第14話 力の差
「くそっ、完璧な計画だと思ったんだが。いったいなにがいけなかったんだ?」
アリスの説教が終わり、さらにはお詫びとして三段重ねのアイスクリームをごちそうしたあと、俺たちは帰路についていた。
「あれのどこが完璧な計画なんだよっ!? 第一あんなことをやって本当にあの魔法を習得できると思ってんのかっ!? 魔法の習得っていうのは一朝一夕でできるもんじゃねえんだぞっ!?」
「あんたたち、なんの話をしているの?」
アリスが怪訝顔を浮かべているので年話に切り替える。
いやいや、お前が信じてくれてないだけで本当はできるんだって……。でも、なにかが足りなかったと思うんだよなあ。なあエクセリオンはわかるか?
『そんなくだらねえこと、俺にわかるわけねえだろ。だが、もしマスターが言っていることが本当なら裸がキーポイントなんじゃねえか。マスターはもうアリス嬢の素っ裸を見たのに、いまさらガーダーベルト姿じゃ刺激みたいなもんが足りねえだろ』
そうか、【心眼】の習得に必要な煩悩力が不足していたのかもしれない。
よく考えたら、俺は一度アリスの裸を見たことがあるせいで、下着姿じゃそこまで煩悩力が溜まらなかったかもしれないな。なら、他の女の子で試してみればできるかもしれないってことか。
他にも煩悩魔法ごとに必要な煩悩ポイントのようなものが設けられていて、強力な煩悩魔法ほど煩悩ポイントが高く設定してある可能性も考えられるけど、やはり一番の原因はエクセリオンの指摘通りの可能性が高いな。
もしかしなくてもそれが正解なんじゃないか、俺の経験則とも一致している。さすがアレクシア様が遣わしてくれたサポーターだけのことはあるな。
『お、おい、俺は冗談で言ってるんだからなっ!?』
おいおい、なんでそんな困惑した声を出すんだよ。謙遜すんなって、お前がすごいのはわかっているからさ。
『謙遜じゃねえよ。マスター、あんたとっとと正気に戻れよ。女神補正かなんか効いてるだろ』
わけのわからないことを述べたエクセリオンに俺が理由を訊ねようとした矢先、アリスが怪訝そうな顔を浮かべる。
「それで、なんであんなことをしたの?」
「じつはその……新しい魔法を習得するために必要なことだったんだ」
「やっぱりあんたの魔法は特殊なようね。それで習得はできたの?」
「いや、習得はできなかったんだが、なにが不足しているかわかったからもう一度チャレンジしてみるつもりだ」
原因はわかったから、今度はどうやって煩悩力の不足を補うかだな。
いや、待てよ。今回の件と同じ要領でいいなら学院に格好の場所じゃないか。あそこなら不特定多数の女の子を覗くことができるし、俺の煩悩力的にも申し分ないシチュエーションだぞ。くっくっくっ、今度こそ俺の勝ちは決まったようなものだな。
「マスター、あんたいますごく頭のおかしいことを考えてるだろ」
「なにをわけのわからないことを言っているんだ。俺はいま神懸ったと言っていいほど天才的な閃きを得たんだぞ」
「はあー、なんで俺がこんなやつをマスターとして崇めなきゃならないんだ。これでも元大賢者なのに……」
「なにをしようとしているかわかんないけど、あんたは時々本気でおかしくなるときがあるから気を付けたほうがいいわよ」
「失敬な、今回はちょっと行き過ぎただけで俺はつねに正常だ。今度だって女子更衣室を――」
俺が完璧な計画について説明しようとした矢先、不意に轟音が轟き、近くの建物から巨大な火柱が上がった。
「なっ!? まさか俺の言動が気に入らなくてアレクシア様がお怒りになられたのかっ!?」
「なにを訳のわからないことを言ってるのよ、あれは魔導テロよっ!」
えっ、わりと本気で思っていたのに酷くない? それにしても魔導テロか。今朝のホームルームでヴィンチ先生が言ってたやつのことだよな……。
「どうやらそのようだな。どうするよマスター?」
テロリストたちの実力は不明だが、あれだけ強力な魔法を使えるとなると、もしかしたら邪神の使徒っていうのがいる可能性があるじゃないか。
アレクシア様には邪神の使徒との交戦は避けるように言われていたが、目の前で困っている人たちを見捨てて逃げるわけにはいかないよな。
俺の瞳に映るのは、爆心地から逃げてきた人たちだ。老人も子供も種族も男女を問わず危険から遠ざかるように俺たちがいる方向に走ってきている。
逃げだしているのは異種族だから、俺たち人族のことを見下す人が大半を占めているはずだ。
この人たちを見捨てて逃げ帰ったら俺は無事かもしれない。でも、使徒としても人としても大事なものを失う気がした。いや、違うな。気がするんじゃない、絶対に、失うんだ!
