第15話 一歩一歩確実に
「ふぉふぉふぉ、次はエルフのお嬢さんか」
相手がエルフ族とわかってもギドに退く様子がない。むしろ獲物が増えたとばかりに笑っていた。対するファナさんも笑みを浮かべる。
「むぅ、なにがおかしいのかのう?」
「どうやらあなたは勘違いしているようですね。脆弱な人種と戦ったあとですからそうなるのも仕方ありませんが、わたくしとアリスさんを一緒に考えてもらっては困りますわ」
「お嬢様、あまり前に出られては……」
「かまいませんわ。たとえ軟弱な人族であっても、放っておいて死なせでもしたら夢見が悪いですもの」
マイアさんから窘められても気にすることなく、ファナさんは躊躇なく俺たちを庇うように前に立った。
「さあ、あまり時間もないのでしょう。とっととかかってきたらどうですか?」
「舐めるな、長耳が。そんな軟弱な体なんぞ、一瞬で粉砕してやるっ!」
冷めた態度をとるファナさんに、ギドが一気に間合いを詰めてメイスを振りかざす。
あ、あの攻撃はまずいっ!? 獣人族ならまだしも魔法特化のエルフ族には対処しようがないはずだっ!?
だが、俺が注意するより先にギドのメイスがファナさんを捉える。しかし、そこで想定外の事態が起こった。
「あら、軟弱な体とはどれのことですか?」
ファナさんはギドのメイスを受け止めていたのだ。俺が両手に握った剣ですら防げなかったものを、片手で、しかもか細い指先に当然のようにメイスを掴んでしまっている。
「な、なぜワシの一撃を受け止められるっ!?」
「ある程度魔法を使いこなせばこの程度のことは自然とできるようになります。人族のように身体能力を鍛えなくとも、全てを魔術で補ってしまえばいいだけのことです」
「ほう、そこまで繊細な魔力操作をできるものは魔族の中でも滅多におらん。さすがはエルフ族、身体教系統の魔法を駆使してワシの膂力を受け止められるとは見事なものじゃのう。それでこのあとはどうするつもりかえ?」
するとファナはギドに対し、至近距離から【ウィンド】を放った。しかし、ギドはファナが【ウィンド】を放とうとした一瞬の隙を突き、ファナの手からメイスを奪い取る。
そのまま距離を取った両者はお互いに攻性魔法を撃ちあった。
ファナはギドの魔法を全て潰しながらかつギドにも魔法を放ち、ギドはファナの魔法を何発か浴びながらもかまわずファナに魔法を放つ。
「残念ですが、普通の魔法を撃ってもあなたにはあまり意味がないようですわね」
ファナの魔法はギドの皮膚を浅く斬り裂くが、その先からギドの傷が見る見る癒えていく。
「トロル種の回復力に近いですが、あなたはオーク種。ならば自動治癒系統の魔法でしょうか」
「ふぉふぉふぉ、さてどうじゃったかな。そんなことより手詰まりかのう?」
「まさか。その体は単に魔法に耐えられるだけ頑強さをようしているだけで、ダメージは届くのでしょう。ならあなたが耐えられない魔法を使えばいいだけのことではありませんか?」
ファナの魔力が急激に高まっていくのを悟ったアリスが慌てて声を上げる。
「ダメよファナ、第二魔法を使ったところであいつには通じないわ」
「それはアリスさんの紛い物の第二魔法の話でしょう。わたくしの第二魔法はあなたのと違って本物よ。――【原初の森の王】よ、この世全ての者に大地が誰のものであるかを教え給え……!」
その直後、ファナの目の前に背中に八枚の羽を生やした、お伽噺にでも出てきそうな少女の如き妖精が降臨する。
「あれがファナさんの第二魔法なのか?」
「ええ、あれは【原初の森の王】。かわいらしい容姿をしているけど、わたしの【紅蓮の龍】を細切れにできるほどの強力な第二魔法よ」
俺たちが見守る中、ファナが死の宣告を下す。
「吹き荒れなさい、【始原の息吹】!」
その直後、【原初の森の王】が吼え、壮絶な風の塊のようなものがギドに放たれていく。
なんだあれは?
たぶん嵐を凝縮したようなものだな。中で乱風が渦巻いているから触れた瞬間細切れにされるぞ。
「おのれ、こしゃくな!」
ギドがメイスで受け止めようとするが、その直後【始原の息吹】が爆ぜ、強力な暴風が俺たちのもとにまで衝撃波のように襲ってくる。
その衝撃波が止んだ時、辺り一帯は完全な静寂を取り戻し、ギドの姿はなくなっていた。
つ、強えええっ!? こ、これがエルフの王族の力かよっ!?
今まで見たことがない圧倒的な力に俺は言葉を失っていた。
「あら、口ほどにもありませんでしたわね。いきましょう、マイラ、キース」
用事は済んだとばかりに颯爽と去っていこうとするファナさんたち。そのときはっと我に返った俺は慌ててファナさんを呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!?」
「貴様、卑しい人族が軽々しく話しかけるな」
マイラさんが俺を制止させたとき、ファナさんが足を止めて俺のほうを見た。
「かまわないわ。なにか用かしら?」
「アリスが使ったのもあんたと同じ第二魔法だったはずだ。なのになぜアリスの攻撃は通らなくてあんたの攻撃は通ったんだ?」
「それなら簡単に説明できますわ。同じ第二魔法であっても、わたしとアリスさんとでは第二魔法の制御力に圧倒的な開きがあります。第二魔法は魔法を生物として操る魔法ですから制御力に優れたわたしが秀でるのは当然のことです」
つまり、いまのままのアリスでは絶対にファナさんには勝てないってことか。
「教えてしまってよろしいのですか? 今度クラス代表試合で戦う相手ですが」
ニースが怪訝そうに尋ねるが、ファナさんは落ち着いている。
「かまわないわ。わたしのレベルの魔力制御は一朝一夕で身に着くものではないもの。まして魔力制御に秀でていない人族に可能性を伝授したところで、一生かかっても真似できるかどうか怪しいところよ」
手の内を明かしてくれたのはアリスを下に見ているからだろうな。まあ、実際にアリスが下であることが既に証明されているんだが。
「なるほど、勉強になったよ。すまないな、それと今日は助かったぜ」
ファナさんに礼を言い、あとは別れる流れとなった。
帰り道、俺は隣にいるアリスに敢えておちゃらけた口調で話を振る。
「ようアリス、今日はお前のお陰で助かったぜ。俺一人だったら途中で死んでいたところだったからな」
「……べつにお礼を言われるようなことじゃないわ。あたしにできたのはせいぜい時間稼ぎだったし」
返ってきたのはどんよりと沈んだような口調で、そのことがアリスの心情を如実に表していた。
ファナさんとの想像以上の実力差を痛感しているってところか。増してそのライバルに危なくなったところを助けられたんだ、アリスのプライドはいまズタボロだろうな。
アリスのことは不安だが、俺も人のことをどうこう言える立場じゃない。
今回は使徒としての役目をまったく果たせなかった。次になにかあったときのために明日から今まで以上に気合を入れて力を付けていかないとな。
失意のアリスに届かないと思いつつも、俺は明るくアリスを励ますことにした。
「なあアリス、いまはお互いに力不足だけどさ、いつか使命を果たせるように一歩一歩確実に強くなっていこうぜ!」
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