第27話 勇者を救う勇者

 青き闘気に包まれたまま、彼へ迫り、剣を打ち合う。

 飛び散る赤の火花――そこへ交わる青と黒。

 風に溶け込む剣戟音。


 十数合の響きが音を超えて重なり、鐘となり広がる。

 この鐘のは救いの御手。嘆きを浄化し、こうの祝福へ与えん。

 彼を救いたい思い……そこに交わる伝説を前にした高揚感。

 俺は伝説の勇者を相手に戦いを演じている。


 互いに剣を大きく振るい、演舞の終局を伝える鴻大こうだいなる鐘を打ち鳴らす。

 鐘のはレムの腕に痛み走る振盪しんとうを与え、それは黒き靄に包まれた大剣へと伝播し、剣は地へと落ちた。

 俺は矛であり盾であった剣を失ったレムの懐へ飛び込み、青き闘気で彼を包む。


「堕ちた勇者レムへ! いま一度、光を!!」



 彼の心に手のひらを当てると視界から景色は消えて、ただ闇が広がる。

 闇に佇む靄が感情をないまぜにして吠える。


「がぁぁはぁああ! 憎い憎い憎い憎い! 誰がために戦い、誰がために血を流し続けてきたのかぁぁぁあぁぁ!」

「レム! 俺の言葉に耳を貸せ!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ! 貴様ごときに私の怒りが理解できるか! 悲しみが理解できるか! 守っていた者に裏切られる憎しみが理解できるか! 友に裏切られる痛みが理解できるのかぁぁぁぁあぁ!」


「ぐっ!!」


 黒き靄が俺の青い光を浸食していく。

 青が黒に蹂躙されるたびに、憎しみと怒りが俺の心に沁み込んでいく。


「が、ぐぁ、があぁぁ!」

「貴様のような子どもにわからない。わかるはずがない! 三百年、三百年! 光届かぬ場所に繋がれ、時の流れ無き場所で悔恨に苛まれ続ける痛みなどわかるはずが――」


「だからこそっ、あんたをそこから救いたいんだ!」


「なにをっ――」

「自分の村しか知らず、旅に出たばかりの俺なんかにはあんたの辛さなんかわかってやれない。それでも、救ってやりたいんだ!」

憐憫れんびんか? 何も知らぬ無知な貴様が私に憐憫の情を!? どこまでもおとしめるつもりか!!」



「そんなつもりはねぇぇえぇええ!!」



 俺はありったけの感情を乗せて吠えた。

 声は闇の世界に反響し、わずかに綻び、ひびが入る。

 俺はさらに感情を重ねる。


あわれみ? たしかにそれはある。でもな、大元は俺のわがままだ!」

「な、何を言っている?」

「勇者だったあんたを、憧れである勇者レム=サヨナレスをこんな結末で終わらせたくない。あんたは俺が夢見た勇者そのもの。だから俺は救い、いや、勇者としてのあんたをっ、ただ見たいんだ!」


「勇者? 貴様が夢を見た勇者? そんな自分勝手な――」

「勝手でも押し通す! 代わりにあんたに、一人戦い続けてきたレム=サヨナレスに! 仲間をくれてやる! 対等な仲間を! 決して裏切らない仲間たちを!!」


「ふ、ふざけた、ことを……ふざけたことをっ、ふざけたことを!」

「ふざけたことかどうか、てめぇの目で見やがれ。それからでも遅くないだろ!! レム=サヨナレス! こんな闇に閉ざされた世界であんたの物語は終わるのかよ! そんなの俺は認めねぇ。あんたはどうなんだ!? 勇者レム=サヨナレス!!」



「ふざけたことを口にするなぁぁぁあぁ! 人の心の闇も知らぬ未熟者の分際でぇぇえぇ!!」


 レムの闇が一気に膨れ上がり、俺の全身を飲み込んだ。

 闇は俺の穴という穴を蹂躙し、毛穴さえもそれからのがれられない。

 心も体も闇におかされ、嘆きが俺の全てを蹂躙し、意識が根こそぎ刈り取らてしまう。


「あがぁぁぁぁっぁあぁっぁ! あああ、あ、あ……あ…………あ――」

「わかるか! これが憎しみだ悲しみだ怒りだ苦しみだ! 未熟な貴様などに――っ!?」



 闇に染まる虚ろな瞳にレムの姿が映る。

 彼は黒い靄の頭を両手で押さえて、なぜか苦しんでいる。


「な、なんだ、この深い哀しみは? 慟哭は? なぜ、こんな青年にこれほどの愁傷しゅうしょうが宿って……いや、これはこの青年のものでは――あああ、ああ、温かい? 何故だ? 何故だ? これほどの悲しみを抱きながら希望を抱けるのだ? 優しさに、優しさに、心を満たせるんだぁぁぁあぁ!!」



