第四章 戦いに向けて

第16話 大賢者ですら知らないこと

「ねえ、シモノはクラス代表試合までに新しい力をものにできそうなの?」


 寮で一緒に朝食を摂っていたとき、スモークサーモンのサラダをフォークで突きながらアリスが尋ねてきた。

 どうやら一晩寝たことで、昨日挫折した件については心の整理がついたようだ。

 ちなみに昨日の魔導テロに関してだが、容疑者が何人か捕まりテロの標的が要人暗殺であったことまでははっきりしているが、誰が標的であったかは不明になっている。というのも標的を知るはずの首謀者が逃げており、実行犯には詳細は知らされず暴れるようにだけ指示があったらしい。どうも俺たちが出くわしたローブを被った人物が首謀者だったようだ。

 これは昨日寮に戻った俺たちのもとに事情聴取に来た警邏隊員から聞いた話だ。

 ちなみに警邏隊とは七種族特区の安全を守るために活動している警察のようなものだ。

 七種族特区では、警察と軍隊のように行政の分業化がなされておらず、この警邏隊が治安維持から防衛出動までこなすことになる。

 とはいえ七種族特区には七種族学院があり、そこには各種族の中でもとりわけ力の強い者や危険な存在が毎年在籍しているので危険そうな役目はその中での腕利きである生徒会メンバーを中心にあてがわれるため、警邏隊の仕事は圧倒的に警察よりの仕事が多いらしい。

 おっと話が脱線したな、アリスから質問されていたんだった。


「ああ。今日学院で習得してみせるよ。そのあとはアストレアとの稽古を通じて磨きあげるつもりだ。できればどうにかして第二魔法起源に至りたいけど、それなしでもけっこういい勝負ができると思うぜ」


 今日の朝稽古でもアストレアの動きに完全に翻弄されたてしまった。なにせ相手は見えないものを視るとかいう怪物じみた魔眼を持っているからしかたない。

 それにしても見えないものを視るか。きっとすごい複雑な力を持った魔眼なんだろうな。


「なあマスター、今日無理だったら俺が紹介する医者に関わってもらうからな」

「信じろって。今日は絶対に【心眼】を習得してみせるからさ」

 エクセリオンから病気扱いされるのは心外なので、確実に今日中に身につけてやる。

「そういえばアリス、お前どうかしたのか?」

「……なんでそう思うの?」

「こういうときお前なら『いいわね、その調子でクラス代表試合で勝ちましょう』とかなんとか言ってのってくるんじゃないかと思ったんだが」


 やっぱ昨日の件をまだ引きずっていたりするんだろうか。


「……じつはその……相談があるんだけど」


「俺にできることがあるならなんでも協力するぞ。昨日は俺のお願いに付き合ってもらったしな」

「そう。じゃあ遠慮せずに言わせてもらうわ。あたしもいまより強くなりたいから、あんたの力でその……強くなる方法とかってないの?」


 アリスの性格から察するにそのファナさんに勝つ方法がほしいんだろうな。


 俺の見立てだと、アリスの強さはファナさんの六割~七割の間といったところだ。アリスの強さは人族の中では圧倒的、学院内の他の種族を含めた平均よりはそれなりに上だと思う。だが、魔法では確実にファナさんの数歩先を行っているため試合で勝つ見込みはほぼないと言っていい。

 ならどうやってアリスの勝率をあげるかが問題だな。


「なあエクセリオン、アリスをいまより強くするにはどうしたらいいと思う?」

「簡単ななことだ、アリス嬢ちゃんが得意なことを伸ばしてやるのが手っ取り早いと思うぜ」

「お前から見てアリスはなにが得意なんだ?」

「アリス嬢ちゃんが得意なのは膨大な魔力を使った魔法攻撃、対して苦手なのは繊細な魔力制御だ。苦手なことを放っておいてとにかく毎日目一杯魔力を使わせろよ。魔力っていうのは筋肉と同じで使えば使うほど増えるっていう特徴があるからな」


