第五章 真昼に舞う宵闇の王女
第31話 港町ネーデル
出会って間もないが、頼りがいがあり、信頼の置ける仲間たちとの旅が続く。
本当に俺にはもったいないくらいの仲間だ……ある問題さえなければ。
ある問題とは、みんなの心の具合に少しでもズレが生じると、途端に破綻するこの環境。
港町ネーデルに到着する前日のこと、レムの体調が万全でないため立ち上がる際に俺が肩を貸していた。
だけど、バランスを崩して二人とも地面に倒れ込む。その際、俺の右手が彼女の胸に触る形になってしまった。
触ると言っても鎧の上からなので柔らかさなどない。
しかし、それを見たシャーレは嫉妬に漆黒の風の
ラプユスはシャーレの愛に対する裏切りだと言って、
レムは俺たちの様子を見て、自分のせいだと言って頭を地面に打ち据える。
この騒動をアスカは腹を抱えて笑って見ている……。
四人に気を回しつつ、大事に至らないように立ち回るのは非常に疲れる。
アスカに至ってはどうしようもない。
でも、これらを含めて、なんだかんだで旅を楽しんでいる自分がいるのもたしか。
これはみんなの修行のおかげで、肉体的にも精神的にも余裕が持てるようになったからかも。
思い描いていた旅とは全然違ったけど、あり得ない出会いとあり得ない仲間たちに感謝しつつ道を歩む。
そして、今日、王都へと続く港町ネーデルへ着いた。
――海鳥と猫の町ネーデル・早朝
漁業が盛んな中規模程度の町。
毎日のように水揚げされる魚たちに惹かれてか、海鳥たちが空を踊り、
海風は町を通り抜けて潮騒と磯の香りを隅々まで運び、近づく夏の日差しを受けた砂浜は白い砂を一層白く浮かび上がらせて見る者の目を
砂浜に俺たちは立ち、海を眺めていた。
俺は海というものを生まれて初めて見る。
川や泉や池とは全く違い、視界をどこまでもどこまでも埋め尽くす青。
遠くに瞳を置けば、海は空と溶け込み青は無辺の広がりを見せる。
アスカの話によると、波とは風の力と気圧の変化。そして、星の自転や公転、さらに他の星や恒星、主に月の引力とやらの関係で生まれるそうだが、今はそんな理屈なんてどうでもいい!
俺は瞳を左右に振っても遠くへ視線を伸ばしても収まり切れない海という巨大な水の塊に、感動とも恐怖ともわからぬ感情に全身の総毛を立たせ、次に叫び声を上げた。
「うぉぉぉおおぉ! これが海かぁぁぁあぁあ! すっげぇえぇえええ! 話には聞いたことあったけどこんなに馬鹿でかいなんて!! かぁあぁぁぁ! 冒険に出てよかったぁあぁ! なぁ、みんな、凄いよな!!」
たぶん、おそらく、俺は生まれて一番の笑顔でみんなへ振り向いた。
だけど、その皆さんは……。
「お~お~、めっちゃ感動しとるのぉ」
「フォルス、可愛い」
「そうですねぇ、ちっちゃな子どもみたいな反応で」
「ああまで、素直な心を向けられますと、こちらまで、楽しくなってきますね」
「あっれぇぇえぇ!? みんな、ずいぶん冷静だね?」
「ワシは海と山に近いところに住んでおったことがあるからな」
「私は王として、
「私は聖女として
「私は勇者として、各地を冒険していたので」
「……そうですか。そっか、聖都グラヌスに引き続き、この感動を共有できないのか」
何も知らない田舎出身の俺以外、みんなすでに体験したことのようです。
「まぁ、仕方ないか。だからといって、俺の感動がなくなるわけじゃないしな!」
感情を切り替えて、海に意識を戻す。
俺はみんなに声を掛ける。
「あの、ちょっとだけ海触ってきてもいい?」
「海を触るとはなかなか面白い表現じゃが、ラプユス?」
「船の出航はお昼ですから、まだ時間はありますね」
「だそうじゃ。思う存分海を堪能してくるがよい」
「おう! それじゃ行ってくる!!」
俺はブーツを脱ぎ捨てて裾を捲り上げてから海へ向かった。
――アスカたち
アスカたちは波打ち際ではしゃぐフォルスを眺めている。
「まだまだ冷たかろうに」
「でも、とても楽しそう。クス」
「はい。ふふ、本当に子どもみたいですね」
「私も、初めて海を見たときのことを、思い出しました」
皆は追いかけてくる波から逃げているフォルスを見てころころと笑う。
アスカはフォルスから視線を外し、ラプユスヘ向ける。
「あやつが遊んでおる間に船の乗船手続きを終わらせておこうかの。ラプユス、
「はい」
「レムも一緒に来い。シャーレはフォルスがはしゃぎ過ぎないように見張っておれ」
「え、私だけでいいの?」
「なんじゃ、嫌なのか?」
この言葉に、シャーレはこれでもかという勢いで首を左右にブンブンと振る。
