最終試練と三人の指名

 そこには六〇代後半といった男性が一人座っていた。

 そしてその人の前の机には小さな箱がある。


「お久しぶりですね」


 男性はそう言う。しかし、俺には全く覚えがない。


「生憎と俺には記憶にない」

「当然でしょう。君がちょうど生まれたばかりのことですから」


 この人が俺を出産時に引き取った人なのだろう。

 その件については聴いたことがある。


「さ、立っているのもしんどいでしょう。座りなさい」


 俺は近くの椅子に座る。

 今から何が行われるのか全く想像できない。しかし、何も考えないわけにはいかないので警戒してみる。


「その目、警戒していますね」

「最終試練と聞いたからな」

「ふむ、その心構えは十分と言ったところでしょう」

「それが試練なのか?」


 俺はそう踏み込んでみる。


「いえ、違います。この先の選択が最終試練ですよ」

「選択?」


 そう言うと男性は机に置かれた小さな箱を持ち上げた。そこには見慣れないものが置いてあった。


「実際目にしたのは初めてでしょう。これは拳銃と言います」


 机に置いてある黒い物体、それは拳銃だった。


 魔族がこの世界に現れてから人類は同族との戦争をやめた。いや、やめざるを得なかった。そして銃火器などの製造も少なくなり、代わりに魔族に有効な攻撃を与えることができる”聖剣”へと切り替わった。

 今の時代では拳銃はほとんど使われていない。一部の貴族か、治安維持組織などの上層部が持っている程度だ。


「本物か」

「ええ、本物です」


 そう言うと男性は手慣れた手つきで拳銃を触り始めた。確かに拳銃の中には弾薬が入っているようだ。


「扱いはすでにわかっているはずですね」


 確かに実物を触ったことはないが、モニターで扱い方について学んだことを覚えている。照準を定めて引き金を引くだけで弾丸が飛び出る。


「理解している」


 そう答える。


「では、試験を始めるとしましょう」

「ああ」


 そう言うと、男性の背後にあるモニターが表示される。『後方にいる標的を拳銃を使って排除しなさい。命令に疑問がある場合は質問を三回まで許可します』 その指示を見て俺は後ろの方を向いた。そこには椅子に座っている三人がいた。右からアレク、レイ、ミリシアの順だ。

 向こうからはこちらが見えているような素振りはない。時々喋る動作があると言うことは写真を使っているわけでもなさそうだ。つまりマジックミラーか何かだと言うことだろう。


「もう試験は始まっています。質問があるなら三つまで答えます」


 そう男性が言う。

 俺は拳銃を手にして構造を確認する。どうやら男性が言っているように本物のようだ。どれを見てもモニターで見たものと同じだ。どこも欠けている部品はない。


「この拳銃の弾丸はあの窓を貫通するのか?」

「貫通しますね」


 なるほど、攻撃は可能と言うことか。


「この試験の本質は仲間を殺すことか?」

「その拳銃で標的を撃つということです。質問は次で最後ですよ」


 踏み込みすぎた質問だったか、まぁいい大体は把握した。


「あそこに座っているのは俺と共に生活した三人、本人で間違いないのか?」

「ええ、どう見てもご本人ですね」


 俺はそれを聞いた直後、拳銃で後ろにいる三人の後頭部を狙い正確に三発撃ち込んだ。

 強烈な破裂音のあと、静かに薬莢の乾いた音が響く。


「心拍は安定、発汗もなし。非常に強い精神力をお持ちですね」

「試練はどうなった?」

「……もちろん合格です」


 どうやら俺の判断は間違っていなかったようだ。

 後ろにある窓には三つの弾痕があるものの、変わらず三人はしゃべる素振りをみせている。超薄型の精細なモニターだったのだろう。


「この先の扉に進んでください。しばらくの休養を命じます。一三年間ご苦労様でした」


 男性はそう言うと奥の扉が開いた。


「最後に聞くが、俺はこの後どうなる?」

「あなたはすでに最高の剣士になられております。剣術や能力はあの三人よりはるかに高く、教養もある。そして何よりも精神力が極めて強いこともこれで証明されましたしね」

「つまり、どう言うこと何だ」

「……あなたにとっておきの”聖剣”をお渡ししたいと考えております」


 なるほど、俺を聖騎士として認定したいと言うことなのだろう。俺がいるこの帝国はいまだに隣国であるエルラトラム聖騎士団に所属している剣士がいないのだ。俺をその剣士として認めたいと言うことだろう。