すみませんアレクシア様、言いつけを破らせてもらいます!
「行くわよシモノ」
「ああ、当然だろ」
だから、俺たち爆心地のほうに駆けていった。そんな俺たちをエクセリオンが必死に引き留めようとする。
「落ち着けマスター、あれはあんたが相手にできるような相手じゃない」
「でも、アリスと一緒なら――」
「アリス嬢と一緒でも無理だ。あれは人族が勝てるような相手じゃねえ。魔人族の中でもそこそこの実力者だ。人族以外の種族でも簡単に勝てるような相手じゃねえって言ってるんだ!」
エクセリオンがこうまで言って俺を制止するからには、いまの俺では絶対勝てないような強敵がこの先にはいるのだろう。
この世界にいまの俺より強い魔導士が数えきれないほどいるのはよくわかっている。なにせ俺はついこの間までは、人族の魔導士の中でも落第寸前で崖っぷちにいたからな。
けど、やっぱりここで何もせずに傍観するわけにはいかないんだ。
だってアレクシア様の使徒が困っている人を見捨てて我が身可愛さで逃げるなんてことをしたら、それはやっぱりアレクシア様を悲しませることに繋がると思うし、なにより俺の信念に反するからな。女の子を苦しませるような男は男の風上にも置けないだろ。もちろんアレクシア様だって俺から見れば立派な女の子だ。
ここから先に勝てない相手がいることを知りつつ、俺は笑顔を浮かべてエクセリオンに応えた。
「そんな心配すんなよ。こう見えても俺、前世での死因は好きな女の子をトラックから庇ったことなんだぜ、まだ逃げていない人がいるかもしれないのに放っておけないだろ」
「………………っ!?」
「安心しろよ、アレクシア様のおっぱいを揉むまでは死ぬつもりはないからな。最悪時間稼ぎでもなんでもして死なないようにするさ。それと、危険かもしれないからお前はどっかに隠れていろよ」
「ちっ、マスターが馬鹿だとこっちが苦労するぜ」
エクセリオンは文句を口にしながらも俺についてきてくれた。
「なにをしているんだお前はっ!?」
現場に向かう俺たちは途中で謎の発光現象を目撃していた。気になって民家の屋上に上がってみると、そこにはローブを頭から被るようにした人物が召喚魔法を行い、ちょうど小鬼のような生物を呼び寄せていたところだった。
「ゴブリンを召喚したのか」
「ならこいつは潰していいわね」
アリスが問答無用とばかり【ファイア・ボール】を放つ。
「マスター」
「ああ、わかっている」
相手が誰であろうが、この状況で単に詰問で済ませるつもりはない。俺はエクセリオンを構えて問答無用で斬りかかる。
「ふんっ、下等な人種の分際で。とはいえ、この体にはまだ馴染みませんね」
俺から距離を取るようにして跳躍した人物は右手の甲からそれなりに出血していた。そいつはぺろっと血を舐めとると、屋上から投身自殺でもするように飛び降りる。
「なっ!?」
予想外の行動に慌てながら俺たちは姿を見届けようとするが、途中で魔法陣が出現するとローブを被った人物の姿と消し去った。
「どうやら召喚魔法の応用で逃げたようだな。どうもさっきのやつは今回の件に深く関わっているような気がするぜ」
俺もエクセリオンと同意見だが、正体を逃がしてしまったので確認しようがない。
不審者の件は気になるが、俺たちは再度現場に急ぐ。すると、俺たちのすぐ近くの場所から炎の柱があがった。
「きゃあああああああああああああああああああああっ!」
魔法の発現と同時に耳をつんざくような叫び声が上がる。
俺たちが現場に到着した直後、最後まで異形の存在と戦っていた鎧を纏っていた獣人族の警邏隊員が大きなメイスで吹き飛ばされた。
