第29話 みんなでフォルスを勇者にしよう

 レムを含め、みんな大きな怪我はなく、また、日がまだ高かったため、村人へ簡素な報告を行い、さらに聖都グラヌスのグラシエル教皇宛の手紙を渡し、休むことなく旅立つことにした。



 旅を続け、ある晩こと、皆と焚火を囲み、俺は揺らぐ炎の前で呟く。


「おっかしいなぁ、イメージと違う。俺の冒険はこうじゃなかったんだけど……」

 そう、旅は俺の思い描いていた冒険とは全く別のものになっていた。

 村から出て仲間を得て、手をたずさえ困難に立ち向かい、共に克服していく。

 そして、着実に勇者としての階段を上る。

 そんな感じのをイメージしていた。

 


 だが、現実は……。


「うむ、出汁が足らんな。調味料のたぐいを補給し忘れたのがミスじゃったな。ポシェット内の調味料も心許こころもとなくなってきておるしなぁ」

「また、鍋――ゴホン、たまには鍋じゃないのを作ってくれると嬉しいのだけど……」

「アスカさんは鍋料理が得意なんですか?」

「鍋、ですか? 行軍以外では、一人で旅をすることが、多かった私には、みんなと囲む、食事は新鮮です」



 なんだかよくわからん龍の少女に魔王に聖女に勇者。

 これでもかという贅沢な仲間たちだけど、俺の思い描いていたものとは程遠い。

 困難があっても俺なしであっさり克服しそうだし。


 俺は四人を目にして、小さなため息をついた。

 それをアスカは聞き逃さない。


「なんじゃ、フォルス? おぬしもシャーレ同様、また鍋に文句をつけるのか?」

「いや、ないよ。もう、あの正論にかこつけた説教はごめんだし。ただ、妙な仲間が集まったなぁって」

「妙とはご挨拶じゃの。こんな美女美少女に囲まれての旅じゃぞ。ハーレムじゃ。男としてたまらんじゃろ?」

「あ、言われてみれば男って俺一人なんだっけ?」


「おい、それは失礼じゃろ! ワシらを全く意識しとらんとは!」

「そうじゃないけど……いや、そういった対象には」

「そんなこと言うとシャーレが怒るぞ」

「あ、そうだった! シャーレ、別に意識してないわけ……あれ、シャーレ?」



「フォルスの周りには女の人がたくさん。取り残される、奪われる。何とかしないとっ? やっぱり既成事実を作って!!」

「まぁ、シャーレさんから愛の高まりを感じます。今夜は見頃ですね!」

「なるほど、フォルスとシャーレは、そういった仲で。私たちは、少し離れた場所で、休んだ方がよろしいのでしょうか?」


「シャーレ落ち着け! ラプユス、見頃じゃない! レム、そんな気遣いいらない! もう~、疲れるなぁ」


 俺は地面に広がる落葉が散らばるほどの大きなため息を吐いた。

 再度、アスカが問い掛けてくる。


「なんじゃなんじゃ、おのこが派手なため息を出しおって。なんぞ悩みか?」

「悩みというほどじゃないけど、なんて言ったらいいかなぁ。俺の旅のイメージと違ってね」

「イメージじゃと?」

「ほら、いきなりとんでもなく強い人ばかり仲間になったじゃん。そうじゃなくてさ、力量の近い仲間と出会い、その中で同じ剣を志す剣士と切磋琢磨して、剣じゃ足りないところを魔法使いの仲間が補助する。あとは武道を得意とする武道家とか、癒しの術の得意な仲間なんかを揃えたりして旅をする、みたいな」



「べたな旅じゃな」

「べたで悪かったな!」

「じゃが、八割方その夢は叶っておるじゃろ?」

「え?」


 アスカたちは互いに視線でやり取りをして、一人ずつ名乗りを上げていく。

「ワシ、アスカは武道を操る」

「私、シャーレは魔法が得意」

「このラプユスは癒しと守りの魔法が得意です」

「レム=サヨナレスは、勇者の名を、捨てたとはいえ、剣士。剣技ならば、お任せを」


「う、見事に役職はそろってる」

「じゃろ?」

「でも、実力に差がありすぎて。俺なんて時滅剣クロールンナストハがないとみんなと並べないし……」

「なんと情けない声を。そのためにおぬしに加護を与えておるじゃろうが」

「経験値増し増しの肉体強化だっけ?」


 これにシャーレの耳がピクリと動く。

「加護? そんな加護今までなかったよね? いつのまに? どうやって?」

「えっと、ナグライダ戦後、今後も強敵が現れると大変だからってアスカが」

「そ、そうじゃな。そのために契約書に血でサインをな」


 俺とアスカは慌てて誤魔化した。

 あの一夜の出来事がシャーレに知られるとどんなことになるかわからない。

 一連の出来事を知っているラプユスは俺たちを見てくすくすと笑っている。



 アスカはわざとらしく咳払いをして話題を変える。

「ごほん、ともかくじゃ。力量に差あれど、フォルスが夢見たパーティは完成しておるじゃろ」

「まぁ、そうですけど」

「それにの、力量の差があるというのは悪いことではない」

「え?」

「たしかに近しい力量の者同士が切磋琢磨して成長するのも悪くないが、強者から指導をしてもらえる環境におる方が、もっと大きな成長の機会を得られる」

「うん……かもな」


 