 だが、聖剣をエルラトラム国外に持ち出すには法律的に難しい問題がいくつかある。簡単には持ち出せないのだ。


「その聖剣は本物なのか?」

「以前までは確かに高位の聖剣に位置していましたね」


 男性の言う”以前まで”がどう意味なのかはわからないが、本物と言うことらしい。まぁ俺としてはどんなものであろうと、聖剣なら構わないのだが。


「わかった」


 俺は扉の向こうへ歩いて行った。廊下の先に一人の女剣士が立っていた。


「本日から護衛を務めます。ユウナ・スティングレイです」


 そう敬礼した女剣士は俺の記憶の片隅に確かに存在していた。


「もしかして、ユウナか?」

「まさかエレイン? あ、エレイン様ですか?」

「わざわざ言い直さなくてもいい。あれから無事に剣士になったんだな」

「そうですよ、きつい訓練もありましたけども」


 彼女はそう言うと頭をポリポリと掻き、辛かった過去を吐露する。

 まぁ俺としては彼女が無事に生存していたことが確認できただけで、俺は長年苦しめてきた罪悪感から解放された感覚がした。


「そうか、ならいいんだ」

「では、こちらでごゆっくりなさってください」

「そうするよ」


 俺はユウナが守っている部屋に入ることにした。

 部屋の中は地下空間と同じ部屋の構造だ。ベッドと机だけだ。

 一つ違うのは壁に食事を届けてくれる窓があることだ。

 ベッドに横たわり、俺は真っ白な天井を見た。

 俺が手にする聖剣、どんなものなのだろうか。

 一言に聖剣と言っても様々なものがある。モニターで紹介されていただけでも一〇種類以上は確実に存在していた。大剣のような大きなものからナイフの小さなものまで多くある。

 そんなことを想像しながら、この日は寝ることにした。

 俺とて人間だ。あの最終試練の選択があった直後はさすがに疲れる。


   ◆◆◆


 これはエレインが知らない他の三人の物語。

 エレインが最終試練を受けるために部屋に入って行った瞬間から始まる。


「エレイン、入って行ったね」

「うん。でも大丈夫だと思うよ」


 ミリシアとアレクはそう言う。

 しばらくすると、アナウンスが流れた。『アレク、レイ、ミリシア。三人はもう一度エレベーターにお乗りください』


「え、どうしてだろう」


 ミリシアが疑問に思う。そう、ここに椅子が三つあると言うことはここで三人が待機できるように設置してあると思っていたからだ。

 他の二人もそう思っていたようだが、そう指示されては従うしかない。


「とりあえず、行こうか」

「うん、そうだね」

「わかったよ」


 三人は椅子から立ち上がり、エレベーターの方へ乗り込む。

 全員がエレベーターの中央に入ると、扉が閉まる。


「これより上ってどこに行くのかな」

「また地下じゃねぇのか」


 そうすると、エレベーターが動き出した。どうやら上に向かうようだ。


「どこに連れて行かれるんだようね」


 三人はそう不安そうにしていると、すぐにエレベーターの扉が開いた。

 扉が開くと、そこには一人の男性が立っていた。歳はとっているのだろうが、若々しい顔つきとしっかりと鍛えられた肉体はスーツを着ていてもわかる。


「訓練、ご苦労様でした」

「え、どう言うことかな?」

「あなたたちはすでに最終試練を合格されました」

「エレインはどうなったの?」


 しかし、男性は答えない。


「不合格……ってこと?」


 ミリシアがそう言うが男性は何も答えない。いや、答えられないのだ。まだエレインの試練は続いているのだから。

 しばらく沈黙が続いていると、男性が口を開いた。


「あなたたちには早速なのですが、任務があります」

「任務、ですか」


 アレクは少し考え込んで言う。


「訓練の直後ですが、三人にしかできないような極秘任務です」

「わかりました。どのような任務でしょう」


 アレクがそう言ったのをミリシアが引き止める。


「アレクはエレインがどうなったのか知りたくないの?」

「今はそう言っている場合じゃないと思う。もちろん僕だって心配なのは変わらない」

「……でも」

「アレクの言う通りだぜ。ここはその任務とやらを受けるのが妥当だ」


 レイもそう言う。だが、ミリシアは納得していないようだ。

 ミリシアは試練が終わったら話すことがあると、エレインと約束していたからだ。


「失礼しました。任務の内容はなんでしょうか」

「詳しくは奥で説明しますが、とある”聖剣”の輸送任務です」


 そう言うと男性は手を広げ、奥の部屋を指した。


「こちらへどうぞ」


 男性に連れられるように三人が向かう

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