エレインは実力を発揮しない

 練習場に入ると、ミリシアが驚いた。


「案外大きいね」

「そうだね。四人だと大き過ぎるぐらいだよ」


 確かに大きい練習場だ。しかし、ここにはある仕掛けがあるようだ。


「このボタンを押すと、人形が出てくるみたいだね」


 アレクが見つけたボタンを押すと、天井から吊り下げられた人形ができた。簡単な移動などが設定できるようで自由に練習することができそうだ。


「大人と同じくらいの大きさってくらいかな」


 と言ってもそこまで大きいものではない。この点に関しては俺たちの成長に合わせて調整されるのだろう。


「今日は人形を使わないで、対人戦と行こうか」

「うん、サンセー」

「俺もそれで大丈夫だ」


 レイも軽くうなずき賛成の意を示した。


「じゃ、誰と組もうか」

「まずは私からいい?」


 すると、ミリシアが手を挙げた。


「私はね……エレインと組むよ」


 ミリシアが指名したのは俺だった。


「わかった」

「じゃ、僕たちは見ておくよ」


 アレクとレイは俺とミリシアの対戦を見るようだ。


「決定打となる攻撃を先に受けた方が負け、それでいいかな?」

「いいよー」

「大丈夫だ」


 そう言って俺とミリシアは木剣を持って練習場の中心に向かう。


「先に攻撃してもいい」

「へぇ、防衛側は難しいよ?」

「理解しているつもりだ」

「じゃお構いなく攻撃させていただくね」


 そう笑顔で言うと、ミリシアは木剣を構えて攻撃の態勢を取る。

 実力が同等の一対一の場合、基本的には読み合いの戦闘になる。まずは相手の攻撃を観察するところから入る。

 ミリシアは高速な剣撃を繰り出してくる。俺は冷静に攻撃を見切り、躱していく。


「この速さでも避けられるのかぁ」


 いったん剣撃をやめ、ミリシアはそう漏らす。


「動体視力には自信があるからな。その程度なら見切れる」

「じゃこの速さは?」


 ミリシアの攻撃はさっきより一段と速度が上がった。しかし、俺の眼にはしっかりと捉えることができる。

 俺は高速で繰り出される全部の攻撃を躱しきる。


「うそ?!」


 ミリシアがそう言った隙に俺は、木剣を振り鳩尾みぞおちに剣撃を与える。

 当然、攻撃中だったミリシアは防衛に回ることができず、そのまま攻撃を受けることになる。


「勝負ありだね」


 アレクがその攻撃を有効打と判断し、勝負を付けた。


「悔しいなぁ。以前はこの速度で負けなしだったんだけどね」

「速度は申し分ない。だが、流れるような剣撃とは違う」


 どれも直線的だったミリシアの剣撃は予測がしやすく、たとえ眼で追えなくても避けることは可能だろう。


「エレインの言う通り、直線的な攻撃は予測されやすい。だから反撃しやすかったんじゃないかな」


 アレクがそう解説する。


「そっかぁ、相手を読み間違えたって感じだね。エレインとだったらいい勝負できそうだったのに」


 ミリシアはそう言う。しかし、彼女の実力はもっと上なのだろう。

 手加減している感じではなかったが、何か引っかかりを覚えたのも確かだ。彼女の実力はおそらく頭脳戦にあるのだろう。

 駆け引きの勝負をすればどうなるかはわからない。


「じゃ次は、レイとアレクだね。早くしよ」


 すると、レイは待ってたぜと言わんばかりに手のひらを拳で叩いて、木剣を握る。

 アレクもそれに続いて木剣を手に、練習場の中央に向かう。

 木剣は俺とミリシアと同じで片手剣の類のものだ。


「さっきは体術で負けたけどよぉ。今は剣の戦いだ」


 レイは殺気だった目でアレクを見つめる。


「そう、だね。それがどうしたのかな?」


 アレクはその目で見つめられても冷静にレイをしっかりと目で捉え続けた。


「いいぜ、かかってこいよ。剣で俺に勝てるんだよな?」

「遠慮なく攻撃させてもらうよ」


 アレクはレイに攻撃を開始した。速度はミリシアほどではないが、流線的でどれも繋がっているような剣撃を繰り返した。もちろん、体勢の立て直しも早く、技術力が高いことは確かだ。

