第8話 アスかあさまの奇妙な勇者教育

 聖都グラヌスまであと少し。

 しかし、ここで問題が起きた。

 それは食事……。


 シャーレは料理経験なし。俺は簡単なものしかできない。

 アスカは料理が得意

 そのため食事はずっとアスカが担当していたのだが……。



「ほれ、水炊きじゃ。旅じゃからあまりったものはできんからの」

「ほれ、醤油ベースのもつ鍋じゃ」

「ほれ、ちゃんこ鍋じゃ」

「ほれ、味噌鍋じゃ」

「ほれ、すき焼きじゃ、とんこつ鍋じゃ・チゲ鍋じゃ・カレー鍋じゃ」


「ほれ、水炊きじゃ」



「って、一周回ったぞ! 鍋! 鍋! 鍋! 鍋! 鍋えぇ!!」

「レントにはない変わった味が楽しめて美味しいけど、ずっと鍋が続くのはちょっと……」



 この俺たちの声に、アスカは手羽先をお椀によそおいつつ笑顔を見せたまま、優しくも迫力のある声を上げた。


「おぬしら……食事を用意してもらって文句をつけるのか?」


「うっ」

「あっ」


 アスカの言い知れぬ迫力に俺どころかシャーレまでも言葉を詰まらせる。

 アスカはお玉を鍋にそっと置いて、短く言葉を発する。

「おぬしら、そこへ座れ」


「は、はい」

「う、うん」


 俺とシャーレは仲良くちょこんと地面に座る。

 アスカは笑顔を崩さず、淡々と言葉を重ねる。

「よいか、ワシとおぬしらは旅の間、全く同じことをしておるが、食事を作るという負担がワシにだけ●●●●●かかっておるわけじゃな」

「はい、そうですね」

「うん、そうだけど」


「別にの、献立に不満があるなら自分たちで作れ。食べるな。とまでは言わん。じゃが、な~んもせず任せっきりでいっちょ前に文句だけは言うとはどういう了見じゃ、ああっ!」

