第17話 男の友情

 ふぅ、これでアリスの件はひと段落だな。

 朝のホームルームを受けながら、俺はアリスの席をちら見する。俺の視線に気づいたアリスはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、まあすぐにいつも通りの関係に戻るだろう。

 なにせアリスは俺に【スレイブ・ウォーリアー】をかけられる前から、俺の煩悩魔法のせいで散々な目に遭っていても変わらぬお付き合いをしてくれる稀有な友人だからな。


『マスター』


 なんだよエクセリオン?


『俺はあんたが世界を救う使命を帯びているって言われて派遣されてきたんだ。だから朝の一件は信じないからな、あんなお下劣な魔法が存在することも、マスターがお下劣とはいえ大賢者である俺が知らない魔法を使えることもだ』


 どうやら二重の意味でエクセリオンを傷つけてしまったらしいな。

げ、現実逃避はよくないぞ。ほ、ほらっ、長生きしていれば色々あるっていうんじゃんか。


『だからってあんな下品な魔法を認められるわけがねえだろっ!? くそっ、かりにも魔王と戦ったことがある俺がなんでこんなスケベなマスターに仕えなきゃならないんだっ!?』


 その直後、鼻がついていないはずのエクセリオンからすすり泣く声が聞こえてた。ツッコミを入れるより先に俺はフォローする。

 な、泣くなよエクセリオン。な、長生きしてればきっといいことがあるさ。


『う、うるせえっ!? お。俺が泣くわけないだろっ!? だって、だってな、もしかしたら本当に煩悩魔法が存在するかもしれないんだぞっ!? かつて俺が大賢者と呼ばれていた時代生涯の全てを費やしても習得できなかった魔法を、マスターのような変態が発現できる、いや、それ以上の魔法だって発現できるかもしれないんだっ!? これが泣き喚かずにいられるかーーーっ!?』


 こんな具合で叫んだあとエクセリオンは再び泣き出してしまった。

 今日の放課後はもう一つ新しい煩悩魔法を習得する予定なんだが、果たしてエクセリオンの精神は無事で済むだろうか。

 そんなことに思いを馳せていると、いつの間にか授業が始まっていた。


「先日やった小テストの結果を返すぞ。名前を呼ばれた者から取りに来い」


 一般魔導教養Ⅱの担当教師が次々と学院生の名前を呼びあげ、答案用紙を返していく。俺も名前が呼ばれたので答案をもらうと、四十七点だった。四十点以下になると赤点扱いで補習を受ける必要があるらしい。俺の場合は基礎問題からして半分も合っていなかったのだが、応用問題で数列を使って魔術式を解いたことが高く評価されていたのでどうにか補習を免れたようだ。

 ちなみにアリスは八十九点で、文句なしの好成績だった。


「やるじゃないかアリス」

「あたりまえでしょ、勉強は種族の特性関係なしの純粋な知力の競い合いなんだから人族だって優れた成績を納められるじゃないの。ここを逃す手はないわよ」

「えっ!? これってそんなに大事なテストだったのかっ!?」

「あんた、もう少し真面目に勉強したら?」

「ま、まあクラス代表戦が終わったら本気で取り組むよ」


 俺のせいで人類の評価が下がるのは防がないといけないからな。でも、だとすると今後の学院生活が厄介なことになるぞ。前世で習ったことならともかく、この世界の歴史や宗教系の科目はシモノが勉強していなかったからさっぱりわからん。


「不安ね。あんた、勉強できそうな見た目していないし」

「失敬な、人を見た目で判断するなって習わなかったのか。それに見た目なんて当てにならないだろ、イケメンでも俺より下がちゃんといるしな」


 俺が右後ろの席に移すと、そこには腹痛を堪えているかのように引きつった表情で答案用紙を眺めるクロードがいた。

 表情だけで相当まずかったことがわかる。


「ちょっと、僕のほうを見ていうのはやめてくれるかな。失礼だよシモノ、な、軟弱な人族のくせに」

「ははは、残念だったな。そういうお前は人族以下だろ」

「言ったな、僕をなんだと思って――」

「俺は四十七点の人族だ。お前は?」

「うっ、三十九点」

「ははは、どうやら赤点のようだな。補習を頑張れよクロード」

「なっ!? う、うるさいなキミはっ!? 断っておくけど、僕は馬鹿なんじゃなくて、この学院で求められるのとは別の体系の教育を受けてきたからで……」

「大丈夫だって。お前ができる人間なのはよくわかってるよ」


 クロードが女の子たちからちやほやされるイケメンなのに、気取りがまったくないことを俺はとても評価している。なんてたって嫌な感じがしないからとても付き合いやすい。一緒にいて苦しくないどころか楽しいんだ。


「ほ、本当っ!?」

「ああ。じゃあ今日の放課後は空けとけよ。男同士早速あれをやろうぜ」

「あれってなんのこと?」

「おいおい、放課後に男二人ですることって言ったらあれに決まっているだろ。まさかお前、そんなこともわからないのか?」


 エクセリオン、お前ならわかるだろ?


『わかるわけねえだろ。まあ、マスターのことだからとてつもなく頭がわりいことを考えてることぐらいは察しがつくけどな』


 そうか、普通はわからないのか。察しがついてもよさそうだけどな、と思いながら俺が説明しようとすると、


「えっ、お、男二人ですること? わ、わかって当たり前のこと、なんだよね。と、当然僕が、わ、わかるに決まっているだろ」

「なんだよ、言わなくてもやっぱわかるじゃんか。エクセリオン、どうやらわからなかったのはお前だけのようだぜ」

「……………………」


 なぜかエクセリオンはクロードを凝視するかのようにじーっと動かなかったが、まあそんなことはどうでもいいことだ。


「なら、放課後は俺に任せとけよ。スポットはすでに選定済みだ」


 ぐっと親指を立てた俺はクロードと熱き漢の誓いを交わしたのだった。

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