最後まで戦っていたその獣人の警邏隊員の背後には、小学生くらいの子供が脅えていた。
身体能力に優れた獣人をやすやすと吹き飛ばしたのは、
「気をつけて、あれはオークよっ!」
すでにオークがいるほう目がけて駆けだしていた俺に、背後からアリスが忠告する声が耳に入る。
こんな街中にどうして魔族がいるんだ。ここは魔族領と接しているわけでもないのに。
沸き上がる疑問を封じ込めて、俺は一目散に駆ける。
「その子供に手を出すなっ!」
すでにメイスを振り抜いていたオークの一撃を、俺は剣と化したエクセリオンで受け止める。
「くっ、アリス、その子供を頼むっ!?」
エクセリオンの警告通り、こいつとの力の差は今の一撃ではっきりとわかった。いまの一撃は受け止めるのに必死で、そのあまりの重さに反撃ができなかったんだ。
あんな強力なメイスを振り回されたら、俺なんて一瞬で木っ端微塵になっちまうぞ。
「ちっ、邪魔が入ったか。いまの一撃が決まっておればワシの戦果が増えとったんじゃがな」
「喰らえ、【ウォーター】!」
接近戦でまともにやり合っても分が悪いと判断した俺は至近距離からの魔法攻撃に切り替える。
顔から強烈な水弾を浴び、オークはたまらず怯んだように後ろに下がる。その直後、俺も後ろに一気に飛び、間合いを取った。
周りを見ると、俺のすぐ傍では駆けつけたアリスが獣人族の女の子を抱えていた。一方でオークの傍では、異変に気付いたゴブリンの集団が集まりつつある。
「あんな連中がこの街のどこに隠れていたんだっ!?」
「幾つか候補はあるぜ。魔族に転移や召喚、あるいは飛行といった魔法を使える者がいれば不意に街中に現れるなんてことはわけないからな。時間があるときに考えるべきなのは目的だな、手段なんて魔法でその気になればいくらでもあるもんだ」
要は防衛側としては完全に予想外の事態ってことか。最後に守っていた警邏隊員も倒されたし、これは救援が来るのには時間がかかりそうだな。
「なぜこんなことをするんだ?」
「はんっ、決まっている。お前らを滅ぼすのが邪神様のお望みだからよ」
「邪神ってのはどういうやつなんだ?」
「邪神様にお会いできるのは一部の高貴な方々だけだ。ワシのような者ではまだ会うことは許されんよ。それにしても一瞬で倒せる雑魚ばかりだと思っていたが、少しは楽しめそうな雑魚が出てきたのう」
結局雑魚扱いか。
でも実際気を抜けば瞬殺されるだろうな。
先ほどオークの一撃を受け止めた結果、腕が異様に重くなった感覚が貼りついている。強い衝撃に腕の筋肉が耐え切れなかったことは想像に難くない。
「ゴブリンども、お前らはそっちの紅い髪の女と子供をやれ。こいつは俺が引き受ける」
ギィギィという甲高い声を上げ、アリスたちに襲い掛かっていく。
「アリスっ!?」
「大丈夫よ、こっちはあたしに任せなさい。【紅蓮の龍】、この子を安全な場所へ」
アリスは第二魔法を発現し、【紅蓮の龍】を編み出すと獣人族の子供を載せてこの場を離れさせた。
「くっ」
いきなり膨大な魔力を消費したため、アリスはその場に膝をつきそうになる。それでもどうにか堪え、
「【ファイア・ボール】!」
油断して近づいてきたゴブリンを火だるまにしていた。
ゴブリンの相手はアリスでなんとかなりそうだな。問題があるとすれば、
「ほう、このギド様を相手によそ見とはいい度胸じゃなあ」
突っ込んでくるギドは俺が放った【ウォーター】をメイスで吹き飛ばし、一気に間合いを詰めてきた。
なんだこいつ、なんて頑強さだっ!?