「その、ごめんなさい」

「えっと、ごめんなさい」


 アスカはこれでもか大きく息を吐き出す。

「はぁ~、まさかと思うがおぬしら、いい年して両親に同じことをしとるんじゃないよな?」

「それは~」


 俺は旅に出る前の日常だった食事風景を思い出す。

『え~、またこれ~。なぁ、かーちゃん。たまには別のにしてよ~』



 目がアスカから外れ泳いでしまう。

 それをアスカは見逃さない。

「言っておったな、フォルス」

「はい、恥ずかしながら……」

「まったく、十八にもなって情けないことじゃ! たまに労をねぎらい、手伝うなり代わりに料理を作ってあげるなりしてあげるべきではないのか!?」

「か、返す言葉もありません……」


「して、シャーレはどうなんじゃ?」



 アスカが黄金の瞳を細めて刺すような光を生む。

 しかし、シャーレはその痛みを覚える光よりも、心を大きく痛む言葉を生んだ。


「母は……私を産んですぐに亡くなったから」

「な、なんじゃと?」

「父も物心をつく頃には……だから私は、両親というものがどういった存在なのか知らないの」


 意外なシャーレの過去。とても重たい空気が場を満たす。

 アスカは一つ咳き込み、俺を睨みつけた。


「ゴホン……フォルス! 甘え過ぎじゃぞ!!」

「うわ、矛先が俺だけに向いた!!」

「言い訳無用じゃ! 文句があるなら自分で料理を作るがよい!」

「え? 不満があるなら自分で作れとはまでは言わないとか言ってたのに……」


「やかましい! ま、あれじゃ。さすがに連続鍋はどうかのうとは思ってたしの。そろそろ別の料理が恋しくなってきたところじゃ」

「思ってたのかよ……」

「ともかく、明日の晩はフォルスが担当せよ。材料はポシェットにあるからの」

「ああ、わかった。それにしても便利なポシェットだな」




――次の晩


 俺は野菜の炒め物と甘辛く煮た肉を用意した。

 これらを薄地に焼いた小麦で包み食べる。


 シャーレの感想。

「うん、美味しい。フォルスの手料理。ぬふふふふ」

 喜んでもらえているようだ。自分が作った料理を褒めてもらえるのはなんだか嬉しい。


 しかし、アスカは……。

「野菜が水っぽい。火力がいまいちじゃったようじゃな。肉に臭みが残っとる。小麦にハーブを練り込めば、臭みが気にならずに済んだじゃろうに。詰めが甘いの~」


 と、文句たらたら。

 これには少し腹が立った。

「アスカ、そんなに細かく文句つけんなよ。料理はそんなに得意じゃないんだしっ」

 そう返すと、アスカは口角をこれでもかと上げて不気味に笑う。


「にへへへへ」

「な、なんだよ? 急に笑い始めて」

「ほらの、頭にくるじゃろ。傷つくじゃろ。一生懸命用意した食事にケチをつけられるのは」

「うっ」


「たしかに、鍋ばかりでじゃったのは申し訳ない。じゃがの、ワシがあの晩、おぬしらに責め立てられてどれだけ傷ついたと思う?」

「別に責め立てては……」

「少なくとも、腹が立つという思いはわかったじゃろ?」

「そ、それは、その……」


 アスカの指摘通り、美味しく食べてもらいたいと思って作った食事を悪く言われるのはいい気分じゃなかった。

 だから、俺は素直に頭を下げた。


「本当にごめん。何もしてないのに文句だけを言って」

「良いのじゃ良いのじゃ。わかってくれればの」



 アスカは満面の笑みを見せる。

 ここで話が終われば俺も納得したのだが……最後にアスカは本音を漏らして全部を台無しにした。


「やはり、正論で人をなぶるのは楽しいの~」

「……おい! 今までの何だったんだよ!」

「一つ、フォルスにアドバイスしておこう」

「へ、なに?」

「正論も過ぎると毒となるから気をつけよ。反感を買う理由になるからの」

「え、ああ」


 アスカは食事をぱくつきながら言葉を続ける。

「勇者を目指す以上、正論と建前に翻弄される場面に多々出会うじゃろ。おぬしのようなまっすぐな若者はつい正論が全てとなりがちじゃからな。正論を出すべき場面とそうではない場面を読み取らねばならぬ」

「ああ、わかった。そのために、アスカは?」


「いや、これはいま思いついたことじゃ」

「あのさ、そこは嘘でもそうじゃって言ってくれよ! せっかく感謝しようと思ったのにさ!」

「別におぬしから感謝されたいとは思っとらんしの~」



 そう言って、アスカは手についた甘辛なたれをねぶっている。

 彼女を横目で見ていたシャーレが小さな笑いを立てる。


「ふふっ、なるほど、誰かに感謝されるのが照れ臭いんだ」

「そんなわけなかろうっ。ただの暇つぶしじゃ暇つぶし。そんなことよりも、フォルス!」

「な、なんだよ?」

「今後、戦闘訓練だけではなく、こういった感じで勇者としての目線を養ってやるからの。覚悟しておくがよい」


 この日から、戦闘訓練のほかに座学も加わった。

 その座学の中には奇妙な問題が混ざる。



 アスカはポシェットから問題文が書かれたボードを取り出して、不思議な擬音を声に出す。

「ちゃちゃん! この問題に答えよ」



――これが解ければ、あなたも勇者になれるかも問題


 教会が預かってる子どもたちが畑を作りました。

 しかし、畑を作った場所は行政が管理する場所だったので撤去を求められます。

 教会側はあと少しで収穫できるので、子どもたちのために期限を五日ほど延ばしてほしいと頼みました。

 

 これを行政側は許さず、期日通り畑を撤去。

 子どもたちが涙を流しながら見守る中、無残にも畑は破壊されました。



――

「はい、以上の内容で問題点はなんじゃ?」

「え、問題点と言われてもなぁ。法的には教会側が悪いんだろうけど、五日くらいなら待ってあげても。それくらいの融通を利かせても良かったんじゃないかな。子どもたちがかわいそうだし……これって、法と倫理についての問題?」


「ふむ、おぬしがただの一般人ならその答えで別に構わん。じゃが、勇者を目指す以上、今のでは不十分じゃ」

「はぁ、何が駄目なの?」



 アスカはシャーレへ顔を振る。

「シャーレなら気づいておるじゃろ」

「ええ、明示された期限。そしてそれ以上に子どもの存在ね」


「期限と子ども?」

 俺の問いかけにシャーレは、多くを導く者としての視線で語る。


「教会は期限より五日待ってほしいと言ったけど、撤去を避けられない時点で収穫するべき。たとえ野菜は小ぶりであっても収穫はできるんだから」

「あ、言われてみれば……」


「だけど、教会側は子どもたちが一生懸命に作った畑が壊されるのを待った。さらに、その畑が無残に破壊される場に子どもたちを連れてきた。私なら、子どもたちを痛みに苦しむ場へ連れて行きたいとは思わない」

