ペア戦での訓練

 翌朝、個々の部屋から広間にやってきた。物心ついた頃から同じ生活を続けている俺たちからすれば当然皆が同時に揃うことは珍しくない。


「おはよう、昨日は眠れた?」


 真っ先に話しかけてきたのはアレクの方だ。


「おはよう。そこまで眠れなかったな。環境が一変したことが大きいかもしれないけど」

「そうだよね。今までだと、みんなで一緒の部屋で寝ていたもんね」


 次に話しかけてきたのはミリシアの方だ。彼女もあまり快眠できていないようで、瞼を少し擦りながら部屋から出てきていた。


「うんうん。まぁでもすぐに慣れるかもね」


 そう話しているとアラームが鳴り、モニターに指示が映し出された。

『本日のペアの発表』

 そう題されたモニターにペアが表示される。

『アレクとミリシア、エレインとレイ』

 と表示された。


「とりあえず、指示され通りに集まろうか」


 そうして俺の横にレイが眠たそうに歩いてくる。

 ペアで揃ったと同時にまたモニターが切り替わる。


『本日の稽古はペア戦。二対二の試合を三回繰り返します。それぞれ好きな形状の木剣で勝負してください』


 どうやら本日の稽古はペアでの戦いのようだ。以前の教育者相手にしたような戦いではない。


「ペア戦か、燃えるぜ」


 横にいるレイがまた殺気だったような目で嬉しそうにモニターを見ていた。

 レイは根っからの戦闘狂のようで、このような対人戦となると情熱的になるようだ。

 だが、今回は以前と違い好きな形状の木剣を使用することができる。その点が重要になってくるだろう。


「レイ、わかっていると思うが……」

「何、好きな木剣だろ? やっとこれが使えるのか」


 そう言ってレイが取り出したのは大剣の形をした木剣だ。もちろんレイの実力的には扱えるような代物だが、相手も同じく得意な形状の木剣を使用してくる可能性が高い。それを踏まえた上で俺は武器を選ぶことにした。

 もちろん、レイが大剣を選ぶことに対しては何も言わない。ただ、それに合わせて俺は形状を選ぶだけだ。


「俺はこれにする」


 俺が選んだのは小ぶりな剣だ。いわゆる短剣の部類だろう。


「そんなちっこい剣で挑むのかよ。大丈夫か?」

「ああ、レイがその大剣で挑むのならこれで十分だろう」

「まさか、最初っから俺に頼るつもりか?」


 それが許されるのであればそうしたいところだが、あの二人はそう甘くはない。お互い協力し合わないと勝てないかもしれない。


「そう言うわけではない。レイが前衛に出てくれるのであれば問題ない」

「まぁ大剣だからよ。前衛に出るのは当たり前だろ」

「それなら問題ない」

「なんだよそれ」


 レイはどこか不思議そう俺を見ていた。

 すると奥からアレクとミリシアも出てきた。

 俺の予想通りの武器のようだ。アレクは両手に片手剣を持っている。いわゆる双剣のような感じだろう。ミリシアは細くリーチの長いレイピアを模した模造剣のようだ。


「よし、準備はいいみたいだね。今から一回ごとに反省会をして互いに良いところ悪いところを改善していくのが目的だよ」

「ああ、わかってるよ」


 レイは早く戦いたそうにしていた。


「じゃあレイの機嫌が悪くならないうちに早くしよか」


 そうして俺たちは昨日と同じく練習場に入る。

 その時、ミリシアは俺の持っている剣を一瞬だけ見たのを覚えている。

 一対一の戦いではないため、練習場のカウント機能を使うことにした。


「準備ができたら手をあげて、そしたらカウントが開始されるから」


 ミリシアがそう言う。


「いつでもいいぜ!」


 俺の同意を得ずにレイは手をあげた。


「はーい」


 そう言ってミリシアはカウント機能を開始した。

 カウントが始まるとレイは冷静になったのか俺の方を向いた。


「始まったけど大丈夫だよな」

「ああ、問題ない」


 遅過ぎる気がするが、どうやら自分が先走ったことに気付いたようだ。

 カウントがゆっくりと刻んでいく。

 そして、カウントがゼロになると同時にアラームが鳴る。

 アラームと同時にアレクが双剣で突撃をしてきた。もちろん、それをレイは大剣でうまく受け止める。


「お前! 速すぎだろ」

「こっちも本気だからね!」


 アレクの素早い攻撃は綺麗な流線形を描くように滑らかに繰り出されていく。

 その流れるような攻撃に流石のレイでも焦りを感じたようだ。

 昨日の時点で俺は三人の実力には理解していた。

 アレクはレイと対戦していた時、片腕を軸に攻撃を仕掛けていた。普通両手で持つのであれば両腕を一つの軸にする。その時点でアレクは両手で一つの剣を持つ扱いに慣れていないと言うことだ。

 あまり慣れていないとはいえ、レイとの対戦では不得手だとは思わせないほどの技術力であった。あれほどの技術力を要する戦い方、それは双剣を使った戦い方が得意だと推察できる。