「ならばよい。では、ワシらは行こうかの」
アスカはラプユスとレムを連れて砂浜から離れていく。
歩きながらラプユスがアスカに尋ねる。
「いいんですか? 愛と痛みは表裏一体。シャーレさんの愛はとても濃いですからフォルスさんでは受け止められないかもしれませんよ?」
「それは大丈夫じゃろ。以前と比べれば、依存度の度合いも下がっておるようじゃし。それに冷静さも取り戻しつつあるようじゃ」
「何故そう思いに?」
「以前のシャーレならば、『私だけでいいの?』なんて言葉は絶対に口にせん。この言葉、少なくとも自分が暴走しがちだという自覚が出てきた証拠じゃ。まぁ、自覚だけで自制ができるかは別問題じゃが」
「だとしたら、フォルスさんへぶつける愛が痛みに変わる可能性も」
ここでレムの声が加わる。
「今のフォルスならば、シャーレがたとえ暴走したとしても、対処できると、アスカは考えたのですね」
「そういうことじゃ。ま、異変が起きてもワシらが戻ってくるくらいの時間は稼げるじゃろ。それにの……」
アスカは立ち止まり、後ろを振り返る。
「旅の間、ずっとワシらと一緒。たまには二人っきりにしてやらんとな。そうでもせんと……フォルスがいつまで経ってもシャーレを異性として意識する場がない。それじゃとシャーレが少々哀れでな」
「あ~、たしかにフォルスさんって無頓着ですよね」
「あくまでも、仲間としか見ていない、という感じはしますね」
「場は整えた。あとはシャーレ次第じゃろ。行くぞ」
アスカは話を閉じて再び歩き出そうとした。
しかし、ラプユスが彼女の歩みを止める。
「アスカさんはいいんですか? フォルスさんがシャーレさんのものになっても?」
「なっ? はぁ、何を言うかと思えば……ワシの好みはショタッ子と人妻じゃからな」
「何ですかそれ!? 許容幅がおかしいですよっ」
「やかましい、人の趣味に口を出すな! とはいえ、昔は大人の男と……」
アスカの脳裏に過ぎる想い人の姿……だが……。
「ん?」
「どうしました、アスカさん? お腹が痛いんですか?」
「
「え!? 薄情過ぎませんか?」
「仕方なかろう。ワシは幾星霜を生きる龍。記憶が薄ろぎ、消えゆくものもある」
「龍でも神の名を冠してる龍なのに記憶が薄くなっちゃうんですか?」
「以前も話したと思うが、人の目線で生きておるからな。その気になれば鮮明に思い出せるが、そのようなことをせず、時の流れに身を任せたいのじゃ」
「人の目線でも、想い人の姿を忘れるのは薄情だと思います」
「ぐぐ、そうかもしれんが……ああ~もう! ワシの話題は仕舞いじゃ! おぬしらはどうなんじゃ? フォルスのことをどう思っておる? ラプユス?」
話を振られたラプユスは顎元に手を置いて、軽く首を傾げる。
「そうですねぇ~、子どもが欲しいです」
「話が跳躍しておるな……とりあえず、フォルスに気があるということか?」
「はい。あの方の心の色はとても素敵なんです。とても透明で、変化に鋭い感じで」
「なんじゃそれは?」
「あの方の心は白じゃなくて透明……出会いと経験という色によって変化していく不可思議な存在です。あのような方見たことがありません。ですから、フォルスさんがどんな色に染まっていくのか見守っていたいんです」
「その様子だと愛よりも好奇心が大きい感じじゃな。本当の意味で意識をし始めた時どうなるか楽しみじゃ」
「ん、どういう意味ですか、それ?」
「フフ、大人の悪い目線じゃ。気にするな。それよりもおぬしと結ばれた場合、シャーレとの関係はどうするつもりじゃ?」
「やだな~、シャーレさんとも一緒に暮らすに決まっているじゃないですかぁ」
「おおぅ、そう来たか。意外に奔放な世界じゃな
「私、ですか?」
レムは海の水を口に含みむせているフォルスを白銀の瞳で見つめる。
「フフ、そうですね。弟のような、存在でしょうか?」
「そうか」
「ですが、彼が旅をし、成長し、頼りない弟の背中が、誰かを守る頼れる背中となったとき、また、考え方が、変わるかもしれません」
「なんにせよ、皆、フォルスには好意的というわけじゃな。ま、容姿は中々じゃし、心も良い。故に、わからんでもないが。だから、ワシは……」
「どうしました、アスカ?」
「ん、何でもない? コイバナはここまでにして、とっとと船を見繕わねばな。金に余裕があるから一等客室を確保するぞ」
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