第55話 脅し

 世界を創生せり、二ツ神の一柱――レペアトの降臨。

 ルフォライグの衝撃的な言葉に、さしものシャーレも押し黙った。

 そこにフィナクルと対なす少女の声が届く。


「今の話は本当ですか!?」

「ラプユス? アスカにフォルスも」


 シャーレが声に顔を向けると、モチウォンの巫女ラプユスとアスカとフォルスが立っていた。

 シャーレはフォルスへ視線を振り、剣をちらりと見た。

 すると彼は問題ないと軽く手を振って応える。


 彼の様子から時計の針が多く進んでいないことを悟り、意識をルフォライグへ戻す。

 ラプユスが彼に同じ質問を重ねる。


「レペアト様を降臨させる? 本気で仰っているんですか?」

「聖女ラプユスか……ああ、本気で言っている」

「遥か昔、モチウォン様は私たちに世界を託して去り、レペアト様もまた僅かの時を置いて世界を去ったと言われています。そのレペアト様を再びこのレントへ?」

「その通りだ」

「どのようにして?」



 問いに、ルフォライグは軽くかかとを上げて、大地を二度踏みしめる。

「大地の内部には我々の力の根幹である魔力が対流し、世界の隅々に力を届けている。この濃度の違いにより、地上は様々な顔を見せて、豊かな大地、枯れた大地などがある」

「そんなことは知っています。それがなんだというのですか?」

「大地に流れる魔力……果たして、魔力にそこまでの力があるだろうか?」

「え?」


「ふふ、モチウォンの巫女。よく聞くがいい。このレントからレペアト様もモチウォン様も去っていない。ずっと、そばにいらっしゃったのだ」

「あ、あなたは一体何を……?」



 疑問符を纏うラプユスを置いて、アスカがポンと手を打つ。

「なるほどのぅ~、二ツ神とやらは大地に溶け込み、ずっと見守っておるということか」

 

 彼女の声に誰もが驚き瞳を寄せる。 

 一方、ルフォライグはにこやかに答えを返す。


「なかなか賢い少女だな。その通りだ。我々が使う魔法は二ツ神の残滓。この大地だけではなく、花も木々も風も、世界の全てに二ツ神の力が宿っている」

「そういうことじゃったのか~。どうりで、相性が悪いはずじゃ。力そのものに二ツ神とやらの意思が溶け込んでおるから回復がままならんかったのじゃな」


「うん、何を言っているんだ?」

「こっちの話じゃ気にするな。それよりもレペアトじゃ。復活させるという話をしとるんじゃろ。まぁ、大体なにをするつもりかわかったが」


「ほ~、本当に賢い少女だ……世界のあちらこちらに二ツ神の意思が宿る。特に大地を流れる魔力には強大な意思が宿っている。それを一つへ集めることができれば」

「レペアトの復活というわけじゃな。そのために何が必要か……流れからフィナクルじゃろうな」


「本当に賢い、驚きだ。だが、その通りだ。フィナクル様は神を降ろす器。あの方にはその才が宿っている。そこの聖女と違ってね」



 視線を振られたラプユスは唸り声を上げて眉を顰め、レムが尋ねる。

「ぬぐっ、ムカつきますね」

「ラプユスには、無理なのですか?」

「さぁ、わかりません。教義として世界の全てに神の意志が宿るとはありますが、それを具現化する方法なんて今まで聞いたことありませんし。でも、フィナクルにあるなら私にだってあるかもしれませんね」


「いや、それはない」


 と、ルフォライグは断言した。

 これにラプユスが食って掛かる。

「それ、どういう意味ですか!? 私がフィナクルよりも劣るとでも?」

「フフ、そう怒るな。君にどれだけ才があろうと、モチウォン様の復活は難しいんだ。そう、人の手では不可能。レペアト様の御力を用いて初めて、モチウォン様の復活が可能」


 彼の言葉を聞いて、シャーレが声を返す。

「最終目標はモチウォンの復活……二ツ神を降臨させることね」

「ふむ、少々しゃべりすぎたか」



 そう言って、彼は視線を遠くへ投げて戦場を見つめる。

此度こたびいくさ、君たちの勝利だ。我々は退くとしよう」


 これにドキュノンが唾を飛ばす。

「ふざけんな! 勝手に決めるんじゃねぇ! 俺たちはまだ――」

「黙れ、ドキュノン! 此度こたびいくさ、本来ならば私が指揮を執るはずだったもの! それを貴様らが手柄欲しさに横やりを入れ、首級を上げんといさしむも、勇者不在という絶好の機会でありながら、四騎士全てが破れ、古代龍まで失うとは。この失態、フィナクル様にどう申し開きをするつもりだ!」

