第7話 可愛いけど、彼女は魔王で俺は人間

 互いの自己紹介を終えて、彼女たちと共に俺の旅の目的地である王都へ向かうことになった。

 まずは村近くの森からひたすら南下して、王都への中継場所となる聖都グラヌスを目指す。


 そこへ向かう前に、アスカが肩から掛けている小さな茶色のポシェットを見せてくる。


「フォルスよ、おぬしの荷物の入ったズダ袋をここへ納めるがよい」

「いや、それ、小さ過ぎて入らないだろ」

「ククク、実はこのポシェット、ただのポシェットに見えて内部は亜空間。見た目以上に荷物が詰め込めるのじゃ」

「あくうかん?」

「とにかく、おぬしのズダ袋を入れるのじゃ。ほれ、むぎゅっとな」


 アスカは俺が背負っていたズダ袋を奪い取り、拳二個分程度の大きさのポシェットの口にギュッと突っ込む。

 すると、ぬぬぬ~っと滑り込むようにズダ袋がポシェットの中に消えた。


「ええ!? すごっ!」

「ミュール特製のポシェットじゃからな。ちなみに中にはいろんな世界の調味料が入っとるぞ」

「なんで調味料が?」

「別の世界を旅するときは食事が一番の問題でな。故に、一通りの調味料を揃えておる」

「へ~、なるほどねぇ」



 いろんな世界……アスカはあちこちの世界を旅しているのだろうか?

 それを尋ねると話が長くなりそうだからひとまず脇に置き、荷物を預かってくれたことへの礼を述べる。


「理屈はわからないけど、凄いポシェットだ。ありがとうアスカ。おかげで手ぶらで旅ができるよ」



 シャーレもまたポシェットの存在を不思議がりながらも、旅の邪魔になりそうなアクセサリー類を預けていた。


 こうして身軽になった俺たちは聖都グラヌスへ向かう。

 その道中に魔物や盗賊の影などなく安穏あんのんなもの。

 アスカ曰く「強者が二人揃っとるからの、魔物は恐れて出てこんのじゃろ。盗賊の方は、こんな村も人気ひとけもない寂しい街道に出没する意味がないしの」と。


 たしかにド田舎なので盗賊が出ないのは当然。でも、その事実を言葉で表されると自分の故郷が如何にド田舎なのかと思い知らされるので悲しい……。

 


 おかげさまで道中は何もなく聖都グラヌスまでたどり着けるかと思いきや、アスカとシャーレが俺を鍛えると言い始めた。


「フォルス、おぬしは可能性に満ちている。じゃが、今は弱い。かといって、道具ナストハに頼り切りと言うのは男の子であるおぬしも納得できぬじゃろう。よって、ワシが得意とする武術を指南してやろう」


「それじゃ、私は魔法が得意だからそれを。フォルスには私より強くなってほしいから。ぬふふ、あなたを私の理想の人に改造……じゃなくて、恋人としてあなたの理想を体現できるように頑張るからね」


 こんな感じで、二人から修行を受けることに。

 二人とも俺よりも腕が立つのでありがたい話なのだが、今のところレベルの差がありすぎて軽い修行にすらついて行けない。



 それをアスカは懇切丁寧に指導してくれる。だが、優しさなど皆無。

 容赦なく叩き伏せられる。

 相手は神の名を冠する龍とはいえ、見た目は幼い女の子。

 少女から地面に何度も叩きつけるというのは、あまりにも情けなく、悔しくて涙が出そうになる。


 一方、シャーレは魔法の細かな制御が苦手なようで、訓練なのに何度も俺を殺しそうになる。

 魔法に吹き飛ばされ地面に突っ伏して身動き一つできないミディアムな俺に近づき、彼女は申し訳なさそうな表情を見せる。

「ご、ごめんなさい。手加減はしてるつもりなんだけど……」

「うぐ、が……だ、大丈夫。指導してもらっているんだから、これくらい」

「フォルス……やっぱりあなたって私に優しいのね!」


 ギュッと抱き着かれる。それにより、痛みが全身を駆け巡る。

 それをアスカが引き剥がして、回復魔法を掛ける。

 聖都に着くまでこれの繰り返し。


 ただ、二人とも回復系の魔法が苦手なようで、痛みと疲れが抜けきれず蓄積していく。

 