「くっ!?」


 レイが少し押され始めてきた。だが、俺は冷静に戦場を見て考える。レイはもう少しその攻撃に耐えることができるだろう。

 俺はアレクの攻撃からミリシアの方へ視点を移した。

 ミリシアはアレクの背後に、つまりレイから見えない位置に身を置いている。と言うことはレイに対しての集中攻撃だ。

 そう、この作戦はミリシアが考えたものに違いない。俺がこの剣を持っていることでリーチが少ないと判断した。そして前衛にいるレイを集中的に攻撃し、すぐに排除した後で俺に攻撃すると言った戦法だろう。

 そう考えて整理した俺は攻撃を開始することにした。


「レイ! ジャンプだ!」

「と、飛ぶのか?」


 そう言って、アレクの双剣を防ぎながらレイは飛んだ。それができただけで十分だ。

 俺はレイがジャンプしたその下を滑り込んでアレクとレイの間に割り込んだ。これにはアレクも対応できない。双剣の間、首元が無防備なのでそこを攻撃することで、有効打を与える。

 そして、次にミリシアへの攻撃だ。俺は有効打を与えた直後に体を捻り、アレクの背後に回り込む。当然ミリシアもこれの対応は難しいだろう。だが、ミリシアはその素早い剣撃で攻撃を繰り出した。

 それでも俺の眼はしっかりと剣先を捉えることができた。俺は難なくそれを短剣で受け流し、ミリシアの腕に有効打を与える。


 俺がアレクとミリシアに有効打を与えたと同時にアラームが鳴り、俺とレイの勝利が表示される。

 二人は何が起こったのかすぐには理解できなかったようだ。

 アレクに関しては俺が急に地面から出てきたような感覚だったに違いない。


「えっと、何が起こったのかな」


 しばらくの沈黙を打ち破ったのはミリシアの方だった。


「僕にはエレインが地面から飛びかかってきたように見えた……」

「お、俺はただ飛んだだけなんだが」


 確かにレイはただ飛んだだけに過ぎない。それをうまく利用したのは俺の方だからだ。

 この戦い方ができるのは今回だけだ。次の試合でもこれがうまく利用できるとは考えられない。ミリシアは頭が回る方だ。であれば、次からはこれとは違ったやり方の戦い方で挑むしかない。


「とりあえず僕たちの負けだね」

「うん。そうみたいだね。ちゃんと作戦組んだのになぁ」


 ミリシアのあの作戦は間違いなく作用していた。現にレイはアレクの攻撃ばかりに集中していたからな。俺が手を出さなければ、あのままレイは有効打を決められ負けていただろう。


「ミリシアが考えた作戦は機能していた。ただ、俺の攻撃を予想していなかったと言うことだな」


 そう助言する。

 これは訓練だ。教え、教えられの繰り返しなのだ。


「まさかあんなアクロバットな攻撃が来るとは予想もしてなかったよ」


 まぁそうなるな。


「エレインはすごいね。咄嗟にあれを思いついたのか?」

「いや、試合前からあらかた予想していた」

「ってことは私たちはエレインの手のひらで踊らされたってことだね」

「一瞬だったから理解できなかったけどよ。俺が飛んだ直後にお前が下を潜ったってのか?」


 後ろからレイがやってくる。レイの目は大きく見開いていた。相当驚いているのだろう。


「タイミングを合わせれば誰でもできることだ」

「そうは言ってもよ。少しミスったら下敷きになっちまう」

「そうならないようタイミングを見計らってるんだ」

「……そうなのか」


 レイは納得していないようだ。このような連携は前もって練習しておかないとできないと考えているのだろうな。

 俺たちは一度、練習場から出て朝食を食べることにした。朝食後はまた練習場に戻って二回戦を始める予定だ。だから、この朝食のうちに二回戦に向けての反省会をする必要がある。

 広間に出るとすでに昼食が物資用エレベーターに届いていた。

 ミリシアとアレクは俺らから離れるようにして座った。俺らもそれに倣ってペアで朝食を食べることにした。


「なぁレイ、次も大剣で挑むのか?」

「おう、そのつもりだ」


 どうやら自分の戦い方は変えないようだ。それはそれで俺としてはありがたいのだが。


「今度も同じような戦法では勝てないだろうな」

「どうしてだよ。あれなら誰でも対応はできないだろ」


 誰でもあれを反応しろと言うのは難しいことだ。しかし、同じ戦い方を繰り返せば繰り返すほどに勝率は下がっていくのもまた事実。


「次の戦いなんだが、今度は俺が前衛に出る。それでもいいか?」

「前衛だ? 難しいぞ」


 冷静に戦場が見渡せる後衛ではないからな。


「俺も一回は前衛にでないとな。訓練のうちは色々と経験するべきだと思う」

「……わかった。もしもの時は任せろ」


 俺はこうしてまた実力を皆に合わせてしまう。

 なぜそのようなことをしてしまうのかは理解している。”友達”と呼べる人が欲しいからだ。

 こんなにも才能があって個性的な、優しい人たちだ。



       もう失いたくはない。

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