 なるほど、つまり魔力量って筋トレと同じ理屈で増やせるのか。

 俺には技術的な指導はできないから、なにか煩悩魔法を駆使してアリスに「負荷をかけることでパワーアップさせることができるといいんだが。

 たとえば前世のRPGで俺が知る戦闘補助魔法を、煩悩魔法で再現できれば……。


「あっ!?」


 役立つかもしれない魔法を発見した俺が思わず声を上げる。


「なにかあるのっ!?」

「い、いや、あるにはあるんだけど、これはちょっと上手く行くかどうか……それに別の面でも少々問題が……」

「かまわないわ。あたしの勘ではいまのまま鍛えていてもファナには勝てない気がするのよ。王命を果たすためにもあたしの信念を貫き通すためにも新しい力が欲しいの」


 こんな風に懇願されたら断るわけにはいかないな。

 でも、本当にこの魔法を使っていいのか? でもファナさんに負けるようなことがあればこの魔法を使うよりずっとアリスが荒れると思うし、人族にとってもいいことなさそうだしな。とりあえず一度使ってみてアリスの反応を確かめてから継続するか決めるか。


「マスターが使える魔法で、アリス嬢のパワーアップに役立ちそうな魔法はないと思ったけどな」

「それはいま使える魔法での話だろ」


 言っても信じないであろうエクセリオンは置いておいて、俺はアリスに伝える。


「話はわかった。なら、ちょっと試したいことがあるからご飯を食べ終えたら外に出るぞ」

「助かるわシモノ」

「礼なら要らない。ぶっちゃけこの魔法をかけてお前が俺に感謝するかどうかは怪しいところだからな」


 首を傾げるアリスはまだ俺がどういう類の魔法を使うのか察しがつかないようだ。


「なあエクセリオン、これでお前の知らない魔法を発現できたらあの話が本当だって信じてくれよ」


 朝食を済ませてからなるべく急いで学院に登校した俺たちの姿は鍛錬場にあった。

 ここでは攻性魔法を放つための広いスペースが設けられ、周りに配慮することなく魔法を放てるようになっている。

 よし、誰もいないようだな。

 俺の力はなるべく伏せておきたいので、朝練をしている他の学院生がいたら困ったことになったんだけど、どうやらこの日は誰もいないらしい。これならアリスで新しい煩悩魔法を試せそうだ。


「なあ、マスターの煩悩魔法っていうのは煩悩力を高めねえと発現できないっていう設定じゃなかったのか?」

「設定じゃなくて仮説な。脳内設定じゃないっていうのはこれから説明するからさ」


 こほんと俺は軽く咳払いしたあと、


「今回は高度な煩悩魔法のほうが必要な煩悩力が高いっていう検証に役立ちそうだから、アリスで新しい煩悩魔法を試そうと思ったんだよ」


 さて、なにをするかは決まっているんだが、問題は果たしてこの方法で十分な煩悩力を高められるかだな。今回発現したい煩悩魔法の難易度はあまり高くないはずだから、それほど多くの煩悩力は必要としないはずだけど。

 しかし、どうやって周りから理解も得るかも難題だよな。煩悩魔法には代償がつきものだし。


「ねえあんたがその手に持っているのってなに?」

「ああ、寮の食堂でもらってきた麦を運ぶのに使う麻袋だよ」


 その麻袋を加工して作っておいた粗末な貫頭衣をアリスに渡す。


「アリス、頼みがあるんだ。これを着て脅えている表情で『お。お許しくださいっ!? ご、ご主人様っ!?』って言ってくれ」

「な、なんでそんなことをする必要があるのよっ!?」

「えーっとその……必要なことだから」

「……今回だけはあんたの言うことに従うけど、次からは理由を教えてくれないと絶対嫌よ」


 よし、この勢いでエクセリオンも……。


「なあマスター、あんたもう病院にいったほうがいいんじゃねえか?」

「ち、違うんだってっ!? ほ、本当にこの方法で新しい魔法が発現できるはずなんだっ!?」


 俺が必死に説明するが、どうも苦しい釈明をしているような気がしてならない。ノリと勢いだけで済ませるのは難しいようだ。


「くっ!? 一部は俺の趣味だけど基本的に冤罪なんだぞっ!?」

「どうだかな。アリス嬢を強くするってことにかこつけて単にエロいことをしようとしているだけじゃないのか」


 なんだかエクセリオンが俺を見る目は日に日に冷たくなっている気がする。一刻も早く煩悩魔法を発現してみせたほうがよさそうだ。


「ほ、ほらっ、き、着替えたわよ」


 普段が強気なアリスが恥ずかしそうに視線を俯ける。粗末な頭貫衣を纏ったアリスは腰のスリットから脇腹にかけて普段は見えないところの肌が露出してしまっており、そこに注がられた俺の視線を拒むようにもぞもぞと体を動かしている。が、そのことがまた欲情をそそられることに気づいていない。


「お、お許しくださいっ!? ご、ご主人様っ!?」


 さらに俺に懇願するとあれば、まさに俺はいまこの粗末な服を着た女奴隷の主にほかならない。


「ほら、これで満足?」


 よし、これならイケるはずだ!

