第三十五集:鬼気森然
「ど、どういうこと⁉」
都城外壁周辺で巻き起こる
穆王府、隋王府の軍も次々に戦闘に加わっていく。
「……
反魂珠によって作り出された
今眼下に広がっている凄惨な光景は、自国民同士の殺し合いに過ぎない。
「と、止めなくちゃ……。父上と兄上に伝えなくちゃ……」
ただ、
急いで
話を聞いてもらえるだろう。
「け、結界⁉」
いくら緊急事態だとは言え、早すぎる。そして、準備がよすぎる。
「……英王か」
ついに、始めたのか。
ただただ、悔しく、恐ろしく、悲しく、そして、どうしようもない怒りで。
「お前にとっての凶星が来てやったぞ、
「来たぞ! 例の朱き天狐だ!」
白虹教の導師たちが叫んでいる。
「
白虹教の導師は光の波長による攻撃を得意とする。厄介だ。
「大いなる光により、この世界は浄化される段階に入った! 邪魔するな!」
「光を操れるのはお前たちだけだと思うなよ」
蜜柑堂の前は爆発で怪我をした市民で溢れていた。
「兄上!」
中へ入ると、そこはまた違う戦場となっていた。
泣き叫ぶ声、うめく声、薬の調合に走り回る音、血が流れる音。
「
「兄上をここから連れ出すことは……」
頭が混乱しかけていた。
「おい、
「行け、二人とも」
振り返ると、そこには
「ち、父上、母上」
「皇宮の門が閉じられる前に抜け出してきた。やるべきことを果たしに行くんだ」
「ここは大丈夫。
父の強い瞳。母の暖かな瞳。心の中に燻っていた怒りの炎が、勇気へと変わって行く。
「……わかりました。兄上、力を貸してください」
「私の甲冑を着ていきなさい」
父の甲冑。この世界に唯一残っている、梅寧軍の甲冑。
「……わかった。すぐに着てくる」
兄が着替えに侍従と部屋へと向かった。
「馬の準備はしてある。空からではなく、堂々と門から出るんだ」
「で、でも、門には英王の兵と禁軍、
「……都で噂になっている朱い天狐、お前なんだろう。
力が抜けそうになった。
幻滅されるのか。
「息子の声がわからないわけないだろう。案ずるな。他言はしていない」
「すべては
「父上……」
「姜侯府の者として、どうどうと、お前のままの姿で行け。責任は侯爵である私がとる」
「はい!」
「薬黎院には薬舗の者がすでに伝達に向かっている。そこから、玲瓏様にも伝わるだろう」
そう言うと、
「これは、玲瓏様の出自を保証する公的な書類だ。すでに同意してくれた医師の何人かは亡くなってしまっているが、この私が生きている。今こそ、弥王府を復興させる時だ」
その時、
「ああ……。親戚だから似ているのは当然だと思っていたが……」
「弥王世子様……、
「父上。子の甲冑に恥じぬ行いをしてまいります。蜜柑堂を頼みました」
「まかせとけ。行ってこい、姜家の息子たち」
「
美しい青みがかった黒い毛並みを持つ立派な戦馬。
かつて
「老体のお前に最後の無理をさせてしまう。すまない」
旋風は「早く乗れ」とでもいうように
「兄上」
「飛べ、
「はっ!」という掛け声とともに走り出した
道は門に近づくにつれ兵の数が増えている。
「お、おい! そこの馬、止ま……」
そして門前、そこには英王府の兵と禁軍の大統領、そして
「おい! この門は閉じている! 例え姜家の世子といえど、通すわけには……」
英王府の兵が吠えたその瞬間、禁軍大統領がその兵の頭を思いっきり殴りつけた。
「あの甲冑が見えないのか! あれは、梅寧軍の将軍である証だ。我々には止める術など無い」
「その通りです。さぁ、世子様、若様。あなた方がこの戦いをどう制圧するのか、お手並み拝見と行きましょうか」
「感謝する。大統領、琰州殿」
琰州は門を開けよと命じ、禁軍大統領は「騎馬五百、世子様と若様にお供せよ!」と号令をかけた。
