第二章 愛に殉ずる聖女
第9話 聖都グラヌス
――聖都グラヌス
故郷から旅を始め、ひと月後。
戦闘訓練と基本となる座学に勇者としての目線を鍛えられながら、ついに聖都グラヌスへ到着した。
ここまでの道中、アスカとシャーレの修行で死にかけたのは数知れず。
修行だけではなく、たまにアスカがシャーレをからかい、それを止めるための心労で寿命が縮まり、その際少しでもアスカの味方をすれば、漆黒の
夜になるとシャーレは俺の懐の潜り込み、その様子をニマニマとした微笑みで観察するアスカにストレスを覚えて髪が薄くなりそうなる。
……だが、何とか命も髪も失うことなくここまで来れた。
心も体も疲れ果ててはいたが、聖都ラグヌスの威容が全てを吹き飛ばす。
人の背丈の三倍はあろう堅牢な城壁に囲まれた町。
大勢の人々を一飲みにしてしまう真っ白な石造りの巨大な門。
町に一歩足を踏み入れれば、まっすぐ伸びる石畳の通りが目に入る。
その道の先に届くは、細身ながらも鋭く天を突く白の塔。
塔は世界レントを創世した二つ神の
瞳を天から降ろして正面を映す。
木造の家しかなかった俺の村とは違い、全て石造りの建築物の群れ。
通りの左右を埋め尽くす出店。
そして、数十、数百では語れない、人・人・人の数!
そこには村では珍しい獣人族も交わる。
獣人族は三種類に分かれる。
全身が体毛に覆われた者。手足などの一部が獣の姿をしている者。人の姿に似ているが獣の耳や尻尾を生やしている者。
違いの理由は血の濃さ。長い時をかけて、人間と交わることで獣人族の中に人間に近しい人たちが現れ始めたそうだ。
俺は顔をあちらこちらに振り、視線をそこかしこに飛ばす。
「すっげぇぇぇぇえぇ! 何だよ、この人の数!? 地面に土がない! 建物は二階建て・三階建て。いや、五階建てのものもあるし。それにあの塔!! てっぺんまで昇ったら雲が掴めるんじゃないのか! なぁ、アスカ、シャーレ!!」
「ほ~、なかなかの発展ぶりじゃな。塔の高さは三百メートルくらいかの?」
「ここが人間族最大の国家、セルロス王国の第二都市と言われる聖都グラヌス。なるほど、なかなかの発展ぶりね」
俺の興奮とは対照的に、二人はすっごく冷静。
「あっれ~? もしかして、はしゃいでるの俺だけ?」
「ん? ああ、すまぬの。ワシが住んでいた場所はもっと人が多くて、高い建物もあったからな」
「私は魔都イシューケンに居たから。あそこはもっと華やいでいたから」
「……そうなんだ。そっか、この感動を共有できないのは寂しいなぁ」
聖都グラヌス――俺からすれば度肝を抜かれるような光景だったけど、二人とも都会を知っているようで特に目新しい光景じゃないみたいだ。
俺の興奮は一気に冷めていく。
表情もそれにつられて、落ち込んだようなものになってしまった。
すると、その様子に気づいたシャーレが慌てて言葉を出した。
「はっ! えっと、うわ~、こんなに人がいっぱい居てびっくり~。フォルスと同じように私も心が踊ってる~」
「あのごめん。その優しさは嬉しいけど、無理しないで! 虚しさが倍増するからお気持ちだけで!」
といった感じで、初めての都会デビューは微妙な空気に包まれてしまった。
俺は気を取り直して、行き交う人々の邪魔にならぬよう道の端に寄り、今後の旅の計画を話す。
「ごほん、聖都グラヌスで二日ほど情報収集に励んで、その後は南へ下り港町ネーデルを目指そうと思う。そこから、王都ローシカ行きの船が出てるはず。正確には王都に繋がる港町アヤム行きだけど」
この説明にアスカがちっちゃな手を上げる。
「よいか?」
「ん、どうぞ」
「フォルスは勇者を目指しておるんじゃよな。王都に向かうということは何か関係しておるのか?」
「俺も噂話程度しか知らないけど、王都に行くと王国から勇者を認定してくれる証明書みたいなものが貰えるらしい」
「どうすれば貰えるのじゃ?」
「それは……着いてみないと」
「なんじゃ知らんのか。いい加減なもんじゃ」
「しょうがないだろっ。こちとらド田舎出身で情報が入りにくいんだから」
