第13話 習得失敗

 【心眼】は天使族にしか使えない固有魔法だ。種族にしか使えない固有魔法を種族魔法ともいい、各種族の大きなアドバンテージになっている。

 ちなみに最弱種族である人族にはそもそも種族魔法なんて便利なものは存在しておらず、これも侮られる大きな要因になっている。

 アストレアは俺が【心眼】を習得できるわけがないと言っていた。このことについてはサポーターであるエクセリオンも同意している。

 でも、俺には絶対にできるという確信があった。

 いちおうエクセリオンにはこれまでの経験上判明した煩悩魔法の性質について説明したんだが「そんなふざけた方法で魔法を習得できるわけないだろ!」とお叱りを受けてしまった。

 まあこればっかりは実際に見ないと信じてもらえないと思う。大賢者であるエクセリオンは俺なんかとは比べ物にならないほどこの世界の魔法体系に精通しているが、そのこと分俺のような異端分子を受け入れがたいらしい。


「言葉は正確に使えマスター。受け入れがたいとかいう次元じゃないんだ。ちょっとエッチな妄想をすればその魔法が使えるようになるなんてあり得ないって言っているんだ」

「まあまあ、落ち着けよ。お前が正しいならこれから証明できるだろ」


 放課後になると俺たちはアリスとともに街中にあるランジェリーショップにいた。

 えっ!? 場所を間違えてないかって? いやいや、ここで間違ってないんだ。むしろこの場所で正解なんだ。


「シモノ、あんたあたしに大事な話があるのよね?」

「ああ、そうだけど」


 アリスが怪訝そうにこちらを見てくる。

 こいつが今回の件での俺が強くなるための鍵だから、ちゃんと事情を説明しておかないとな。


「その……告白っていうのはもう少し雰囲気があるところでするべきじゃないの?」


 えっ、なんで俺が告白する話になっているんだ?


「マスターがわるい。あんたが誤解させるような言い方をするからだ」


 そんな言い方したっけ? 弱ったな、新しい魔法を習得することに夢中でどんなやりとりをしたかなんて覚えてないぞ。


「その……平民の間では意中の相手に下着を送る文化があるって聞いたわ。まさかわたしがもらう立場になるとは思わなかったけど」


 いやいや、ないから。そんな文化ないから。それ、お前がよく読むロマンス小説だけだから。

 補足だがアリスは俺の部屋で共同生活を送っていたことがあるので、趣味はよく理解している。意外なことに乙女チックなところがあるのだ。


「あのなアリス、大事な話って言うのは告白とかじゃないぞ」

「えっ!? な、なら大事な話って、なんの話よ?」

「俺が新しい魔法を使えるように協力してもらいたいんだ。俺は第二魔法起源に至れていないからな、まともに戦ってエルフ族に勝てるとは思わないだろ」

「~~~~~~っ!? わ、わかってたわよっ!? あ、あたし、シモノが強くなるために協力してほしいって言ってたことぐらいちゃんとわかってたわよっ!?」

「そ、そうかっ!? わ、わかっていたなら問題ないなっ!?」

「え、ええ、そ、そうよっ!?」


 ふぅ、殴られなくてよかった。っていうかアリスの顔が真っ赤だけど、俺が告白なんてすりゃいったいどうなってたんだ?


『……………………』


 エ、エクセリオン、こういうときはなんか言ってくれ。は、初めてのことで混乱しているんだっ!?


『女の敵なんて死ねばいいのに……』


 俺が悪かった、もう二度としないからっ!?

 内心で俺は土下座しながらアリスには謝っておく。


「そんであんたが本気なのはわかったけどさ、こんなところであたしになにをしろっていうの?」


 俺は黒のガーダーベルトを手に取ると、アリスに手渡す。


「じつはさ悪いんだけど、試着室に行ってこれに着替えくれるか?」


 にっこりとアリスは微笑んだ後、俺の顔面にストレート叩き込んできた。


「なっ!? なんでいきなり殴るんだよっ!?」

「あんたがいきなりそんなエロ下着に着替えろっていうからでしょ!? なんであたしがそんな破廉恥な下着に着替える必要があるのよっ!?」 


 やっぱり普通は嫌がるよな。しかし、ここで断られるわけにはいかない。一見ふざけているようだが、俺が【天眼】を覚えるためには絶対に必要なことだ。

 世界を救うという使命を抱えているからこそ、俺はこの世界の人類の未来のために魂から叫びアリスの説得を試みる。


「馬鹿野郎、この世界を救うために必要なことなんだよっ!? お前がその下着に着替えてくれないと俺が新しい魔法を覚えられなくて学院最強の魔導士になれないから、この世界が滅びることに繋がっちまうんだっ!?」

