最終試練に向けて

 あと一〇日で最終試練となった。

 モニターの時計もほんのあと数分に差し迫っていた。

 俺たちはこの地下での訓練に長い時間過ごしていた。もちろん、俺たちにとっては生まれてからずっとこの空間だったのでそれには苦労していない。

 実力も日々向上し続けている。俺も含め他の三人もここに来た時よりも強くなっているはずだ。しかし、ここにいる他の人とは比べていない。

 ここに送られるまでは教育者と呼ばれる外部の人間と勝負する機会がいくつかあったが、この地下ではそのようなことは行われていない。

 モニターの指示に従い、日々訓練や勉学を励んでいた。俺たちは俺たちだけでしか実力を測ることができない。


 この日、モニターからは朝食を先に食べるように指示していた。

 俺たちが広間に来るころには物資用エレベーターに食事が届いていた。

 全員が朝食をとり、ソファで食べることにする。


「最終試練まで一〇日を過ぎたね」


 アレクがそう言う。もちろんそれはみんなが理解している。


「試練って言ってもよ。どんな内容なのか知らねぇんじゃ何もできないぞ」

「うん。そうだね。でも今日まで僕たちは頑張ってきた。実力は確実に伸びていると確信しているよ」

「そうは言ってもよ……」


 レイの言いたいこともわかる。ここまで四年と三三〇日、ただひたすら昨日の自分を超え続けるだけを繰り返してきたからな。

 一体何が正解なのか不安な気持ちになる。


「そうね。最終試練で何を問われるのか、それぐらいは知りたいよね」

「でも僕らにできることってモニターの指示に従うことしかできないよ」


 アレクの言う通り、この閉鎖されている地下空間で俺たちができることは何もない。ただ、それがあと一〇日で変わるかもしれない。それはみんなにとって不安と期待でいっぱいなのだろう。それに関しては俺も一緒だ。


「まぁとりあえず、今日の訓練をやろう」


 アレクがそう言って朝食を食べ終えた食器を物資用エレベーターに片付ける。それに続いてレイ、ミリシアが食器を片付ける。


「エレイン、今日の訓練は一対一のようだ。記録を頼めるかな?」


 食器を片付けようとしているとアレクが話しかけてきた。モニターに表示されている通り、今日の訓練は一対一の試合だ。もちろん木剣を使う。


「ああ、わかった」


 俺はアレクに言われた通りに記録用のデバイスを手に取る。


「ねぇ、エレインは最終試練なんだと思う?」


 するとミリシアが後ろから声をかけてきた。


「いや、全く見当が付かない」

「そうだよね。実力は少なくともあるとは思うんだよね。だってこうして見ているだけでもみんな強くなってるし」


 ミリシアはそう分析している。四年前とは比べ物にならないくらいに強くなっているのは確かだ。だが、ミリシアは目に見えている以上に分析している。

 アレクやレイの心の変化は著しい。ここに来た当時はお互いに警戒していたが、一度剣を交えてから警戒を解き始めていた。

 そして今となっては十分互いに成長し合うライバルのような関係にまでなっている。


「ああ、ここに来て確かに俺たちは強くなっている気がする」


 そう言うと、ミリシアがじっと俺の目を見つめていた。その目は心の奥を覗き込むかのような目だ。


「……エレインは最後までわからなかったなぁ」


 そう言うとその目は普段の目に戻る。


「お互い様だ」

「へへ、そうかな」


 練習場に入ると、すでにアレクとレイがウォーミングアップを始めていた。二人は得意な形状の武器を手に、体を動かしている。


「あの二人、いつもあの武器だよね」

「そうだな。まぁ一番慣れているものを使いたいのなら普通じゃないのか」

「戦場でいつも同じ武器になるかわからない。想定していないことだって起こり得るんだからね」


 ミリシアがそう言うように、戦場は刻一刻と状況が変わっていくものだ。ある人は戦場を生き物だと例えたぐらいだ。


「それもそうだな」


 すると、レイとアレクは準備ができたのか手を挙げた。


「準備はできたよ」


 アレクがそういい、レイも軽くうなずく。


「では、始め!」


 俺がそう言うと二人が戦闘態勢に入る。レイはアレクの動きをよく知っている。そのため自分から攻撃することはあまりしない。それに対してアレクはその軽快な動きでレイの隙を伺っている。