 アスカはくるんと回って、シャーレ・ラプユス・レムに視線を合わせていく。


「というわけで、ガンガンフォルスを鍛えていくとしよう。シャーレ、魔法の指導は任せた。勇者を目指すフォルスのためじゃから甘い指導は駄目じゃぞ」

「わかった。フォルスの夢のために私は心を鬼にして頑張る。アスかあさま」


「だからそれはやめるのじゃ。忘れた頃にぶち込んでくるのはよしてほしいのじゃ。次、ラプユス。癒しの術と防御系魔法の指導を任せるぞ」

「了解です。フォルスさんを勇者にするために一肌脱いじゃいます」


「レムには剣技の指導を頼む。勇者としての心構えもな」

「わかりました。任せて、ください。堕ちた勇者とはいえ、フォルスに、勇者の何たるかを、伝えることはできると、思います」


「よし! で、ワシは武術を担当するぞい。よかったの~、フォルス。こんな素晴らしい指導者たちに出会えて」

「いや、ありがたいけどさ。これ全部こなさせるつもり? アスカとシャーレの指導でさえいっぱいいっぱいだったのに?」


「大丈夫じゃ、ワシの加護である経験値十倍があるからサクサクものにできていくぞ。それに体も以前より丈夫なので無茶もできるしの」

「おい、ちょっと待て? 無茶って――」



 言葉の途中でラプユスが元気よく手を上げて声を飛ばし、シャーレが返す。

「はい! たとえ大怪我しても死なないかぎり私が癒します!」

「大怪我? フォルスが、それは駄目!」

「シャーレさん……お優しいですね。ですが、愛には鞭も必要ですよ」

「鞭?」

「甘やかすだけの愛ではフォルスさんは成長できません。時に厳しい愛も必要なのです。彼を勇者たらんとするために」

「厳しい愛……」


「何があってもフォルスさんの命は、この聖女ラプユスが保証します。ですから、辛くとも頑張りましょう! フォルスさんのために!!」

「フォルスのため……わかった、全力で頑張る」



 さらにレムとアスカの声が続き、シャーレとラプユスへと帰る。

「ですが、それだけでは、駄目です。教養も、必要でしょう」

「そのとおりじゃ。勇者がアホでは締まらぬ」

「部隊を率いるために、戦略や、戦術も、学ぶ必要があります」


「それだけではダメ。私のような魔王と渡り合うなら政治力も必要。勇者となれば王や大臣といった指導者層とも関りを持つこともあるから」

「そうですねぇ~。政治以外にも人を見る力、時を見る力、天を見る力も必要でしょうし」



 最後にアスカが締めて、みんなの気合が走る。

「よし、ならば詰めれるだけ詰めるとしよう。政治経済礼節人間力軍事数学なんでもな。王都に着くまでに、皆でフォルスを勇者に育てあげるぞ!」


「任せて!」

「はい!」

「頑張りましょう!」



 俺の預かり知れぬところで、俺の勇者としての道が用意されてしまった。

 しかも、それはどう考えても無茶なプラン。

 果たして、俺は生きて、王都へたどり着くことができるのだろうか……。


「はぁ、なんでそこまで俺の面倒を見ようとしてるんだよ」


 と、この言葉に四人はとても親しみ深い様子で声を返す。


「それはワシとの契約があるからな。面倒見てやらんと。それに、どこかおぬしには親しみ深さを感じるからの」

「私はあなたの夢のために協力をしたいだけ。だけど、アスカと同じく初めて出会ったときからあなたのことを身近に感じてる」


「私はフォルスさんから愛を学びたいのです。そのお返しに夢のお手伝いをしたい。それに、私もまたあなたに親しみを覚えていますから」

「私は、闇から救ってくれた、フォルスに恩返しをしたい。そのために勇者であった、私の経験を渡したい。そして、皆さんと同様、どこか、あなたに惹かれるものが、あります」



 四人はそろって、俺へ顔を向けた。

 それに俺は一瞬、背筋に寒気が走った。

 

 理由は例の視線――彼女たちは瞳に俺を映すが、見ている場所はどこか別の場所。

 俺を見ずに、遥か背後を見つめているような奇妙な視線……。

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