 その疲れをなるべく抜くために夜はぐっすりと行きたいのだが……夜に漏れ聞こえる二人の会話が俺の心を休めてくれない。




――深夜


 これは森から出て、一晩目の夜の話。

 俺が眠りについているとアスカとシャーレの声が聞こえてきた。

 二人は何やら俺のことを話している様子。

 二人の間に剣呑けんのんな気配が漂い、そのため一気に目が覚めるが、会話には入っていきにくい圧があった。

 

「ほ~、ワシが邪魔だと?」

「ええ、フォルスには私だけが居ればいい。あなたは私とフォルスの時間を奪う邪魔な存在」

「ならば、どうする?」

「消えなさい。大人しく去れば命は助けてあげる。でなければ、殺す!」

「ふん、下らん女じゃっ」

「なんですって!」


「ワシはフォルスと契約を結んだ。ワシはフォルスのあるじじゃぞ。その主にそのような口を聞くとは愚かな奴よ」

「は、何を言っているの?」

「つまりの、ワシとフォルスは一蓮托生。ワシを殺せば、フォルスは死ぬ」

「え!?」



 シャーレが驚きに言葉を跳ねる。

 俺もまた、驚きに頭の中で言葉を跳ねる。

(はっ!? 一蓮托生って!?)


 俺たちの驚きをよそにアスカはにやけ顔をそのまま声に乗せて、シャーレへ更なる爆弾発言、いや、馬鹿げた設定をぶち上げる。


「ククク、シャーレよ。ワシはフォルスのあるじ。主――つまりはな、母のような存在なのじゃ!」

「え、そ、そうなの!?」

(いや、それは違うだろ!! シャーレ、素直すぎだ!!)


