最下層特別訓練施設に入る

 翌日、俺はとある男性に連れられていた。


「エレイン。昨日はいい戦いでした」

「このエレベーターはなんですか?」

「ここから下層に向かうものです。君の実力を引き上げるための新たな教育をします」


 そう言うが、俺はなんとなく理解していた。

 この下にはおそらく俺と同じような実力の高い人がいるのだろう。

 続けて男性は言う。


「君には拒否権はないですよ。帝国の決めたルールですからね」


 つまり、連れていかれるがままと言うことだ。


「ユウナたちはどうするのですか?」

「あの子たちはもう用はないです」

「どう言うことですか?」

「君が知る必要はないでしょう」


 その言葉は当時の俺にとって重たいものだった。

 心の中の何かが崩れていく、そんな感覚がした。数年も一緒にいた人がこうしてすぐに消えていってしまう。俺はどこかでこんなことが許されていいのかと思い始めた。

 エレベーターを下っていくと、下層には三人の子供がいた。どれも俺と同じくらいの年齢だろう。


「この子で最後です。次へ行きましょうか」


 そう言うと電子キーの扉にカードを押し当て解錠する。

 大きな扉が開き、部屋の全貌が見える。

 広々とした空間に出た。当時の俺は知らないが、まるでホテルのロビーのような場所だった。


「ここがみんなが過ごす場所です。快適でしょう」


 男性はそう言いながらソファに腰掛けた。ソファはほどよくたわみ、座り心地の良さそうだ。

 するとモニターが付く。そこには時計が映されていた。


「その時計、実際の時間ではないですよね?」


 一人がそう男性に質問する。


「ええ、その通りです。この時計は実際の時間ではないのです。これは君たちの試練までの時間ですよ」

「試練?」


 そう皆が疑問に思っている中、男性は口角をあげた。


「そう恐れることではありません。ただ普通に稽古と食事、睡眠を取っていただくだけで終わります」

「その試練というのはいつなんですか?」

「ちょうど、この時計が一周回ったところで開始されますよ。さて、私は帰るとします。あとは自由に過ごしてください」


 すると男性は大きな扉にカードキーを当てる。そして、扉が開く。


「この扉は非常時以外は開かないようになっています。ここが閉ざされた後はモニターの指示に従って稽古や食事をしてください。地下にいるのはあなたたちだけですからね」


 地下にいるのは俺たちだけで教育者や調理師などは地上にいるということだ。モニターで指示し、食事は横の柱にある物資用エレベーターから運ばれてくるようだ。

 物資用エレベーターにはいくつかセンサーが組み込まれており、そこからの脱出は不可能のようだ。

 つまり、完全に密室だということだ。

 部屋はこの広間以外に稽古に必要な練習場や勉学のための図書室、また筋力トレーニングのための施設など多岐に渡る。もちろん精神衛生上のために娯楽施設なども用意されているが、ずっとここにいる俺たちからすれば不要なものでもあった。


『今日の朝食です』


 そうしてモニターから無機質な音声でアナウンスされ、物資用エレベーターが移動を開始した。

 普段は地下に配置されている。地上から呼び出された時だけに動くようだ。

 地下からこのエレベーターにアクセスすることはできない。

 数分すると、料理が届く。

 一人がそれを取り、分配する。


「なんだよ、これだけかよ」


 八歳とは思えない大柄な男子がそう文句を言う。


「まぁ地下にいる以上、僕たちには何もできないよ」


 もう一人がそう答える。すると大柄な男はため息を吐きながらソファに勢いよく座り込んだ。


「わかったよ」


 そう言うと大柄な男子は一切れのパンを一口で食べた。

 朝食を食べたり皆が自由なことをして三〇分が経った時、モニターの時計の秒針が動いた。


「さっき動いたよな」


 大柄な男子はそう騒ぎ立てる。


「そうだな。さっきの時間から始まったとすれば三〇分が一秒と言うことか」

「試練までだいぶ長いな」


 三〇分で一秒針が動くのだとすると、この時計が一周回る時間は四年と三四〇日、約五年かかると言うことだろう。


「どれぐらいの時間があるんだ?」

「ちょっと待って、計算するから」


 そう言って、一人が紙を出して計算を始める。


「だいたい五年ぐらいかな」

「五年もかかるのかよ」

「でも今から五年だったら僕たち十三歳だよね。その頃には木剣じゃなくて本物の真剣になっているかもしれない」

「真剣か、いいぜ。俺が一番つえぇんだからよ!」


 大柄な体格で周囲を威嚇し始める。


「単なる力比べでは勝てそうにないかもね。でも剣術は力だけではないからね。僕だって負けないよ」

「へっ、力さえあればどんな剣でも切れるってもんよ」


 大柄な男が言う通り、どんなになまくらな剣であっても強い力で相手を叩き斬ることは可能だ。しかし、それにはなんの意味はない。正確に狙った位置を切るには緻密なコントロールがいる。ただ力だけが全てではないのだ。

 試練がどんなものであろうと今の段階では稽古に励み、互いに技術を向上し合う時期なのだろう。

 俺はここに来て初めて口を開くことにした。


「まぁ力があっても技術がなければ意味がない、ってことだな」

「あ?」

「なんでもない。力だけの人には言っても意味がないか」

「あんま調子にのんじゃねぇぞ」


 そう言って大柄な男は俺に威嚇をする。いくら大柄だろうと、背丈は俺らと変わりない。ここで技術の大切さを教えるいい機会かもしれないか。


「ねぇやめなよ」


 そう喧嘩が始まりそうなところ、レイとは別のもう一つのソファに座っている一人の女子が声をあげた。


「あの人の言う通りだよ。こんなところで喧嘩してる場合じゃない」

「うっせえな!」


 大柄な男が制止に入った男子に殴りかかった。すると大柄な男の体が宙に舞い、地面に背中から叩きつけられる。


「っ!?」

「僕に敵意を向けたね。僕はどんな人だろうと容赦しないよ」

「お前!」


 俺は大柄な男を止めた。


「やめておけ、ここでの喧嘩はよくない」


 そういって俺は監視カメラを指差した。


「ちっ、見てやがるってことかよ」

「何をどう評価されるかわからない以上、むやみに行動しないことだ」


 すると、大柄な男は冷静になったのか、ゆっくりと立ち上がった。

 状況がしっかりと把握できれば冷静になれると言ったところだろう。


「さっきから話してるけど、誰も名前知らないのよね。だから自己紹介しよ」


 するとソファから立ち上がり、スカートの端を持って一礼する。

 さっきの態度から一変し、まるで気品溢れる貴族のような振る舞いに変わった。


「私、ミリシアって言うの」


 そうして、もう一人の男が小さく手を上げて言う。


「アレクだ。改めて、よろしく」

「俺は……レイだ」


 大柄な男が言うと皆の視線が俺に注目した。


「エレインだ。試練までよろしく」


 するとソファから立ち上がりミリシアが手を叩いた。


「さてと、今日は自由時間だけど、どうする?」

「そうだね。明日までまだ時間はあるし、みんなの実力をみようか」


 アレクがそう言う。どうやらこれから練習場でみんなと軽く試合をしようと言っているようだ。


「そんなの必要ねぇだろ」

「五年後に行われる試練はどんなものかわからないけど、みんなの実力を知ってみんなで協力し合えば全員で合格できるかもしれない」

「まぁ体術でお前に負けたからな。今は従ってやるよ」


 大柄な体を持っているレイだが、アレクの体術に負けていた。


「エレインもそれで大丈夫かな?」

「別に構わない」

「じゃ、それで決まりね」


 そう言って俺たちは練習場に向かった。

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