 俺はいまのアリスを見て、アリスが奴隷で、しかも、俺に力を与えられる代わりに戦闘&ご奉仕必須の奴隷戦士、俺はその奴隷商人になる姿をイメージする。

 するとアリスの首に突如として鎖が巻かれたうえに南京錠で外されないように固定される。また、アリスを拘束する鎖の端はいつの間にか俺の手に握られていた。


「な、なによこの鎖はっ!?」


【煩悩魔法;スレイブ・ウォーリアーを取得しました】


 よっしゃ、きた――――――っ!

 首に巻かれた鎖を嫌がったアリスはそれを外そうとするが、簡単にひき千切ることはできないようになっているらしく外せない。


「見たかエクセリオン、これは【スレイブ・ウォーリアー】の魔法だ。俺がいま作ったばかりのオリジナル魔法だぜ!」

「はんっ、そんな小細工みたいなことをしても俺の目は誤魔化され――」


 エクセリオンは俺の鎖をじーっと凝視するように静止した。やがて、


「な、なに―――っ!? ほ、本当に新しい魔法を作っていやがるっ!? こ、こんな魔法はいままで見たことがないぞっ!?」

「だろ、俺の言った通りだったじゃんか」


 どうやら大賢者エクセリオンの知識の中には、俺が使った魔法は見当たらなかったらしい。


「だ、だが、こ、こんなことがあり得るのかっ!? 基礎理論の構築や魔法の術式理解を通り越して単にちょっとエッチな妄想しただけ魔法が発現するなんてことがっ!?」


 ぷしゅーと理解を越えてオーバーヒートしたかのような煙がエクセリオンから立ち昇る。

 ふぅ、どうやらこれで汚名返上できたようだな。


「ねえ、それでこれはどういう魔法なの?」

「すごく簡単に言うと、俺の魔力をアリスに供給することで、アリスが普段使えない規模の魔法をばんばん使えるようになる魔法だ。さあ、魔法を振るってみてくれ」

「豪炎で燃やし尽くせ【ファイア・グレネード】っ!」


 巨大な火球を放ったアリスがさらなる魔法を放とうとしたとき、ふとした拍子に驚いたようにこちらを見た。


「えっ!? 力が溢れてくるっ!? い、いったいなにをしたのっ!?」

「いまは一時的にアリスに俺の力を譲渡している状態だからな、この状態なら普段は発揮できない力を使えるだろ。魔力ってのは限界まで使えば使うほど増えるっていうからな、普段は使わない俺の魔力も使えばその反動で総魔力量が増えるんじゃないか」


 エクセリオンからのアドバイスを基に考案したアリスの筋力トレーニングならぬ魔力トレーニングだ。

 俺の魔力を使うことでアリスの魔臓と魔力脈に負荷をかけていけば、アリスの瞬間最大攻撃力が大きく跳ね上がることだろう。なにせ俺の魔力量は使徒化のお陰か、人族では間違いなく最強クラスだからな。

 ちなみに魔蔵というのは魔導士だけが持つ魔力を生成する臓器のことで、魔力脈というのは生成した魔力を体内で循環させたり放出させたりするときに使う血管のようなものだ。


「他の種族と比較してもマスターの魔力量は群を抜いているよ、エルフの王族であるファナ嬢よりマスターのほうがずっと上だ。といってもいまは魔力を練ることが下手だから十分な魔力が残っているのに魔力切れを起こすことがあるんだけどな」