 俺は心の中でツッコむが、当然二人には聞こえない。

 魔王の割に素直なシャーレは、会話の主導権をアスカに奪われて意のままに操られていく。



「シャーレ、良いのかぁ~。フォルスの母に向かってそのような口を聞いて~」

「あ、そ、それは……」

「ワシはなぁ、シャーレのことをいておるぞ~。フォルスを任せるならおぬししかいないと思うくらいにのぉ~」

「え!?」

「そうじゃと言うのに、消えろなど殺すなど、母は悲しいのじゃ~」


「その、それは…………ごめんなさい」

「良いのじゃ良いのじゃ。愛する人と二人きりで居たいという気持ちはわかるからの。じゃがな、態度が過ぎる。これからは気をつけるのじゃぞ」

「はい、アスかあさま」

「……その呼び方はやめてほしいのじゃ」



 その後、アスカはシャーレに見回りを頼む。そして、俺に近づき耳元で囁く。

「シャーレはワシの制御下に置いた。しばらくは安心じゃぞ」

「…………」

「おや、まだ寝たふりか。まぁよい……あ、そうそう、一蓮托生と言うのはでたらめじゃから気にするな」

「はっ!?」

「おっ、起きたか」


「さすがに起きるわ。なんでそんなウソを?」

「そう伝えておけば、シャーレは無闇にワシへ喧嘩を売らん。プラス母親設定と併せれば、ワシの言葉に耳を貸すじゃろう。その方がフォルスも安心じゃろ」

「うん、まぁ……ふとしたことで暴走しそうで怖いところはあるし」

「そうじゃろそうじゃろっ。シャーレのことはワシに任せておけ」


 このアスカの言葉。これに頼ったのが間違いの始まりだった。




――再び、夜


 二人の会話が聞こえてくる。

「良いか、フォルスが強くなるためには仕方ないことなのじゃ」

「だ、だけど、私は彼を傷つけることなんて」

「何を言っておるんじゃ。フォルスの夢を叶えるためじゃぞ」

「彼の夢?」


「そうじゃ、フォルスは強くなりたい。勇者になりたいと願っておる。だからこそ、ワシらが鍛えてやらねば」

「どうして、アスかあさまがフォルスのために?」


「その呼び方はマジ勘弁なのじゃ。こやつが強くなるとその分、ワシに充填じゅうてんする魔力量が増えるからな。だから、さっさと強くなってほしいのじゃ」

「フォルスを利用しようと?」

「ギブ&テイクと言ってほしいのじゃ。じゃが……おぬしならば『純粋』にフォルスに力を貸したいじゃろうなぁ~」



 アスカは口角の端をキュッと上げて、シャーレを見る。

 そのシャーレはというと、どうやらアスカの言葉が琴線に触れたようでもじもじしながら声を返した。


「純粋……そう、私だけがフォルスを純粋に思って……でも、私は手加減が苦手だから」


「大丈夫じゃ。死ななければ何とでもなる!」

「だけど……」

「辛いじゃろう、苦しいじゃろう。じゃがな、これがフォルスのためなのじゃ。時に愛する者へ厳しく当たることも愛なのじゃ」

「愛……」


「いわゆる、内助の功というやつじゃな」

「内助の功って、妻が夫を支えるという、あの?」

「そうじゃ!」

「妻、夫……私が妻で、フォルスが夫…………うん、頑張る! 私はフォルスを強くする!!」


 両手でキュッと小さくガッツポーズを取るシャーレ。

 その彼女へアスカは問いかける。

「ところでじゃ、シャーレは回復魔法は得意か?」

「あまり」

「そうか。ワシも苦手じゃが……死ななければ何とでもなるじゃろ。頑張るぞい」

「はい!」


 という流れで、命を削る修行が始まった。




――数度目、夜

 

「すぴ~……うん? ひっ!?」


 聖都へ向かいながら死に直面する修行から解放された夜。

 焚き火近くで眠っていると、俺の懐にシャーレがいた。彼女は小さな寝息を立てている。



「離れて眠っていたはずなのにいつの間に。びっくりするなぁ」

 そう言って、彼女の寝顔を見つめる。


 幻想的な月の蒼い光に浮かぶ白磁はくじの肌の美しさに、寝ぼけていた瞳は情欲に染まり始める

 シャーレはとても強く魔王とはいえ女の子。とても可愛い女の子

 そんな女の子が俺の毛布の中に潜り込み、小動物のような愛らしい寝息をもらし、そっと寄り添う。

 男にはない女の柔らかさと香りが疲れに沈んでいたはずの体に熱を帯びさせる。


 俺は無意識に彼女の頬に触れようとした。

 そこでピタリと手を止めて、彼女から視線を外して大きく息を吐く。

「はぁ~、何やってんだよ、俺は?」



 欲望のおもむくままにシャーレへ触れようとした自分を恥じる。

 彼女はたしかに可愛いが、愛しているのかと問われれば、そうではないと答えるだろう。

 シャーレとは出会ったばかりで彼女のことはよく知らない。

 それなのに、愛がどうなどと言えないのではないかと俺は考える。



 それに、シャーレとアスカから感じた俺ではない誰かを見る視線。

 あの感覚が蘇り、手を止めた部分もある。



 さらに、彼女は魔族。魔王。つまりは人間の敵。その王……。

 瞳をシャーレへ戻す。

 相変わらず小さな寝息を立てている。

(魔王と言うだけあって滅茶苦茶強いけど、寝ているときは普通の女の子なんだよぁ……魔族、人の敵。でも、こうしているとそうは感じない)


 

