第18話 ついに習得
「ねえ、こんなところでなにするの?」
放課後になると、俺はクロードを伴って旧校舎の空き教室にいた。ここは偶に魔法生物学の実習とかで使われるそうなんだけど、基本的には空き教室になっている。立地的には、本校舎を見下ろせる位置取りだ。
「ねえ、ちゃんと答えてよ。こんなところでなにをするのさ?」
「あれをするに決まってるだろ。さあこっちに来いよ」
窓際に立つ俺のもとに、クロードがどこか不安そうに近づいてくる。
クロードは良識人だから空いている教室に勝手に入ることに引け目を感じているらしい。まあ俺も良識人だからクロードの気持ちもわからなくはないが。
『いや、マスターは良識人じゃねえだろ』
おいおい、なにを勘違いしているんだエクセリオン。これは理由があってしかたなくしていることなんだ。なにせ俺が新しい煩悩魔法を覚えないと使徒としての務めが果たせず世界が滅ぶかもしれないからさ。あくまで仕方なくなんだよ。
『……………………』
不信感が漂うエクセリオンの沈黙を無視して、俺はクロードにあるものを手渡した。
「ほら、お前にはこれをやるよ」
「そ、双眼鏡? なんでこんなものを持っているんだ?」
「なにを言っているんだ? 遠方に美女がいないか確認するために男ならみんな持ち歩くに決まっているだろ」
「男ならそれが普通なの?」
「ああ、当然だろ。持ってないならお前もあとで自前のを買っておけよ」
『いや、普通じゃねえだろ』
なんてエクセリオンが突っ込んでくるが、俺は華麗に無視した。
だってエクセリオンは前世で大賢者って呼ばれていたらしいから、きっとモテモテリア充ライフだったに違いない。前世でやり遺したことばかりの俺となんて考え方が合わないのは仕方がないことだからだ。
「そんなことより標的はあの街灯の下辺りだ。今日みたいな暖かい日はどうしても窓を開けがちになるし、いまはちょうど体育が終わったところだからな」
「いったいなにがあるのさ?」
尋ねながらクロードは俺の指摘した場所を双眼鏡で覗きこむ。すると、
「えっ!?」
なんだか困惑した声をクロードが上げる。
ふふっ、クロードもどうやら見てしまったようだな。
「どうだ見えるだろ、旧校舎から覗かれることは想定していないみたいなんだよ」
「な、なんてものを見せるのさっ!? は、犯罪だぞこれはっ!?」
「なにを訳の分からないことを言ってるんだよ。男二人に放課後するあれって言ったら女子の着替えを覗くことに決まっているだろうが」
「えっ、あ、あれって、の、覗きのことだったのっ!?」
それ以外には考えられないはずだが、なんだと思っていたんだこいつは?
『普通はそれ以外も考えられるだろ』
エクセリオンに窘められるが、やはり俺には理解できなかった。
「なにをそんなに驚いているんだよ、男ならこれくらいは普通だろ」
「ふ、普通っ!? そ、そうか……。男ならこれくらいは普通か」
そんな俺たちのやり取りを傍観していたエクセリオンがぼそりとつぶやく。
「あとで困ったことにならなきゃいいがな」
「ね、ねえ、シモノは双眼鏡を使わないのかい?」
「まさか。それを使ったら魔法の修業にならねえよ」
「修行?」
訳がわからずクロードが首を傾げる。
しかし、俺が放課後大急ぎでこの場所に来たのはなにを隠そう修行のためなのだ。決してやましい意図があったわけじゃない。決してない。大事なことだから二度言いました。
『どうだかな、俺にはやましさがあったようにしか思えないが』
と、とにかく俺には世界を救うという大義名分があるからこの際多少の行き過ぎた行いには目を瞑ってもらうとして――俺は遠方に見える、開け放たれた窓に注目する。
頼む、煩悩魔法よ。どうか俺にあの向こうにある美少女たちの楽園を拝ませてくれ!
「行くぜ!」
この日一番の気合とともに、俺はかっと目を見開く。するとその直後、いままで見たことのない素晴らしい景色が俺の目に映った。
【煩悩魔法:浄天眼を習得しました】
エ、理想の楽園(エデン)はここにあり……! がはっ!?
「シ、シモノっ!? し、しっかりしろっ!?」
突如大量の鼻血を出して意識を失いかけた俺を、クロードが支えてくれた。
どうやら【浄天眼】とやらの発現がかなりの負担になったようだ。
『エロいもんを見て鼻の下を伸ばし過ぎた結果、鼻血がわんさか出てきたせいだろ。そのまま死ねばよかったのに』
エ、エクセリオン、お前マスターである俺になんてことを言うんだっ!?