「たしかにそうだよな……じゃあ、どうして畑を破壊させて、子どもたちをそんな目に?」


「それがこの文章の問題点なの。これは真実への入り口を掴む問題。入口とは、何故子どもたちがそこに居たのか? わかる、フォルス?」

「何故って……?」



 問われた俺は頭を捻る。

 普通だったら、撤去の前に収穫を行うし、子どもたちが一生懸命に作り上げたものが破壊される瞬間を見せる必要もない。

 だが、撤去を待った。破壊される瞬間を見せた。待つ必要、見せる必要があった。なぜか?

 それは俺が最初に感じたこと。


「同情のためか? 法的に悪くても子どもたちが泣いていたら同情してしまう」

「まだ足らない。もっと深く考えて。同情が何故必要だったのかを」

「同情が必要?」


 同情を集めたいのは教会側。

 教会は子どもたちの涙を利用して、自分たちが有利な立場になれるように持っていこうとした?

 

「……わからないな。教会が同情を集めたところで畑は破壊されているし……でも、今後寄付金は集まりやすいのかな?」

「フフ、それで十分よ。それこそが入り口なの」

「え?」



 シャーレはアスカへ視線を流した。

 問題を出したのはアスカ。だから、この問題の本質である説明をアスカへ譲ったのだろう。


「子どもたちが何故そこにおるのか? まずここに違和感を覚える。そこから色々なものが見えてくる。フォルスの想像したように今後の寄付金の確保のためかもしれん。署名を集めやすい環境を整え、署名を集め、畑を作る正式な許可を得るためかもしれん。さらにだ」

「まだ、なにか?」


「教会の背後に行政と敵対している何らかの組織がおり、そういった大人たちが子どもの涙を利用して行政の印象を悪くしようとしたのかもしれん」

「そのことは問題文にはないけど……なるほど、これが入り口か」



 これらは問題文からわからないこと。

 だが、それはどうでもいい。

 この問題の本質は、子どもたちがなぜそこに居るのかという違和感から、様々な可能性を想像して、その中から真実を探り当てること。


 つまり、子どもたちの存在という入り口から、真実を探る問題。



「面倒な話だなぁ。これって勇者に必要なことなの?」

「当然じゃ。一般の者であればかわいそうだねで構わん。情にほだされて寄付するなり署名するなりすればよい。政治の扇動に引っかかるのは厄介じゃが……生活のかてを得るのに忙しい一般の者に、そこまで深く見ろというのは酷なもの。だからこそ、真実見る者が必要なのじゃ」


「それが勇者?」

「勇者だけではない。政治にたずさわる者。王。貴族。企業家と、人の上に立つ者、影響を与える者は表面だけを見て納得してはならん。限られた情報と時間から入り口を掴み取り、真実へたどり着く責務がある。そうでなければ、一般の者たちが不幸になるからの」



 もし、影響力のある人が表面しか見ずに、かわいそうだとだけ声を上げれば、多くの人たちがそれこそ扇動されてしまう。

 だから、何気ない事象であっても疑問を抱き、真実がどこにあるのかを知らなければならない。


 俺は大きなため息をついて肩を落とす。

「はぁ~、教えたいことはわかるけどさぁ、勇者ってこんな感じなの? 悪い奴ぶっ飛ばしてみんなが幸せじゃダメなのかな?」

「それで済めば楽じゃが、世の中そう単純ではないからな」


「なんだか、性格ねじ曲がりそう」

「大なり小なり、多くの者が憧れ注目を浴びる存在、人の上に立つ存在は普通の人とは違うもんじゃ。勇者を目指すならば普通であることは諦めよ」



 人に影響を与える存在。だからこそ、真実を見る目を養う必要がある。

 言っている理屈は納得できるものだけど、自分の抱いていた勇者像とは全く別のもので心の整理がつかない。

 だけど……俺はシャーレをちらりと見る。


(彼女はあっさりと見抜いた。彼女は人の上に立つ存在。今後、いろんな人と出会う。そして、出会った人たちが味方ばかりとは限らない)


 つまり、シャーレのような鋭き視線を持つ存在と渡り合うことが何度もあるということだ。

(イメージと全然違ったけど、勇者を目指す以上、これは避けられない物の見方ってわけだ。だったら、アスカとシャーレからしっかり学ぶしかない。俺が誰かに騙され、多くを不幸に導かないために)

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