第30話 触れること許さず

――王都への道



 王都ローシカまでは今歩いている街道をひと月ほど進み、まずは港町ネーデルを目指す。

 そこから船に乗って港町アヤムに行き、王都へ向かう。

 その道中は……地獄だった。


 一日の予定移動距離まで進むと修行。

 アスカからボコられ、シャーレから焼かれ、ラプユスの杖で切られそれを癒し、レムの剣で刻まれる。

 

 さらには座学。

 軍事や政治や経済や数学や歴史やらを無理やり頭に詰められていく。

 さらには哲学や礼儀作法に指導者としての考え方まで。


 毎日毎日死の直前までいたぶられ、ラプユスに蘇生される。

 そして勉強させられ、痛む頭をラプユスに癒される。

 ラプユスの存在がやばい……彼女のおかげで休みの存在がないに等しい。



 しかし、悲しいかな、そのおかげで俺の腕前はぐんぐんと伸びていく。

 座学の方はそれなりだけど……自分で言うのもなんだが、思ったより勉強ができるようでテストはそこそこいい点数を取れている。もっとも、それが何の役に立つのかはさっぱり。


 アスカ曰く「勉学や教養は人間力の下地になる。多くの視点を得る訓練になる。ピンと来ぬだろうが人としての成長を促すものじゃ」と。

 正直、人間力とやらがそもそもピンとこないんだけど。

 心の成長のようなものだろうか? 



 ともかく、村を旅立った頃と比べて俺は大きく変わったと思う。

 少なくとも、剣や武術の腕前は上がり、使えなかった攻撃魔法や癒しの術が使えるようにはなった。




――そして、三週間ほどが過ぎた。


 港町ネーデルまであと数日。

 その夜、修行の成果を見るため、アスカたちと実践を想定した組手を交わすことになった。

 

 相手になるのはシャーレ・レム・アスカ。癒しに重きを置く聖女であるラプユスは戦いに不向きなのでパス……彼女の根術は半端ないですが。


 まずはシャーレ。

 彼女の強力な魔法を避け、時には相殺し、受け流して躱す。

 そして、隙あらばこちらから魔法をぶつける。


 実践を想定しているだけあって、あらぬ方向から攻撃が飛んできたり、炎の魔法と思いきや突然氷の魔法に変化してこちらを翻弄するなんてこともあった。


 なんとか最後まで指導に食らいつき組手を終える。

 残念ながら、この組手で有効と思える一撃をシャーレにぶつけることはできなかった。

 


 そして休む間もなく、次の相手は勇者改め剣士レム。

 見る者を魅了する剣捌き。

 俺も負けじと剣を振るい、彼女の剣速を追いかけ、追い越さんとする。


 闇夜に数十の火の花が生まれは消え、完全に霧散したところで組手は終えた。

 やはりシャーレのときと同じく、レムにも有効な一撃を入れることができなかった……悔しいっ。


 

 悔しさを胸に秘めて、最後の組手――相手は武術担当のアスカ。

 アスカはにやりと不敵な笑みを見せる。

「フフフ、疲れておらぬか?」

「疲れてるさ。だけど、気力は十分。次こそは、一撃入れてやる!」

「ほう、へこたれてると思いきや、むしろ奮起したか。良かろう、ならば実践の恐ろしさを教えてやろう――かのっ」


 アスカは地面を蹴りつけて土の塊を俺の顔にぶつけてきた。

 その土塊どかいを躱すが、すでにアスカは身を屈め、鋭利な水面蹴りを放つ。

 それを後方に大きく飛び退けて、拳を前に出して構えなおす。



「お前な、卑怯だろ!」

「じゃから実践じゃと言ったであろう。命をかけた戦い、綺麗事では済まぬこともある。何がなんでも生き残るために汚い手を使う者もいて当然の世界じゃ。暗器や罠や毒とて使う」


「そうかもしれないけど……いや、わかった。そのつもりで相手する」

「ふん、つもりでは駄目じゃ。常にそれらを想定して戦え、フォルス!」


 アスカは残像だけをその場に置いて、素早く俺の懐へ飛び込み、右拳にと言われる力を集め、敵内部に放出するけいという技を繰り出す。

 当たれば臓腑に衝撃が駆け巡り、立つことも覚束おぼつかなくなる技。

 そうならないために同じく気を纏った左の手のひらで勁を受け止めて、代わりに右で掌底を放った。

 

 しかし、そこにアスカの姿は無く、彼女は小鳥の如く軽やかに空を舞い、俺の頭へ回し蹴りを放とうとしていた。

「終わりじゃ」

「――!」

「な、なんじゃと!?」


 素早く頭を下げて蹴りがぶつかる寸でのところで躱す。

 彼女の蹴りの摩擦で髪が焼き焦げる不快な匂いが鼻についた。

 だけど、アスカの必殺の一撃を躱した!

 今の彼女は無防備!



 回し蹴りの回転により、がら空きとなった背中に向かい、を手のひらに集約させて放つ発勁はっけいをぶつけようとした。

「もらったぁぁあぁ!」

「ぐぬ、いかん! じゃが!」

「へ!?」


 確かに捉えていたはずの背中――だけど、それは突然姿を消す。

 

「背中が横にずれた!?」


 そう、空中でガラ空きなったはずの背中が急に動いたのだ。

 空を舞う体の方向転換なんて叶わないはず。

 しかし、アスカはそれを行えた――何故!?


 その何故を、俺は敏感に感じ取った。

「こ、これは、風の魔法!?」

「正解じゃ。でい!!」

「ぎゃっ!!」


 風の流れに乗り、アスカはさらに体を回転させてもう一度回し蹴りを俺の頭に放った。

 これはさすがに躱し切れず側頭部に蹴りが命中――ダウン。



 俺はこめかみを押さえながら唾を飛ばす。

「いったぁぁあぁ! アスカぁ! 魔法は卑怯だろ! 武術の組手だろ!!」

「な、何を言っておるか! 実践を想定しての組手と言ったであろう。相手が武術だけを使うと限らぬ。それらを想定せぬおぬし悪い!」

「だけど――」


「おぬしは死人しびととなっても文句を言えるのか!?」

「それは……言えないけど」

「ならば、油断などするな。勝ったと思う瞬間こそが一番の隙ぞ。最後の最後まで気を抜かず、戦場に心を置け。これを残心ざんしんと言う」


「残心か何だか知らないけど、めっちゃ痛くてそれどころじゃな~い!」


「まったく、せわしない奴じゃ。ラプユス」

「は~い、治療しますね。シャーレさんとレム様との訓練の傷も残ってますから、ちょっぴり大変。ですので、シャーレさんもお手伝いできますか?」

「ええ、もちろん」




――アスカ・レム


 シャーレはアスカのそばを横切る際にジトリと睨みつける。

 それをアスカは明後日の方向を向いて気づかぬ振りをするが、レムがシャーレの視線の意味を言葉にして表す。


「シャーレには、気づかれてますね。フォルスの、最後の一撃。のがれることができずに、思わず、風の魔法を使ってしまった、ことに」

「うぐぐ……ついぞ、使ってしもうたわ。あやつめ、なかなかの成長ぶりじゃ」


「それだけでは、ありません。技もですが、戦闘のセンスも、見事なものです」

「たしかにの。確実に捉えていたはずの回し蹴り。じゃが、フォルスは無意識に避けおった。いや、奴のセンスが意識よりも先に体を動かしおった。フフ、面白い」


「ええ、剣技においても、彼は考えながら剣を振るっていますが、時折、無意識でしょうが、こちらの読みを、凌駕する動きを見せます。まだまだ、未熟ですが、将来が楽しみな、剣士です」

「魔法においてもなかなかのものじゃしな」

「そういえば、アスカは、魔法も、使えるのですね? 私たちのものとは、形式は違いますが」



「魔法だけはなく武器も一通り使えるぞ。銃や弓もな」

「じゅう? ともかく、様々な武芸を、修めているのですね。どうして、その中で、武術を?」

「人と交わり、武芸をいろいろ学んだのじゃが、拳が一番しっくりきての。特にムカつく奴をぶっ飛ばすときは顔面へのグーパンが最高じゃ」


「そ、そうですか」

「ワシの話はさておきフォルスの話に戻そう。今回の組手でわかったが、この調子ならばこれからの旅路、時滅剣クロールンナストハを頼らずともフォルスは十分勇者としての才を発揮できるじゃろうな」



 時滅剣クロールンナストハ……この言葉にレムは反応を示す。


「可能性を喰らい尽くす魔剣、でしたか? 強力な力を、行使できる反面、使用者に大きなリスクを負わせるもの。なぜ、あのような剣を、フォルスに?」

いフォルスから効率よく力を横取りするためじゃが……という説明ではなく、あんな危険な剣を何故渡したのか? という話じゃな?」


「ええ、そうです。アスカは型破りな方と、見受けられます。ですが、好んで他者へ害意を、与えるような方には、見えません」

「ほほ~、ラプユスとは違い、おぬしはしっかり人を見ておるな。たしかにワシはフォルスを傷つけたいとは思ってはおらん」


「では、何故? 力を回復するためとはいえ、彼への負担が大きすぎるのでは?」

「当初はここまでぽんぽん力を使うはずじゃなかったのじゃ。じゃが、ワシの予想を超える強者がアホほど現れての。おまけに思ったより回復せぬし」



 アスカの説明を受けて、レムはフォルスが腰に提げている時滅剣クロールンナストハをちらりと見る。

「……他に理由はないのですか?」

「ん?」

「それだけが理由では、危険度との天秤が、取れていないように感じます。廃人、先には、消滅という危険とは……」


 この彼女の疑問にアスカは目を大きく開いた。

「……そうじゃな、言われてみればそうじゃ」

「え?」

「いや、たしか理由があったはず……はて?」



 アスカはフォルスへ剣を渡した理由を知ろうとして深く時滅剣クロールンナストハのことを考えた。

 だが、その時、二人は奇妙な感覚に襲われる。

 その感覚は、秒針が揺れる程度の間。


 アスカは目をパチリパチリ数度開け閉じして、レムへ顔を向けた。

「何の話じゃったかな?」

「え? ああ、今後のフォルスの、教育方針について、だったかと思います」


「そうじゃったそうじゃった。すでに十分勇者と名乗っても遜色ない力量はあると思うが、心の方はまだまだ若造じゃ。そこを鍛えてやらんとな」

「ええ、そうですね。それは、彼の優しさを、穢すことになるかもしれませんが、守るべき人々の、前に立つ者は、汚泥を浴びる覚悟も、必要ですから」


 二人は突然の会話の変化に気づくことなく会話を重ねていく……。



――フォルス


「ん?」

「どうしたの、フォルス?」

「シャーレ? いま、ナストハが一瞬、光らなかった?」

「そうなの? 私は気づかなかったけど」

「そっか。ラプユスは?」

「私も見てませんよ。気のせいじゃないですか?」

「かな?」

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