第56話 勇者フォルス=ヴェル

 ララはフォルスの深い優しさを知るが、それでも彼を止める。


「やめて。私の個人的な恨みで、せっかくの勝利に水を差せないから」

「ララ……でも……」

「いいの、フォルス。レムも、取り乱してごめんなさい」

「いえ、問題ありません。ですが――」


 ララは手のひらを見せてレムの声を遮る。

「ありがとう、みんなの気持ちは嬉しいし、本音を言えば今もまだ取り乱してる。でも、確信を得たから!」



 彼女は指先をルフォライグへ突きつける。

「悔しいけど、私だけじゃ届かない! でも、みんなに力を貸してもらえばパパとママの敵を討てる! だから今は引き下がってやる! ありがたく思いなさい!」

「ああ、感謝しよう。自由奔放な娘だと聞いていたが、やはりセルジェとカーラの子だな。高ぶり抑え、心を冷やすすべを知っている」

「気安くパパとママの名前を口にするな、ルフォライグ!!」



「…………それでは、退かせてもらう。良いかな?」


 彼の声にシャーレは小さな鼻息を漏らして答える。

 それを肯定と受け取ったルフォライグは瞳を転送魔法陣に向けた。

 すると、転送魔法陣の力が反転して、地上に散らばっていた魔族の姿が揺らぎ消え始める。


「我々は転送魔法陣を使い、家へ戻る。去り際に、勝者へ一つ情報を渡そう。シャーレ様」

「なに?」

「今回のような転送魔法陣はそうそう運用できません。勇者不在の王都という好機を生かすために『無茶』をして生んだものです。ですので今後、これほどの大規模転送を用い、直接どこかを襲うということはできません」


「その言葉を信じろと?」

「これでは足りませんか? では『無茶』の部分をお話ししましょう。大規模転送魔法陣には生贄と装置が必要。その装置が今回の使用で不具合を起こし、修復が不可能なんですよ。セルジュとカーラほどの天才がいれば別でしょうが」



「パパとママが……?」


 か細いララの声。

 ルフォライグはその声に意識を向けることなく、まっすぐシャーレを見つめる。

「これに加え、このルフォライグの名を掛けましょう……まだ、足りませんか?」

「いえ、あなたの名は安くない。これ以上の疑念は静めましょう」

 シャーレはジトリとした目でルフォライグを見る。

 彼は眉を折って答える。


「……やはり足りてないようですね」

「いいから行きなさい、次はしっかり殺してあげるから」

 


 シャーレは面倒そうに手のひらを振った。

 これにルフォライグは苦笑いを浮かべて、大きくさっと手を振るう。

 すると、四騎士の姿が揺らぎ消えて、ルフォライグもまた揺らぎ消えた。


 王都前に広がる草原から魔族の姿はなくなり、喧騒に満ちていた戦場に静かさが訪れる。

 フォルスは瞳に涙を残すララへ優しく声を掛けた。


「ララ、大丈夫?」

「……うん、まぁ。自分では心の整理をつけてたつもりだったけど全然ダメだったみたい。ごめんね、迷惑を掛けちゃって」


 彼は無言で首を横へ振るう。

 そして、シャーレへ顔を向けた。

「シャーレ」

「私も大丈夫。民から裏切られた思い、側近から裏切られた思い。あなたと出会ったときは怒りが心を塗りつぶして何も見えてなかった。でも、フォルスたちと旅をして、自身を振り返る時間を得られた。私は魔族の王として、未熟だった」


 シャーレは体の正面をフォルスへ向けて、深く頭を下げて、謝罪と礼を述べた。

「私はあなたの命と大切なものを子どもじみた癇癪で奪おうとした酷い女。ごめんなさい。だけど、そんな私をあなたは許してくれた。ありがとう。あなたの優しさに私は救われた」


 そう言葉を発したシャーレの瞳にはいつものような思い込み、一方通行の想いは存在しない。

 自身の心をしっかりと見つめ、フォルスの姿を見ている。

 その視線を受け止めたフォルスは心に声を広げる。



(彼女の視線は俺を見ている。俺の後ろを見ていない。どういうことだろう? 彼女の心の変化がそうさせているのか? いや、あの奇妙な視線はシャーレだけのものじゃない。アスカやラプユスやレムも持っている。彼女たちの背後への視線はどう説明する?)


「フォルス、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。いつもと違うシャーレの雰囲気に少し見惚みとれてしまっただけだから」

「~~~~っ!!」


 シャーレは顔を真っ赤に染め上げて、頭から蒸気を飛ばす。

 すると、アスカがフォルスの脇腹を殴った。


「これ、何を口説いとる?」

「痛っ、別に口説いてねぇよ。彼女の中で何かが変わった。そう思っただけだし」

「言い方がそう感じさせん。ふむ、おぬしの中でもシャーレを見る目が変わったのかもな」

「そうかな? ふふ、なんだろうね。自分の心なのによくわからないな」

「心とはそんなもんじゃ。さて、魔族も去り、戦争も終えた。これから、おや?」



 蹄の音が近づいてくる。

 皆が音の方へ顔を向けると、そこには白馬に跨る大将軍ウォーグバダンの姿があった。

 彼はフォルスたちの前まで来ると、馬から降りて深々と頭を下げる。


「あなた方がいなければ王都は陥落し、セルロス王国は滅びていただろう。感謝の意をどれだけ言い尽くそうと足らぬだろうが、ありがとう。感謝する!」

「頭をお上げください、ウォーグバダン様。俺は当然のことをしたまで。みんなもそんな俺に力を貸してくれただけですから」


「まだお若いというのに、力に驕らず謙虚ですな。さすがは勇者殿」

「いえいえいえ、たしかに勇者を目指していますが、俺はまだ公認を得ていませんし」

「何を言いますかっ? フォルス殿ほどの実力と王都を救った功績があれば公認を得られること間違いなし! それにそのようなものがなくとも、あなたが勇者であることは間違いない! ご覧ください。あなたを称える声を!!」