 それに対して、レイはなにも技術的なことはしていない。それでもアレクの剣撃を難なく防ぐことができるようだ。

 今はアレクが優勢だが、いずれはレイに軍配が上がると言ったところだろう。


「アレクの攻撃、綺麗だよね」

「ああ、あの攻撃でミリシアほどの速さなら俺も躱すことができなかったかもな」


 確かにアレクの攻撃は芸術に近いほどに美しい。彼の剣先は綺麗な流線形を描いている。


「へぇ〜」


 ミリシアは俺に疑いの目を向けてくる。

 そうして数回剣を交わした後、レイがアレクの剣を弾く。


「!?」


 アレクが少し体勢を崩した瞬間、レイが大きく剣を振りかぶりアレクの首筋を狙った。


「おらぁ!!」


 アレクはうまく体勢を立て直し、剣を盾のように構え防御体勢を取る。

 俺はミリシアの襟を引っ張り、後方へ下がらせる。


「え、ちょっと!」


 ミリシアが困惑して声をあげた瞬間、鈍い音が練習場を轟かせ木片が飛び散る。

 俺がミリシアを下がらせたのは木片が飛び散ると予想したからだ。レイの強力な一撃はアレクの木剣を叩き斬ったのだ。


「勝負ありだ」


 俺はそう言って、勝負を終わらせる。


「へっ、木剣だろうが真剣だろうが切れるんだよ。力さえあればな」


 レイはどこか満足そうにしていた。体術では負けたが剣術では勝てたことに満足しているようだ。

 アレクは少し考えた後、立ち上がった。


「流石だね。僕には到底真似できないよ」

「なんのことだ?」

「僕の木剣を叩き斬った後、すぐに剣を止めたね?」

「当たり前だろ、これは訓練だ。誰であろうと怪我させるわけにはいかねぇからな」


 そうレイは言うが、木剣を叩き斬るほどの力を寸前で止めるのは難しい。それこそ緻密な計算のもとで自分の筋力をうまくコントロールする必要がある。

 つまり、レイはただの筋力馬鹿ではないと言うことだ。しっかりと技術も心得ているとアレクは言いたいのだろう。

 ミリシアは自分の一歩手前に飛んできた木剣の剣先を手に取り、レイに詰め寄る。


「ねぇ危なかったんだけど?」

「あ? 何も当たったわけではないだろ?」

「エレインが引っ張ってくれなければ当たってたよ!」

「そうか、悪いことしたな」


 レイは俺の方を見てそう言った。


「私の方を見て言ってよね!」


 ここにいる人の実力が大体わかったところだ。

 どうやら、この人たちは俺とは別の教育方法で育成された人たちなのだろう。つまり、この試験はそれの選別か。なんとも残酷なやり方ではあるが、理にかなっていると言えばそうなるのかもしれない。とりあえず、この人たちの実力はかなり高いレベルにまで成長しているように見える。

 ミリシアは非常に速い攻撃ができる。アレクは丁寧に剣や体を使いこなすことができるようだ。そして、レイは圧倒的な筋力とその筋力コントロールが自慢のようだ。

 どれも戦闘において重要な部分になっている。素早さ、技術力、筋力はどれも欠けてはならないからな。


「でも、こうやって手合せしたけど、最後まで実力がわからなかったのってエレインだよね?」

「そうだね。欠点とか見当たりそうにないね」


 ミリシアとアレクはそう言うが、レイは納得していないようだ。


「速い攻撃をうまく躱しきっただけだろ」

「いや、それもそうなんだけど動きに無駄がないって言うか。ほら、私に反撃した時だって有効打の一撃だけだったでしょ?」

「うん。エレインは自分の弱い部分とかわかるかな?」


 自分の弱い部分か、そういえば考えていなかった。幼い頃からただ周りよりも強くなるためだけに集中してきたからだ。


「そうだな。強いて言うなら筋力かな」


 とりあえず、そう答えてみた。


「ったりめぇだろ。こんなヤワっちい腕で俺みたいな技はできないだろ」

「そうだよね。俊敏性に関してもミリシアのあの攻撃を躱しきれていたから問題ないだろうと思うけど」


 後々に課題となってくるのは自分の弱点か、それも考える時期であるとも言えるだろうな。


「まぁとりあえず、今日はここまでとしようか。もうすぐご飯が届く頃だしね」

「ああ、そうしようか」


 それから広間に戻り、俺たちは夕食を食べることにした。

 やはり、この食事は何か意図があって量を少なくしているのだろう。それが意味することはまだわからないが、今後これがネックになってくることは間違いないだろう。

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