 彼の声の叫び声に合わせ、時滅剣クロールンナストハが眩い輝きを放ち始めた。

 その光は闇を切り裂き、光の世界を創造する。

 光に染まる世界で、俺はナストハへ瞳を寄せる。


「ナストハ? お前がやったのか? それとも、この力も俺の可能性なのか?」

「あ、あ、あなたはなに、ものだ?」

「え?」


 白い霞に包まれた騎士が問い掛けてくる。先程までの激しい雄叫びとは違い、穏やかで低く籠っているが、おそらくレムの声。


「何者って?」

「なぜ、でしょうか? あなたから、とても暖かな思いが、伝わってくる。とても、とても親しみ深い、思いが……」

「すまない、あんたが言っている意味がわからない」


「そう、ですか。わたしも、わからない。なぜか、心が、あなたのことを、慕う。あなたの、悲しみを知る」

「かなしみ? おれの?」


「そう、かなしみ。私は、それを、知っているような……冷たく凍える雨に打たれる悲しさ。寒さに凍える体を囲炉裏で揺らぐ炎で包む温かさ。不可思議な感情。私は、あなたの――」



「あなたの? あなたの何だってん――うっ!?」


 光の世界に新たな光が生まれ、俺の瞳を白に染める。

 眩しさのあまり瞼を閉じると、シャーレたちの声が届く。


「フォルス!」

「大丈夫か、フォルスよ!」

「フォルスさん、しっかり!」



 瞼を開けて、軽く瞳をこすり、声へ顔を向けた。

 白に染まった瞳に色が戻り映ったのは、シャーレ・アスカ・ラプユスの姿。


「あ、ああ、なんとかな。一体何がどうなってんだか?」

「フォルス、あなたがレムの心臓へ手を伸ばした後、急に二人とも動きを止めて立ち尽くしていたのよ」

「立ち尽くして? じゃあ、あの世界は? って、レムは?」

「レムならおぬしの前で腰を落としておるぞ」



 アスカの声に促され、視線を下へ向ける。

 するとそこには、青い鎧に包まれる――女性の騎士が頭を項垂うなだれていた!?


「あ、あれ、彼……彼女がもしかしてレム=サヨナレス? 女の人だったの?」

「そのようじゃな。というか、おぬしは知らんかったのか?」

「いや、だって、物語だと男として描かれてたし」


「そうなのか? シャーレ、ラプユス?」

「たしかに伝承じゃ男で伝わってる」

「う~ん、私も黒い靄姿しか見たことがなかったので。おそらく、最強の勇者が女性では認められない人たちが過去に居たのかもしれませんね。ですから、彼女を人柱とした際にいろいろな部分を改変したのかも」



 ラプユスの言葉に俺は驚きを交えて声を生む。

「そ、そうなの? え~っと、まぁ性別はいいや。レムはどうなった?」


 彼女の名を呼ぶと、ピクリと体が反応を示した。

 これにシャーレとラプユスは警戒を見せたが、アスカが手のひらを見せて収める。

 それは先ほどまでの殺気を彼女から感じないからだ。



 レムはゆっくりと立ち上がる。


 彼女を覆っていた黒い靄は晴れて、凛と佇む勇者としての姿がそこにあった。

 夜空に輝く星の川を彷彿とさせる白銀のショートヘアに、星々のまたたきを封じ込めた白銀の瞳。


 顔立ちは精悍であるが女性としての柔らかさも宿す。

 とても戦士とは思えぬ美しき容貌だが、封印の影響か? 肌の血色は悪く、青白い。

 だが、皮肉にもそれが彼女の美しさと相まって幻想的で儚い妖精のような雰囲気を与えていた。


 黒から解き放たれた妖精は青い鎧に身を包む。

 その鎧は美しい彼女とは裏腹に傷だらけで、またすすけ、所々黒く変色した染みのようなものがあった――それらは血が鎧に染みてできたもの。



 レムは地に落ちていた幅広の大剣を腰元に収めて、少し籠った声をたどたどしく漏らす。


「ごめいわくを、お掛けしました。ですが、あなたのおかげで、正気を取り戻すことが、できました」

 礼を述べた彼女は自身の喋り方に少し申し訳なさそうな姿を見せた。

 喋り方がたどたどしいのは、長きに渡る封印の影響と見られる。


 そのことには触れず、礼にのみ言葉を返す。

「いえ、俺は別に……」


 ちらりと時滅剣クロールンナストハを見る。

 彼女の心とリンクできたのは俺の可能性の力。

 だけど、正気を取り戻したのはおそらく俺のおかげじゃない。


 この剣に秘められた何らかの力だ。

 その秘密の一端を紐解くためにレムへ問う。


「あの、レム。あなたが最後に言葉にしようとしたものはなんだ?」

「わたし、が?」

「私は、あなたの――その続きが知りたい」


 レムは俺から不可思議な感情が伝わってくると言った。

 しかし、レムが受け取った雰囲気から、それらの感情は大した経験を積んでいない十八歳の俺が到底抱けるものじゃないはず。

 となると、感情の正体はナストハ以外ない。

 だが、レムは……。



「わかりません。あの時は、はっきりした何かが、私の心に宿った。それが、私を闇から、救い上げてくれた。だけど、今はそれらは薄れ、かすみのように、霧散してしまった」

「そっか……じゃあ、しょうがないか」


 気になるが、覚えていないのであればこれ以上尋ねて意味がない。

 頭の片隅に、この剣には所持者の可能性を喰らう以外に何かがある。ということだけを置いておこう。

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