するとここで、シャーレが勇者について詳しい説明をしてくれた。
「セルロス王国から認定されなくても勇者は名乗れるけど、正式な勇者として認められるのは女王ビュレットから国家公認勇者認定証を受けた者だけ。資格の要件は、様々な仕事を請け負うギルドへの貢献度。または傭兵や兵士としての戦場での貢献度など。これらに加えてペーパーテストがある」
「ほ~、詳しいのぅ」
「魔王だから、敵となる勇者については当然知ってる」
「なるほどの。つまり、ざっくり言えば、名声を得ることで王国から認められ、試験に合格すれば晴れて正式な勇者を名乗れるというわけじゃな。ワシが住んでおった場所にあった勇者協会みたいなもんかの?」
俺は彼女が口にしたワードに興味を惹かれた。
「勇者協会? アスカが住んでた場所にはそんなのがあるの?」
「まぁの。協会に勇者として認められれば晴れて勇者というわけじゃ。これは友人の勇者のおっさんから聞いた話で詳しい条件は知らんが」
「勇者のおっさん? 異世界とはいえ勇者の友達がいるんだ」
「おるぞ。人間なのに、ワシに一太刀浴びせることのできる強者じゃ」
アスカの実力がどの程度かいまいちわからないけど、少なくともシャーレの一撃を平然と受け止めていた。
あの状態でも弱っていると言っていたので、体調が万全ならシャーレを超えているのかも。
そんな存在に一太刀浴びせることができるということは、その勇者のおっさんという人は相当腕が立つと見える。
「へ~、強そうな人だな」
「まぁ、なかなかのものじゃ。じゃが、そんな話よりもまずはフォルスのことじゃ。シャーレの話じゃと実績が必要なようじゃが、おぬしは何もないではないか」
「ウグッ、確かに……」
「くははは、行き当たりばったりもいいところじゃな」
「否定はしないけど、本来の予定としては聖都で情報と仲間を集めて、勇者になるためにどうするべきが考える予定だったんから仕方ないだろ!」
そう、本来ならば、聖都にあるギルドへ向かい、そこで情報を集めて、また仲間を
しかし、村から一歩出た途端、魔王と出会い、龍と出会い、その二人が仲間に。
のっけから最強の仲間を得たため、聖都グラヌスで仲間集めをする必要がなくなってしまった。
「シャーレのおかげで勇者になる方法はわかったけど。一応王都についての情報と勇者についての情報を集めようと思う。貢献度の方は、どうしようかなぁ?」
ギルドで何か仕事を請け負った方がいいのだろうか?
そもそも、その貢献度とはどの程度で勇者として認められるものになるのか?
そういったことも含めて、一度ギルドという場所に向かった方がよさそうだ。
「うん、とりあえずギルドへ向かおう」
「うむ、わかったのじゃ。ま、ワシらがおれば貢献度とやらはあっという間に稼げるじゃろ」
「ぬふふ、フォルスの役に立てるなら私なんだってするね」
「ありがとう、二人とも。でも、二人に力を借りて貢献度を稼いでも、認定証を貰えるに
「たしかに、そこは困りどころじゃな」
「大丈夫。私がフォルスを鍛える。魔王を倒せるくらいに!」
その魔王はシャーレなんだけど、と思ったが感謝だけを渡そう。
「重ね重ね、ありがとう二人とも」
「ぬふふ、当然よ。愛する人のためだもの」
「では、より一層厳しいカリキュラムを組まねばな。当面の目標はシャーレ越えじゃな」
「マジか。ただでさえ何度も死にかけてるのに今以上に厳しくなるのか。しかも越える山が最頂点なんだけど」
「山は高い方が登りがいがあるじゃろ。じゃが、無理して死なれても夢見が悪い。どこかで回復が得意な術者を拾えればよいのじゃが。その前にそもそも……」
「そもそも、なんだよ?」
アスカは黄金の瞳をちろりとシャーレへ振った。
「魔王を引き連れて王都へ向かっても良いのか?」
「あ!?」
「もしかして、忘れておったのか?」
「いや、そういうわけ……ごめん、完全に忘れてた」
そうだった。
シャーレは魔王。レペアト教の巫女フィナクルに玉座を奪われてしまったが、彼女は人間と敵対する魔族の王だった存在。