魔法抜きで当たり負けした俺はギドに間合いを詰めきられてしまう。咄嗟にエクセリオンで迎え撃つが、ギドの膂力を前に数度受け止めただけで体勢を崩され、あっさりと懐に潜り込んだギドが完璧なタイミングでメイスを振るってきた。
「甘いわ」
「マスターっ!?」
咄嗟にエクセリオンが動き、間に入ってくれなければ今頃俺は上半身が完全に吹っ飛んでなくなっていたことだろう。エクセリオンが勝手に動いてくれた結果、俺は剣の腹に押される形となり、まるでボーリングのピンのように勢いよく弾け飛び、誰かの建物の外壁にぶつかったあとは糸が切れた操り人形のようにその場に崩れた。
「シモノ!」
ゴブリンを倒し終えたアリスがすぐに駆けつけてくれなければ、俺は殺されていただろう。
「【ファイア・ボール】! 【ファイア・ボール】! 【ファイア・ボール】!」
牽制のためアリスが攻性魔法を連射するが、ギドは特段避けることなくアリスの【ファイア・ボール】を体で受け止めてみせた。
「なっ!? オークは魔法耐性が低い種族のはずなのに、どうしてあたしの魔法を喰らって平気な顔していられるのよっ!?」
「はんっ、そんなこともわからぬのか。それはワシがオークではなくオーク・メイジだからじゃよ」
「マスター、まずいぜっ! あいつは魔法もいける口だ! いますぐアリス嬢を呼びつけて全力で【ウォーター】を使えっ!」
ギドの魔力の高まりを感じた俺は咄嗟にエクセリオンの警告に従う。
「アリス! いますぐ俺のもとに来いっ!」
「いまさら逃げようとしたところで遅いわ。喰らえ【ファイヤ・ストーム】っ!」
天を穿つような巨大な火柱が俺たちを包み込もうとする。だが、俺が全力で放った【ウォーター】はその強烈な一撃をどうにか耐えきってみせた。
「ほう、よく耐えたな。だが、ワシの魔力はまだまだ尽きぬぞ」
勢いよく吹き荒れた蒸気の向こうには、こちらに獲物を見る目を向けるギドの姿があった。一方で、一度に大量の魔力を消費した俺はもう立ち上がることすら難しいほど疲弊していた。
「くっ、ろくに体が満足に動かないぞっ!?」
「マスターはあいつにぶっ叩かれたダメージが抜けないまま強力な魔法を使ったんだ。暫くはダメージと魔力切れの相乗効果でロクに動けないはずだ」
「ならあとはあたしがあいつを抑えろってことね」
立つことすらままならなくなった俺を庇うように、アリスが前に出ていく。
「待てアリス、あいつは普通に戦ったところで……」
「大丈夫よ。まだ策が尽きたわけじゃないわ」
心配そうに俺が見守る中、アリスが勇敢に立ち向かっていく。
「いつまでもあんたの好きにはさせないわ。蹴散らしなさい【紅蓮の龍】よ!」
いつの間にか上空に戻ってきていた【紅蓮の龍】が急降下してギドに襲い掛かっていく。
「咲き散らせ、紅蓮華っ!」
「ほう、先ほど放った第二魔法か。ワシには生み出せぬなんと壮大な姿の龍よ」
降り注ぐ火球の雨を躱すギドに、絶対にして無慈悲な紅蓮の龍の咢が迫る。
「強靭な身体を持つオーク種のあんたでも、この一撃は耐えられないわ」
「たしかにおぬしの言う通りじゃな。しかしのう、ぬるい」
そういってギドは【紅蓮の龍】の噛みつきを躱すと、龍の顎の下辺りをメイスで殴りつける。するとあろうことか、アリスの【紅蓮の龍】が消滅してしまった。
「な、なんでっ!?」
「おぬしの第二魔法は魔力制御がなっておらん。じゃから、ところどころに綻びが見られる。ゆえに脆いところを叩けば一瞬で壊れる」
おそらくギドは魔眼かなにかの力で、アリスの第二魔法の弱点をついたということだろう。
龍の顎の下といえば逆鱗があることで有名だが、そこがちょうど弱点になっていたようだ。
「どうやらこれまでのようじゃのう。安心せい、無駄に苦しませるような真似はせんよ」
万策尽きた俺たちのもとに、一歩また一歩とギドが迫ってくる。
死刑宣告を受けた人の気分というのはこういうものなのだろうか、俺の目にはギドが地獄から遣わされた死神のように映った。
くっ、俺が不甲斐ないばっかり……。
後悔の念に苛まれた俺にギドがメイスを振り下ろそうとしたときだ。
「むっ!?」
なんらかの攻性魔術を放たれ、ギドが一気に吹き飛ばされた。
「な、なにものじゃっ!? その風魔法を解くがいいっ!」
突然の攻撃に驚くギドが目を凝らしある一点を見つめる。そこはただ瓦礫が散らばっているだけのなんの変哲もない空間だったが、突然そこから人影が現れた。
「あら、下等なオーク種の分際でよく気づきましたわね。次はわたくしが相手を務めさしあげます」
そこには二人の護衛を連れた、エルフ族の王女であるファナさんの姿があった。
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