「ちょ、ちょっとっ!? あ、あんた、落ち着きなさいよっ!? わかった、わかったから……恥ずかしいから大きな声を出さないでちょうだいっ!?」


 世間的には逆切れしただけだが、結果として丸くおさまったからよしだな。


『いいや、マスターが単にクズなだけだろ』


 エクセリオンの中でどんどん俺の評価が下がっていく。だが、これから俺がすることを見れば大暴落した俺の評価がこれまでないほど急騰することだろう。


「……あんたって時々わけわからないことでマジになるわよね」


 渋々といった体で、アリスはガーダーベルトを持って試着室に入っていった。


「よく見ておけよエクセリオン、これから俺はあのカーテンの向こうにあるアリスのガーダーベルト姿を見る、というエロい妄想をすることで【天眼】を習得してみせるからな」

「なあマスター、【天眼】を習得するより先に病院に行ったほうがいいんじゃねえか。魔法っていうのは一朝一夕で身に付けられないものじゃないし、なにより基礎理論を構成してそれからイメージを深めて発現するものなんだよ。しかも種族魔法はその種族しか発現できないんだって」


 エクセリオンが散々俺のことを散々扱き下ろしてくれているようだが、すぐにそれが間違いだったと訂正させてやるからな。


「はい、着替えたわよ。それでここからどうしろっていうの?」


 カーテンの向こうからアリスの声がした。


「わかった。ならそのままでいてくれ」


 ゆっくりと深呼吸して、俺は深く深く自分の中に潜っていく。

 きっとこのカーテンの向こうでは、ガーダーベルトを着たアリスが「あ、あいつ、そのままでいろなんて言ったいなに考えているのよ」なんて言いながら、透視されることも知らないで無防備な姿を晒していて……。

くっくっくっ、残念だが俺の魔法を以ってすればカーテンなんて意味がないぜ。

 さあ来い【心眼】っ!? 俺にアリスの下着姿を見せてくれっ!?

 ファンタジー版透け透けゴーグルを手に入れると意気込んだ俺は眼に全ての魔力を集中させる。

 だが、一向にアリスの下着姿は見えてこない。


「あれ? おかしい?」


 気になった俺が体勢を変えたりして移動したりして、見る角度を変えてみる。当然のことながらカーテンの向こう側など見えてこないが、このときの俺は突然の事態に我を忘れていた。


「どうしてだ? なんで見えないんだ?」


 予定外の事態に困惑した俺はカーテンのすぐ近くまで来ていた。周りにいる店員やら女性客やらが不審な目で俺を見ていたようだが、まったく気づけていなかった。


「ほら、これで見えるかよマスター」


 エクセリオンが球体の体で器用にカーテンを巻き込むと、そのまま勢いよく端まで飛んでいく。するとカーテンの向こう側にいた、ガーダーベルト姿のアリスと目が合ってしまった。


「ひっ!? あ、あんた、い、いったいなにをしているのよっ!?」

「な、なんてことをするんだエクセリオンっ!?」


 俺が声を荒げたのは下着姿を目の当たりにした気まずさからではなく、【天眼】の習得を邪魔されたという憤りだ。

 もう少しで【天眼】を習得できたかもしれないのにいったいなんてことをしてくれたんだ。


「それは俺の台詞だマスター。くだらねえことをしてねえで、ちっとは周りの迷惑ってやつを考えろ。あんたの奇行のせいでみんな迷惑をしているんだぞ」


 俺が辺りを見回すと、いつの間にか店中の人間が俺を睨みつけていた。

 し、しまった―――っ!? 心眼を習得することに夢中で忘れていた―――っ!? しかも目の前には下着姿のアリスがいるじゃねえかっ!?


「ま、まずいっ!? 逃げるぞエクセリオンっ!?」

「いいや、ここはアリス嬢に叱ってもらうべきだ。これはマスターのためを思っての言動なんだぞ」

「こらシモノ、あたしを放っておいてどこに行こうっていうのよ?」


 逃げようとした矢先、俺は下着姿のアリスに首根っこを押さえつけられた。この後この場に正座させられ、滅茶苦茶怒られたのは言うまでもない。

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