門が開く。
「なだれ込んできた化物どもは、我らにお任せを!」
悔しそうに歯噛みする白虹教の導師たちの上を飛んでいく
「兄上、布地の服を着ている
「それなら……、塩と火薬だな。鉄は武器にふんだんに使われているだろう。隋王と穆王に伝えに行く! お前はこれをもって飛燕将軍の元へ!」
そういって投げてよこされたのは、
「『梅寧軍 医師将軍
そういって投げたのは、剣。
「もし兄上が戦場に出るようなことがあれば、渡そうと作っておいたのです。こんな日が来なければいいと願いながら」
「案ずるな。これでも、将軍の息子だ」
「では、行ってまいります!」
いの一番に戦闘を始めたのだろう。
「飛燕将軍!」
「ん? ……私を将軍と呼ぶのは……、おお! 若様⁉ え、な、なぜ空を……」
「将軍! お話があります!」
「その玉佩は……、
周囲を騎馬に守らせ、その中心で二人は話すことになった。
「実は、あの
「な、何⁉」
反魂珠のこと、英王のこと、兵部と工部、そして梅寧軍がうけた裏切りのことなどを、すべて話した。
「……許せぬ! そんな……、では、
「父のことは大丈夫です。英王は今回の騒動で一気に皇位をとりにくるでしょう。そうはさせられません。皇太子殿下を救い出し、弥王府を復興させ、玲瓏様に梅寧軍を復活させてもらい、対抗しなければ!」
「もちろん、玲瓏殿下に付きますぞ! ただ、この度のこの戦い……。どうすれば……」
「あれは人間の身体に別の霊魂を入れて作りだしたもの……。つまりは、悪霊に憑かれているのと同じ状況なのです。急いで火薬と塩を混ぜ、その粉を付けた鉄製の物で強く
「わかりました。すぐに」
飛燕は「伝令! すぐに火薬と塩を混ぜ、武器に着けて奴らの背を叩けと伝えるのだ!」と号令を出した。
同じ場で話を聞いていた飛燕の四人の側近たちもそれに加わり、飛燕に「私は大丈夫だ。お前たちも行け!」と言われ、駆けだした。
「隋王と穆王にも伝えなければ……」
「そちらには、兄が向かっています」
「な! せ、世子様が戦場に……」
飛燕は男泣きしながら深く頷いた。
「この国は……、
「そうできるよう、戦います」
「玲瓏殿下はいつお戻りになられるのですか?」
「……明日には到着するでしょう」
「まさか……、い、生きているうちに、こんな奇跡が起こるとは……。ああ、弥王殿下……。弥王世子様……。あなたがたの命は、今も続いておられるのですね……」
飛燕の瞳に、暑く、煌々と輝く炎が灯った。
「次世代のため、英王……、いや、謀反人、
「感謝します」
「では、若様。またのちほど!」
そう言うと、また飛燕は騎馬隊と共に戦場へと戻って行った。
すでに火薬と塩を混ぜたものが地面に撒かれており、それを剣につけながら駆けていった。
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「な、なんだと⁉ 姜侯府の世子と
伝令から報告を受けた英王は、顔を真っ赤にして机を殴った。
「……やはりか!
その言葉は、その場にいたすべての人々を驚愕させた。
それは皇太子も例外ではなかった。
「どういうことなのだ、皇伯」
「……あなた様には関係なき事」
「それは……」
皇太子の側に立っていた護衛が四人、突然意識を失い倒れた。
「なっ、これは、これはどういうことだ! 皇伯!」
その後ろから現れたのは、白虹教の導師たちだった。
「わめかないでください。これからどうなるかって? そんなの、やってみないことにはわからないでしょう」
毒は静かに浸蝕する。
気付いた時には、もうすでに、壊死が始まっているのだ。
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