旅の当初はそのことをしっかり覚えていた。
だけど、普段の彼女は魔王らしさもなく、少し思い込みの激しい普通の女の子。
これに加え、このひと月の間、一緒に過ごしてきた旅の時間が俺たちの仲間意識を高め、そのおかげで、本来、彼女が魔族で敵であるという事実が頭からすっかり抜け落ちていた。
俺はシャーレへ顔を向ける。
彼女は黒水晶の瞳を潤ませて俺を見ていた。
「私は……フォルスにとって邪魔?」
「いや、それは……」
「フォルスは勇者になりたい。でも、私が夢を邪魔している……」
潤んでいた瞳が、涙に溺れ始める。
俺は溺れる瞳を救い上げるために言葉を生もうとした。
だが――
「別に邪魔なんてしてないから。それについてはゆっくり――」
「でも、私は離れたくない。離れたくない」
「シャーレ?」
「そう、どうして離れないといけないの? そうだ、フォルスを攫っちゃえばっ」
「へ?」
「いや、駄目。それだと嫌われちゃう……あ、いいことを思いついた! フォルス、私にいいアイデアがあるの!」
涙に沈んでいた瞳はすっかり渇き、代わりにキラキラとした星が輝いている。
シャーレのアイデア――すっごく嫌な予感がするけど、拝聴してみましょう。
「そのアイデアって?」
「私がセルロス王国を滅ぼすの! 私が王となり、あなたに認定証を発行すれば――」
「待て! それは違う! やっちゃ駄目なこと!!」
「そ、そんな、わたしはあなたのことを想って、想って……」
輝いていた瞳がみるみるうちに曇り、再び潤み始める。
同時に自分の考えを受け入れてくれなかった悲しみに、漆黒の風が彼女を覆い始めた。
ここは人の多い大通り。
風に
だから俺は、ありったけの大声で彼女を止める!
「シャーレ!!」
「え!? なに……」
「俺はシャーレを見捨てたりしない! これからも一緒に旅を続ける!」
「私と一緒に居てくれる……?」
「もちろんだ! たしかに魔王が王都にってのは問題があるかもしれないけど、シャーレは別に王都で暴れたりしないだろ?」
「うん、フォルスが望まない限り」
「だったら問題ないよ。それにシャーレが魔王だと気づかれなければいい話だし。胸元にある宝石みたいな、えっとファワードだっけ? それを~……そうだ、アクセサリーか何かで隠せば見た目は人間の女の子と変わらない。たしかシャーレはアクセサリーをアスカに預けただろ、それで」
「私が、人間の女の子?」
「あ、その表現が不快だったらごめんな。とにかく、俺にとってシャーレはとても身近で大切な仲間なんだ」
俺は若菜色の瞳でまっすぐと潤いを帯びたシャーレの黒の瞳を見つめた。
彼女は頬を赤く染めて、爪を噛むような仕草を見せつつ、か細い声を漏らす。
「私と『ずっと』一緒に居てくれる。人間の『可愛い』女の子。とても大切な『女性』」
か細くてもしっかりと彼女の言葉は俺の耳奥へ吸い込まれていった。
俺は声に震えを交え、言葉を漏らす。
「あ、あれ……なんか言葉が付け足されてない? 一部は改ざんされてるし……」
「おそらくじゃが、フォルスに見捨てられるのではないかという不安が心を傷つけ、それを癒すために、自分にとって都合の良いように受け止めているんじゃろ。渡された優しさを過剰に受け止めることで、心の均衡を保とうとしているようじゃな」
「何とかならない?」
「ならん。相当心が弱っていると見える。この情緒不安定さがヤンデレと繋がっておるからな。旅を続ける間に強くなれば良いのじゃが……もし、弱きまま心の成長を誤れば――」
「どうなんの?」
「おぬしに依存しきりになるじゃろうな。シャーレにはおぬししかおらず、おぬしだけを求める。じゃがある時、ふとしたことで裏切りと感じ、おぬしを……」
「ええ~」
「まぁ、そうならぬよう、気をつけよ」
「どうやって?」
「知らん」
「そこは知っててくれよ!」
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