど。

絶叫が闇に吸い込まれて消えた。

「痛くない…」

確実に殴られると思ったのに。

恐る恐る面を上げると。

半狂乱になった男を素手で拘束している修道女の姿。

肩までの薄茶の髪に灰色の瞳の優しそうな女性。

華奢なその体のどこかそんな力が出ているのか。

一本しかない腕を掴まれた男は怯えるような顔をして。

手を離した瞬間走って逃げてしまった。

「お召し物が汚れてしまったわね」

うちで怪我の治療もしましょうと。

修道女に連れて行かれ着いたのは蔦に覆われた教会。

スタクの貧困街の奥に教会があったなんて知らなかった。

見たことのない紋章が扉に刻まれている。

「翼が片方しかないドラゴン…」

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