「うぐ……」


「故に、撤退のめいを受けて私が来たのだ。貴様たちの沙汰はフィナクル様が下す。せいぜい、言い訳を考えておくことだな」



 ルフォライグは四騎士を一瞥して、ララへ顔を向ける。

「ララ、共に来る気はないか? ご祖父母そふぼが君のことを大変心配しているぞ」

「ふざけないで! 誰があんたなんかと! おじいちゃんもおばあちゃんもあんたに脅されて協力しているんだ。きっとそうよ! だから、あんたを殺してみんなを救い出す役目が私にはあるんだから!」

「脅すような真似などしていないのだが……感情が先立ち、今は説得は無理そうだな」


 そう言って、ルフォライグは帰還のために瞳を転送魔法陣に向ける。

 しかし、シャーレが彼を呼び止める。


「待ちなさい。私たちが大人しくあなたたちを逃がすと思っているの?」

「ふむ、たしかに」



 彼はシャーレの背中を守り立つ仲間たちの一人一人を瞳に映していく。


「聖女ラプユス。まさか、シャーレ様と共に行動しているとは。想像を超える出来事が起きるものだ」

「愛の前では魔族も人間も関係ありません。彼女の愛は本物。私は彼女から愛を学びたく共にいます。あと、逃がしませんよ」 


 ラプユスは湾曲した刃のついた錫杖を構える。

 それに眉を折って、彼はアスカを見た。


「少女でありながら、見事なまでの使い手。異界から訪れた龍と言っていたが本当か?」

「その様子だと覗き見しておった。いかにも真実じゃ。正確に言うと異界の神というのが正しいがな」

「異界の神とは……本当に想像を超えている。だが、異界とはいえ神の存在を知ることができたのは重畳。我々の悲願を現実のものとして感じ取れることができた」



 次に彼はレムへ瞳を映す。

「伝説の勇者レム=サヨナレス。三百年前の勇者が現代に復活するとは……どこまでも想像を超えている」

「元、勇者、です。今は、一人の剣士に、過ぎません。ですが、悪漢の企みを、挫く、正義の心は失っては、いません」


 レムはララを支えながらルフォライグを睨みつける。

 睨まれた彼は視線をララへ移すが、すぐに正面へ向けて、一人の青年を碧眼で射抜いた。


「勇者フォルス=ヴェル……だったか? まさか、古代龍エンシェントドラゴンを一太刀でほふることのできる者がいるとは思わなかった。見事なものだ」

「よせよ、そんな世辞。嫌いな奴から言われると虫唾が走るぜ」

「何か嫌われるようなことをしたかな?」



 フォルスは頬に涙の跡を残すララをちらりと見て、ルフォライグを睨みつけた。

「ああ、仲間を傷つけた。だから、黙って逃がすつもりはない!」

「フフ、仲間想いの青年だ。とても純白でよろしい。ふむ、これほどの者たちを前に逃げるのは難しいが……それでも見逃してもらいたい。断るならば……」


 ルフォライグは戦場の全てを瞳に収め、全身から禍々しい魔力を産み周囲の空間を歪ませる

「私も本気にならざるを得ない。そうなれば、せっかくの勝利に冷や水を浴びせることになるぞ」


 魔王シャーレに実力が並びしルフォライグ。

 もちろん、シャーレと仲間たちが協力し合えば討ち取ることが可能であろう。

 しかし、ルフォライグはこう訴えている。



 数多の命を巻き込み戦うと……。


 これにアスカは大きなため息を返した。

「はぁ~、ひっどい脅しじゃのぅ。せこいと思わんのか? 仮にも魔王級の力の持ち主が」

「私は恥よりも実利を優先する性質たちでね。それに私が指揮を取れば、今からでもそれなりに立て直せるぞ。勝利はさすがに無理だがね、フフ」

「脅しに脅しを重ねるか……さて、どうする? このメンツならばこやつを討ち取れるが、ワシらの戦いに兵士を巻き込み、さらに押せ押せの戦況に楔を打ち込むつもりじゃぞ」



 相手はシャーレ級の使い手。

 そのような者が一般の兵士を巻き込む戦いを行おうとしている。

 これに加え、勝敗を決した戦争に一石投じることが可能だと言っている。

 そうなれば、どれほどの犠牲が生まれるのか?

 すでに勝利を収めた戦場に無意味な血の花が咲くことになる。


 これでは、フォルスが何のために一撃で古代龍を討ち取ったのかがわからなくなってしまう。

 

 だが、フォルスはララの姿を見てしまった。

 遠くからララの嘆きを知ってしまった。

 それを知ったからにはルフォライグを黙って見逃すことはできない。


 だから彼は剣の柄に手を置こうとした。

 それを、彼女が止める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る