 ウォーグバダンはそう言葉をぜて、後ろに広がる草原に大きく手を振った。

 そこには数万の兵士たち。

 彼らは口々にフォルスの名を唱える。


「勇者フォルス! 勇者フォルス! 勇者フォルス! 勇者フォルス! 勇者フォルス!」


 人々の声は大地に響き、空を振盪しんとうさせる。

 フォルスの体を駆け抜けていく熱籠る声。

 その熱に当てられてか、フォルスの心にも熱情が走る。


「こ、これは……」

「公認などなくとも、皆がフォルス殿を勇者だと認めている。ふふ、勇者とは本来こうあるべきだろう。公認などというものではなく、多くが自然と認めるもの」

「将軍?」


「おおっと、これでは制度批判のように聞こえてしまいますな。フォルス殿の雄姿を目にして年甲斐もなくはしゃいでしまっているようで」

「あはは、そうなんですか。なんだか照れ臭いですね」

「フォルス殿はとても純粋な青年ですな。好感が持てますぞ。それでは皆様を、王都へ招きたいのだが、よろしいか?」


「ええ、それは構いませんが……」


 フォルスはシャーレとララをちらりと見た。

 彼女たちは魔族。それも魔王に吸血鬼の王女。

 その二人を王都に招くことが許されるのだろうか?

 彼の懸念をウォーグバダンは察して、拳で自分の胸をドンと叩く。



「ご心配なされるな。たしかに魔王方を招くというのは前代未聞であるが、彼女たちのおかげで危機が去ったのも事実。礼を述べねば礼に失するというもの。ビュレット女王陛下ならば必ずそう仰る」

「女王陛下は良くても他の重鎮方は?」

「なに、このウォーグバダンが文句など言わせぬ! 大将軍の名に懸けて、あなた方に危害が及ばぬことを約束しよう!」


 彼は興奮気味にこう言葉を発した。

 その姿にアスカが眉を顰めている。


「何やら熱いの~。なんでそんなに熱いのじゃ?」

「あははは、これは恥ずかしいところを。先ほども申したが、フォルス殿の戦いに感銘を受けてな」

「フォルスのファン、ということか?」

「はは、そうかもしれませんな」


「ずいぶん年を食ったファンができたものじゃなぁ~」

「アスカ!」


「いやいや、フォルス殿。アスカ殿の仰る通りだ。私のような年寄りから熱を向けられても若者は困るだろうしな」

「そんなことは! ただ、大将軍ほどの方に評価されるほどじゃないと思うんですか……」

「何を謙遜を! 王都の危機を救い、古代龍エンシェントドラゴンを一刀で消し去ったお方が! さぁさぁ、立ち話をしていても仕方ありません。皆さん、王都へ向かいましょう! 私が先立ち、案内あないいたします!」


 そう言って、大将軍ウォーグバダンは馬に跨ることなく自らの足で地面を踏みしめ、王都へ歩き始めた。

 フォルスたちは彼に案内される形で、後に続く。

 兵士たちは彼らのために道を開けて歓声を上げ続ける。


 勇者フォルス=ヴェルを称える歓声を――



 ここに、国や王に認められるのでなく、多くの名の無き人々から認められた勇者フォルス=ヴェルが誕生した。


 これから先も勇者となったフォルスを中心に、シャーレ・アスカ・ラプユス・レム・ララたちは旅を続け、やがては魔王として君臨するフィナクルを打ち破り、さらには神をも超える存在と刃を交え、この隔絶せし世界レントを救うことになるだろう。





――――――――――――――――

※アスカ便り(あとがき)

「俺たちの戦いはこれからだ! エンドじゃな。さて、いまさら何を言うのかと思うじゃろうが、ちょびっとだけ補足をな」

「ヤンデレ……と、銘打っている割にはシャーレにあんまりヤンデレ感ないなぁ、と感じておる読者もおるじゃろう」

「実のところ、このヤンデレとは巫女フィナクルや神レペアトのことを差しておるのじゃ」


「この二人は愛する者以外、全く興味ない。レペアトに至っては愛するモチウォンの全てを独り占めしたいと考えておる」

「じゃが、モチウォンはレペアトだけではなく人間にも愛情を注ぐ。レペアトはそれが許せない。そこで彼女はこう考える。人間を皆殺しにすればモチウォンの愛情を独り占めできるのでは? とな」

「こんな感じのやべー奴なのじゃ。これだとヤンデレというかメンヘラじゃがな」


「といった感じじゃ。あまり長々と話しても未練がましいから終わるとするか。それではまたの」

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冒険初日に最強の仲間をゲット!~駆け出し勇者、ヤンデレ魔王に初キスを奪われて告白される~ 雪野湯 @yukinoyu

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