『【心眼】じゃなくて【浄天眼】だぞ【浄天眼】っ!? マスターは自分がなにを習得したのかわかってねえからそんなにふざけていられるんだっ!?』
えっ、なに【浄天眼】ってすごいの?
『……………………』
エクセリオンはなにも答えてくれない。だが、俺がさっき習得した魔法がエクセリオンの大賢者としての矜持を傷つけてしまったことくらいはわかる。だから、この光景を見れないエクセリオンのためにも、俺は再び《浄天眼》を発現しようと思う。それがお前へのせめてもの慰めだからだ……ッ!
『マスター』
おおっ、わかってくれたかエクセリオンっ!?
『あんた単に女の裸を見たいだけだろっ!?』
もう大義名分も何も残っていないが、俺は再び【浄天眼】を発現することにした。
いや、やはり正当な理由として一応練習を兼ねているってことにしておこう。いざっていうとき咄嗟に【浄天眼】が発現できないと苦労するかもしれないからな。
「み、視えたっ!?」
再び俺が理想の楽園を眺めていると、クロードが勘づく。
「なっ、もしかしてシモノいま魔眼を使っているのかっ!? い、いまキミはいったいなにを見ているんだっ!?」
「なあクロード、唐突に訊くけどさお前女の裸を見たことがあるか?」
「ま、まあ。み、見たことはあるよっ!?」
「そうか。勝ち組のお前ならこんな光景は慣れっこなんだろうな」
「ちょっと待てっ!? それはどういう意味かって訊いてるんだっ!?」
「んっ、あれはこの前俺を助けてくれたカグヤ先輩じゃないか。おおっ、なんて見事な体つきだ」
「ば、馬鹿っ!? カグヤ先輩は風紀委員だぞっ!? キ、キミは着替えを覗いたことが発覚すればどうなるかわかっているのかっ!?」
俺が女の子を覗く……もとい【浄天眼】をどんなときでも発現できるようになる訓練に集中するために、クロードを無視しようとしたが、クロードは華奢な身なりにもかかわらずぽかぽかと俺のことを殴り出した。
「けだものけだもの、人族なんて家畜以下だっ!?」
「や、やめろよっ!? あ、あんまり騒ぐと気づかれちまうだろっ!?」
とはいえ、俺の【浄天眼】には複数の効果があり、そのうちのひとつに遠視の効果があるらしく、俺は今双眼鏡が必要な距離で覗いている。
よっぽど腕の立つ魔導士じゃない限り、俺たちが覗きに気づけないはずだ。いや、正確に言うとはずだった。なぜならば、
「ほう、なにに気づかれるというのじゃ?」
いつの間にか俺たちのすぐ近くから女の子の声がしたからだ。冷やりとしながら俺たちが声のしたほうを見ると、窓枠の上に立ち腕を組んでいるカグヤ先輩の姿があった。大急ぎで着物を着たのかところどころはだけていてなまめかしい……い、いや、いまはそんなことを考えている場合じゃない。
「そなたたち、一年生のようじゃな。少し事情を聞かせてもらおうかのう」
ぽんっと窓枠から降りたカグヤ先輩が空き教室内に入ってきたとき、俺たちは揃って身を強張らせて後ろに仰け反っていた。
普通に考えれば絶対に気づかれないはずだが、この反応から察するに――
「えっ!? ど、どうやって俺たちに気づいたっていうんだっ!?」
「カ、カグヤ先輩は生徒会に入っていてもおかしくないほどの実力者なんだっ!? 獣人族は生まれつき勘が鋭いからカグヤ先輩ほどの実力者なら遠くから見られているという気配だけで僕たちに気づいてもおかしくないよっ!?」
「えっ、なんだよその超常的野生の直勘はっ!?」
獣人族やべええええっ!? 俺は生まれて始めて獣人族に恐怖を覚えた。
「ほう、よく見たらお主らは先日わしの同胞が迷惑をかけた相手じゃったな。入学してすぐの一年生の分際で、上級生の女子の柔肌を覗き見ようとするとはなかなか大胆なやつらじゃのう。それでお前たち、なにか言い残すことはあるか?」
「「ひぃぃぃぃ―――――っ!? す、すみませんでした―――――――――っ!?」」
俺とクロードはこのあと全力で逃走を試みたが、カグヤ先輩の追跡から逃れることはできず風紀委員会の本部に連行されることになった。
その後クロードに関しては俺が誘っただけっていう主張が認められ、クロードはお咎めなしだったし、俺は一か月間のトイレ掃除を命じられるだけで済んだ。
その代わりに新しい煩悩魔法を習得できたのだから結果オーライだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます