第28話 ついに常識人が仲間に?

 会話に生まれた僅かな空白を見計らい、アスカが話しかけてきた。

「フォルス、時計の針はいかほど進んだ?」

「え? ああ、そうだな。確認しないと」


 剣のつばに埋まった時計を見る……長針が五分ほど進んでいる。

「五分進んでる」

「五分か。レムとの戦いで使用した力はシャーレと相対したより少し強いもの。しかし、数秒ではなく五分も進んだ。となると……」

「シャーレと戦えるほどの可能性が大幅に減ったってことか?」


「その可能性もあるが、ナグライダを瞬殺して一時間程度じゃったのに、今回程度の力で可能性が五分も失われるのは少し奇妙じゃ。おそらくじゃが、おぬしは変化球的な力が苦手なのかもな」

「変化球?」

「直接力で押す可能性は満載じゃが、今回のように他者の心にリンクして呼びかけるという特殊な能力を会得する可能性は少ないかも……という話じゃ」


「なるほどね。まぁ、俺自身あんまり器用じゃないのはわかってるからそうかもな」

「今後はあまり特殊な能力を使用するな。最も直接的な能力でもあまり使用せん方がいいが……」



 アスカは小さな息を漏らし眉を顰める。

 時滅剣クロールンナストハは使い手の可能性が喰らう魔剣。末にあるのは廃人か消滅か。

 だから、彼女は俺を心配して眉を顰める。

 口悪く、性格もろくでなしの部類に入るが、彼女の根は優しいと見える。


 その優しさの一端をアスカは俺以外にも向ける。


「レムと言ったな。心は落ち着けているか?」

「ええ、問題、ありません」

「ここに魔王と聖女がおるが、本当に大丈夫か?」



 レムはシャーレとラプユスの姿を白銀の瞳に収め、フッと肩から力を抜いた。

「大丈夫、のようです。二人を見ても、先ほどのように、憎しみに囚われるようなことは、ありません。どちらかというと、なぜ、聖女と魔王が、共にいるのか? という疑問が、前に出てきます」


「まぁ、そうじゃろうな」

「あなたの、存在もまた、不可思議に感じています。こちらの青年が持つ、剣もまた同じく」

「まぁ、それもそうじゃろうな。諸々もろもろは後で説明するとして……シャーレ、ラプユスは大事ないか?」


「問題ない」

「私も大丈夫です」

「そうか、ならばラプユスよ。レムの様子を見てやれ。長き封印の影響で不調のようじゃし」



 このアスカの言葉にラプユスは返事をするが、同時に首をかしげている。

「わかりました。ふむ、アスカさんって……」

「なんじゃ?」

「意外に面倒見のいい人なんですね。気遣いもできてますし」


「なんだか少し上から目線のものいいじゃが……まぁ、良かろう。ま、ワシはおぬしらよりも年上じゃからな。年長者っぽく面倒見てやろうとな」

「そうなんですか? おいくつで?」

「こら、忘れたか? 乙女に年など聞くものではない」

「ぜったい、乙女という年齢じゃないでしょ~。もう、別に隠さなくったっていいと思うんですけどねぇ」


 ラプユスは不満に口を尖らせつつも、レムの体の調子を見ている。

 俺はドレスについた土を払っているシャーレへ声を掛ける。


「大丈夫?」

「うん。フォルスこそ大丈夫?」

「剣のおかげで何とかね。いや、剣のおかげもあるけどこの一か月間、シャーレやアスカに鍛えられたおかげかも。剣の力を借りているとはいえ、以前よりも動きがいい感じだし」

「――っ!? そう!? それなら嬉しい!」



 シャーレは声に激しい感情を乗せるが、動きはよそよそしく、遠慮がちに俺の服の裾を握るだけに留めた。

 そして、照れくさそうにそわそわと体を動かしている。


(ここだけだと、ほんとかわいく見えるんだけどなぁ)


 そうここだけなら。しかし耳を澄ますと……。

「フォルスが喜んでくれた。フォルスの役に立てた。嬉しい嬉しい、ぬふふふふ。やっぱり私がいないとダメなんだ。だからずっと一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に……」


 という呟きが聞こえてくる。

 思い込みというか、感情の制御というか、もう少しだけその部分を落ち着けるようなってくれると嬉しい。


 その根底に心の傷があるから簡単にはいかないのだろうけど。


 だから俺は、彼女の傷が癒えることを願うだけではなく協力しようと思う。もちろん、ゆっくり焦らずに。

 門外漢のため、彼女のために何をすればわからないが、少なくとも寂しがらないように気を配ろう。



 そうこうしているうちに、ラプユスの診断が終えたようだ。

 彼女は腕組みをして、ちょっと難しい顔をしている。

「う~ん」

「レムに怪我でもあった?」

「フォルスさん? いえ、怪我はさほどではありませんが言葉に問題が」

「言葉?」


「封印の影響でうまく発音ができないみたいなんです。それを癒しの力で治そうとしたのですが、封印が呪いのように邪魔をしていて、時間経過でしか元に戻らないみたいで」

「元には戻るんだ?」


「以前のように、という保証はありませんが。申し訳ございません、レム様」

「いえ、突然、あなた方へ襲い掛かり、そうでありながら、堕ちた私を、救ってくださった。こちらに感謝の念、あれど、ラプユス様に、謝罪を頂く、謂れはありません」


「いえ、これは教会の罪。聖女として背負うべきとがです。本来ならばレム様の心を受け止めるべきは私。ですが、フォルスさんに助けてもらった。恥ずかしい限りです」


「いえ、情けないのは、私であります。勇者の名を、おとしめてしまった。どのようなそしりを、受けようとも、人々の前に立つ、覚悟を持っていた、はずなのに。おのが、憎しみに、振り回されるとは……」



 レムは自身の不甲斐なさに小さく下唇を噛むが、すぐに表情を戻して俺へ顔を向けた。

「あの、あなたはフォルス、でしたね。少々、お尋ねしたいことが?」

「ん、なに?」


「御仁らは、旅をしていると、見受けられます。目的は?」

「えっと、後で詳しく話すけど、王都に行って勇者認定を受けて、その後は魔王だったシャーレを裏切り、新たに魔王になった人がいるんで、その人を退治することが目標かな?」


「事情はわかりませんが、勇者として、魔王退治ということ、でしょうか?」

「まぁ、そんな感じ」

「そうですか……もし、許されるのであれば、私も旅に同行しても、構わないでしょうか? 救って頂いた、礼として、微力ながら、あなたに尽くしたい」


「え? それは構わないけど。いや、あの伝説の勇者レム=サヨナレスが一緒に旅をしてくれるなら大歓迎だよ!」

「ありがとう、ございます。ですが、私はもはや、勇者を名乗れません。憎しみに己を失った、愚かな者。一剣士として、あなた方の剣となりたい。そのような私でも、受け入れてくれますか?」

「ええ、もちろん!」



 俺は歓迎の意を込めて声に力を籠める。

 それに対して、レムは俺たちへ深々と頭を下げた。


 そこには感謝だけではなく謝罪の思いも籠っていた。

 だが、彼女が謝罪をする必要なんて一つもない。

 勇者としての彼女に頼り切りながら、裏切り、三百年もの間、闇に封じた。


 彼女が憎しみに囚われたからといって責められようか? 俺には責めることはできない。

 しかし、彼女の心に秘められた勇者としての誇りが、他者を責めることを許さず、己を戒めることで前へ進もうとしている。

 

 そんな伝説の勇者。勇者の中の勇者であるレムへ尊敬の念を捧げる。

 同時に……。


「さすがは物語で聞いた勇者。立派な方だ。そして……ようやくまともな人に出会えた、ううう」



 思わず、不覚の涙を禁じ得ず。


 これまで身勝手な龍少女。心の傷あれど、扱いを誤れば殺されかねない魔王。愛の名の下に容赦のない聖女。と、ズレた人たちばかりに囲まれていたため、勇者レムの姿に安心感を覚える。

 すると、俺の声を聞いていたアスカがすねを蹴ってきた。


「このっ」

「いたっ!」

「ワシがまともじゃないとはどういう了見じゃ?」

「だって――あっ!?」

「フォルス、私を変だと思っているの?」

「フォルスさん、何をもって正常か否かを判断されたのかを詳しく……」


 アスカとシャーレとラプユスが殺気と悲しみと怒りを纏って詰め寄ってくる。

 そういうところが、と言いたいが、言ったら面倒になるので誤魔化すことにしよう。

 常識人のレムが旅に加わったことで、このパーティの常識度が大きく変化したはず。

 彼女はきっと、三人を諫めるために協力してくれるはず。

 それを期待してレムに視線を振るが……様子がなんだかおかしい。



「ああ、なんと、寛大な方々でしょうか。そうだというのに、私は彼らの命を……命をっ」

「レム?」


「そうです!! 私は罪を犯した罪深き存在罪に塗れ勇者の名を血で汚し泥に捨てた愚かなる存在許されざるべき存在罪だ罪だ罪である」


「ちょ、レ、レム?」

 片言だった喋り方がこれでもかと流暢になっている。というか、早口過ぎて句読点もない。


 俺はもう一度、彼女の名を呼ぶが――。

「あの、レム?」

「あああああああああ!」

「ひっ!?」

「私は何という罪深いことを!! モチウォン様、この愚かな元勇者にバツヲォおぉっぉぉぉ!」


 そう叫び、彼女は近くにあった木に頭をぶつけ始めた。

 それにより額の皮膚は裂け、木の幹が血に染まっていく。


「がぁぁぁあぁっぁぁ、許したまえぇぇぇえぇ!!」

「ちょっとぉぉぉっ! なにやってんのぉぉおぉ!?」


「あら、これは古い謝罪の儀である打据謝意ホンセイシですね。珍しい」

「ラプユス? ほんせいし?」


「己の罪を反省すべく、体の一部を打ち据えて痛みをって罪を刻み忘れないようにする儀式です。今では行われていませんが」

「そうなの?」

「はい、だって痛いし、死人がよく出ていたので」

「そりゃそうだろうね。って、死人!? 早く止めないと!!」



 俺とアスカでレムを抑えつけて、なんとか打据謝意ホンセイシとかいう危険な謝罪方法をやめさせた。


 新たなに仲間になった元伝説の勇者レム=サヨナレス。

 友から裏切られ、三百年間生きながら闇に封じ込められた悲劇の勇者。

 しかし、闇を払った彼女はとても気高き存在。

 そしてまともな人だと思っていたのに、まともじゃなかった……。

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