 お互いに見合っている状態だ。


「やっぱりあの二人はこうなるよね」

「普通だろ、得手不得手は違うが実力は同じぐらいだ」


 二人の実力は非常に似ている。二人の能力値は違うものの拮抗するのは当然だろう。


「はっ!」


 先手を切り出したのはアレクだ。非常に素早いステップでレイに詰め寄る。しかしレイもそれに対応する。

 大剣を盾のように扱うことで双剣の連撃をうまく防いでいるようだ。しかし、物理的に全てを受け止めることは難しい。レイはすぐにアレクへ反撃を仕掛けるようだ。


「なっ!」


 レイの強靭な筋力で弾かれたアレクの双剣の片方はアレクの後方へ飛ばされる。それを目で確認したレイは大剣を振り被り、攻撃態勢に入る。

 当然アレクはそれを受け止め守ることはできない。しかし避けることは可能だろう。

 素早い身の熟しでレイの攻撃を寸前で交わす。空気を切ったレイの大剣を横目にアレクはレイの脇腹に斬り込む。


「勝負ありだ」


 俺はアレクの攻撃がレイに対して十分有効打になったと判断した。


「マジかよ」

「なんとか勝てた。僕も危なかったからね」


 アレクの言う通りだろう。ある程度攻撃が弾かれると身構えていたが、予想以上にレイの力が大きかったようだ。

 実際にアレクの双剣の片方が飛ばされていたからな。

 やはりレイはアレクの俊敏な動きにまだついていけていない様子でもあった。


「にしても速すぎるだろ。とても追いつけそうにないぜ」


 レイもその点については認めているようだ。


「君に勝てるのは速さと技術力だけだからね」


 アレクはそう言う。確かにその点に関してはアドバンテージがあると見ていいだろう。


「さ、私たちもいこか」


 後ろからミリシアが声をかける。次は俺たちの番のようだ。

 そんないつもと変わらない訓練がただただ続いた。


 そして、試練当日。

 この日の朝は皆同時に広間に集まった。

 そして、モニターに表示されている時計をみんなして眺めていた。


「そろそろだね」

「うん。今日まで長かったけど、楽しかったよね」

「特にみんなで音楽を鑑賞するのは楽しかったぜ」


 もちろんこの地下空間には娯楽施設と利用することができる。しかし、ここに来てすぐはどう利用したらいいのかわからなかった。

 なんとなく”再生”と書かれたボタンを押したみたところ音楽が流れた。モニターには今流れている音楽の概要が説明されていた。

 今流行の音楽からクラシック音楽まで様々な分野の音楽を自由時間にみんなで聴いたの覚えている。

 確かにその瞬間は非常に楽しいものであった。

 他にも剣術とは関係ないが、スポーツを楽しめる場所もあった。球を蹴り合うスポーツは連携力が試される。それも非常に楽しかった。


「体格に似合わないこというね」

「あ? 楽しかったんだからよ」


 そして、時計の針がちょうど一周回った。それと同時にモニターの表示も切り替わった。


『これから最終試練を開始します』


 そう書かれたモニターを俺たちは見つめる。


『これから全員でエレベーターに乗ってください。一人ずつ部屋に入ってもらいます。指示は地上にて再度連絡します』


 ここに来た時に乗ったエレベーターに乗るようだ。あれ以来動いていなかったが、定期的に物音がしたのは知っている。おそらく動くかどうかのテストだったのだろう。


「よし、じゃいこうか」


 アレクの一声でみんなが移動する。大きな扉の前に立つと、自動で開いた。

 カメラで認識して操作しているのだろう。そこを進むとまだ新品のように綺麗なエレベーターがあった。


「綺麗なままだな」

「僕たちが知らない間に掃除とかしていたんだろうね」


 エレベーターの中央にアレクとレイが向かう。

 すると、後ろから俺にだけ聞こえるようにミリシアが呼び止めた。


「ねぇ、最終試験一緒に合格できたら話したいことがあるの」


 少し赤面した顔でミリシアが言った。


「わかった。無事に合格したらな」

「うん……約束、ね」


 エレインは小さく頷いた。

 全員がエレベーターに乗り込む。

 地上まではものの一分ほどで着く。

 その間はみんなの顔は緊張していた。一体何が待ち構えられているのか想像しているのだろう。

 そしてエレベーターが止まり、扉が開く。そこには人数分の椅子が用意されていた。


『座ってお待ちください』


 そう無機質な音声が響く。


「とりあえず座ろうか」


 アレクがそういい、椅子に座る。続いてレイ、ミリシアが座る。

 それと同時にモニターが表示される。


『エレイン、部屋にお入りください』


 そう表示された。


「大丈夫だよ」


 アレクがそう言う。


「へますんじゃねぇぞ」

「がんばってね」


 レイとミリシアもそう応援してくれる。


「ああ、頑張るよ」


 そう言って俺は部屋に入る。

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