 たとえるなら水道をひねっても水がちょろっとしかでかないのに、貯水槽に水がたっぷり残っている状態とでもいうのだろうか。俺は蛇口の働きが弱いらしい。

 とにもかくにもエクセリオンからお墨付きが出た以上、俺の魔力を使ってアリスに負荷を与え続ければすごいことが起きそうだな。


「そいつはアリス嬢の努力次第だ。だが、使徒であるマスターの魔力で負荷をかけて上手く行けばアリス嬢に追いつけないこともないと思うぜ。それだけマスターの魔力量はやばい」

「ま、待ってちょうだい。もしその理論が成立するなら――」


 抑えきれない希望とともにこちらに顔を向けてくるアリス。当然俺は「ああ」といってゆっくりと頷いた。


「アリスは魔法制御ではファナさんには勝てないだろうけど、魔力量でならおそらく勝負になると思う。結論としては単純な力押しだが、お前の性格にはわかりやすくていいんじゃないか?」

「ありがとう。たしかにあんたの言う通りだわ」


 満面の笑みをこちらに向けてくるアリスは本当に幸せそうだった。まだファナとのクラス代表試合という最大の障害が残っているはずだが、喜色一面に咲きほこったような顔をしている。


「すげえじゃねえかマスター、俺は初めてあんたを見直したぜ」


 エクセリオンも俺のことを称賛してくれている。だが、じつは話はそんなに簡単じゃない。ほら、よくいうだろ上手い話には裏があるって。不幸なことに、まだ二人はそのことに気づいていないようだ。


「いいや、残念だけどそう上手くはいかないんだよな」

「どういう意味だよ?」


 怪訝そうにこちらを見たエクセリオンは俺がアリスを見ていることに気づくと、そちらに注目した。


「ねえシモノ、わたしの首にある鎖が消えかかっているけどこの魔法をもう一度かけてもらえる?」

「あ、ああ。それはできるんだけど、その前にちょっとだけアリスにやってほしいことがあるんだ」

「わたしにやってほしいこと?」

「ま、まあもう少し鎖が完全に消えるからそうなればわかるよ」

「なんだか歯切れが悪いわね」


 そうしているうちに、アリスの首に巻かれた鎖が完全に消失した。すると、


「えっ!? な、なにこれ、なんだかすごくヘンな気分なんだけど……か、体が勝手に動くが止められないっ!?」


 なにか強制力にでも操られているかのように、アリスが俺のほうに近づいてくる。


「おいマスター、あの魔法になにを仕込みやがったっ!? まさかやっちゃいけないことじゃねえだろうなっ!?」


 エクセリオンが殺気を俺に放ってくる。

 くっ、もはやこれまでか。ここは素直に白状したほうがよさそうだ。


「じ、じつはその……俺の【スレイブ・ウォーリアー】ってそもそも主が奴隷戦士を作るための魔法なんだ」

「ど、奴隷戦士っ!?」

「主の力を奴隷に与えているっていう構図になるから、奴隷はもらった分を返さなくちゃならないんだよ。そ、そのだから……力を使わせた分奴隷にはご主人様に奉仕してもらう必要が」

「な、なんでそんな魔法をあたしに使ったのよっ!? もしかしてそういうことが目的だったわけっ!?」

「失敬なっ!? 俺がそんなことをするわけないだろっ!?」


 他にもキスをトリガーにした恋人契約すると魔力を譲渡できる魔法とか考えたんだけど、そっちそっちで色々と問題があるんだよな。キスをして魔力譲渡をするんだけど、その代わりに相手に恋人の振りを強制させるっていう具合でよくないと思ったんだよ。どっちかっていえば【スレイブ・ウォーリアー】のほうがまだマシだろ。


「おい、本当のところはどうなんだ?」


 ま、まあやましい点がないとは言えないんだけど。むしろそういう妄想をして魔法を発現した分、確信犯的な部分もあるんだが、それを言うと話がこんがらがっちゃうからな。でもアリスのためを想って発現したのは本当のことだ。


「それであたしはなにをすればいいのよ?」

「その……いま俺がしてほしいことが反映されるから、その格好でおへそを前に出すようにしてベリーダンスを……」

「ば、ばっかじゃないのっ!? あ、あんたなにを考えているのよっ!?」


 アリスは顔を真っ赤にしていたが、強制力に逆らうことができず結局俺の前でベリーダンスをせざるを得なかった。


「あんた、覚えておきなさいよ!」


 このあと思いっきり怒られたけど、アリスはファナさんに勝つために今後も魔力トレーニングをすることに決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る