 再び、手が彼女へ伸びる。次は頬ではなく髪へ。

 月光を纏う黒髪の表面に優しく触れて、正面からの視線に気づく。


「アスカ……?」

「なんじゃ、襲い掛からんのか?」


 焚き火を挟んだ向こう側。

 丸太に腰を掛けているアスカが、黄金の瞳を輝かせてこちらを覗いていた。

「お前、いつから?」

「おぬしが目覚めた時からじゃ」

「ずっと観察してたのかよっ」


「ククク、思春期に悶える青年は初々しくていいのぉ」

「うるせいよ」

「で、襲わんのか?」

「襲わない」

「おや、シャーレに興味ないのか?」


「そういうわけじゃないけど……って、俺は何をっ? ともかく、そういうことはちゃんと恋人同士になってからだろ」

「ほほ~、なんだかんだでシャーレをそういう目線で見ておるのじゃな」



 アスカが頬を崩していやらしく笑う。

 できれば無視して話を終わりにしたいけど、無視したらしたらでしつこそうなので仕方なく付き合う。


「少なくともかわいいとは思ってる」

「ほ~、男の子はこういったことで意地っ張りなもんじゃが、フォルスは素直じゃな」

「そこは嘘をついても仕方ないしな」


「ならば、受け入れんのか?」

「そうは言っても……俺は人間でシャーレは魔族。しかも王。正直、こうやって普通に接しているのにも迷いがあるのに。それに、視線のこともあるし」

「視線?」

「何でもない」



 視線については俺の勘違いという可能性が高い。

 というか、俺のことをちゃんと見てますかなんて尋ねたら自意識過剰か頭がおかしいとしか思われないだろう。


 俺は話を戻す。

「ともかく、魔族の王と人間だしな」

「ふむ、人間と魔族は敵同士。そう教育を受けてきたんじゃな」

「ああ」

「それがひょんなことから魔王と一緒に旅。それは戸惑うこともあるじゃろうな」

「まぁな」



 ここでアスカはシャーレへ瞳を振ってから俺へ戻して小さく笑う。

「フフ、ならば質問を変えよう。シャーレのことは好きか?」

「好きか嫌いかで答えれば……好きだと思う。魔族で魔王であっても嫌悪感はないし」

「いきなり殺されそうになったのにか?」


「それはそうなんだけど……こうやって話せばわかる部分もあるし。結局、誰も傷つかなかったから、良いんじゃないかな?」

「くははは、能天気なのか器がデカいのか。それに、魔族は悪と教育されてきた割には柔軟じゃな」


「幼いころから魔族は敵だと教わり怖い存在だと思ってたけど、実際のところ何か危害を加えられたことがないから。おかげで憎しみや恨みを抱くようなこともないし。だから平気なのかも」

 

 そう答えると珍しくアスカが真面目な顔を見せて、俺に言葉を渡す。

「そうか……経験が薄いためとはいえ、曇り無きまなこで誰かを見つめることができるのは素晴らしいことじゃぞ」



 この言葉が妙に照れくさくて、俺は彼女から視線を外して頭を掻く。

「素晴らしいかなぁ。まぁ……なんて言うかなぁ。下品な話、シャーレが可愛かったからってのもあるかも。あ、別に下心とかはないぞ!」

「ククク、自分を隠そうとしないおぬしは愉快じゃな。少々、正直すぎるが」

「隠した方がいいのかな?」


「さてな。言葉は選んだ方が良いかもな。ワシは寝るとする。フォルスもしっかり休んで、明日に備えよ」

「わかってるよ。地獄の修業が待ってるからな」


 俺はぶっきらぼうに声を出した。

 それに対して、アスカは奇妙な答えを返す。

「良かったの」

「ん?」


 アスカはそれだけを置いて、焚き火のそばに布を敷き、横になって目を閉じた。


「何が良かったんだ? ん?」

 ピクリとシャーレが動く。

 彼女に掛けていた毛布が少しずれている。

 俺が起き上がったときにずれてしまったようだ。


「寒いのかな? 春とはいえ、夜は冷えるしね」

 そう思い、毛布を掛け直してあげる、

 小さな寝息を立て続けるシャーレ。だけど、どこか微笑んでいるようにも見えた。

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